ジキル博士とハイド氏
The strange case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde
- 出版年
- 1886年
- 翻訳
- 開原 藍誠
- 概要
- 善と悪を分離させる薬を開発したジキル博士は、悪の化身ハイドへと変身し、快楽と罪に耽る。しかし、ハイドの人格が支配的となり、制御不能な変身に苦しむジキルは、破滅的な結末へと突き進む。人間の二面性と、禁忌に触れた代償を描いた物語である。
ロバート・ルイス・スティーヴンソン作
扉の物語
弁護士のアターソン氏は、ごつごつした顔に笑みを浮かべることのない男だった。話しぶりは冷たく、口数も少なく、どこかぎこちない。感情を表に出すことも苦手だった。痩せて背が高く、くすんで陰気な風貌ながら、なぜか人に好かれた。気のおけない集まりで、好みの葡萄酒にありつくと、その目にはいかにも人間らしい温かみが灯った。それは決して言葉にはならなかったが、食後の顔に浮かぶ無言のしるしだけでなく、むしろ日々の行いによって、いっそう頻繁に、いっそう雄弁に語られるものだった。自分には厳しく、上等な葡萄酒への好みを戒めるため、ひとりのときはジンを飲んだ。芝居は好きだったが、もう二十年も劇場の敷居をまたいでいない。それでいて他人に対しては、誰もが認める寛容さを備えていた。人が悪事に注ぎこむ旺盛な活力に、ときには羨望にも似た驚きを覚え、どれほどの窮地に陥った相手でも、責めるより助けようとした。「私はカインの異端にくみするほうでね[訳注:旧約聖書で弟を殺したカインが、弟の行方を問う神に『私が弟の番人でしょうか』と答えたことを指す]」と、彼は風変わりな言い方をしたものだ。「兄弟が地獄へ行くというなら、本人の好きな道を行かせておくのさ。」
そのような人柄だったから、身を持ち崩してゆく者にとって、最後までつきあいを保ってくれる堅気の知人、人生に残された最後の善い感化の源になることが多かった。そうした者たちが事務所を訪ねてくるかぎり、彼の態度には、かすかな変化さえ現れなかった。
もっとも、アターソン氏には容易なことだったに違いない。もともと感情を表に出さない男で、その友情さえ、同じように分け隔てのないお人好しぶりを土台にしているらしかった。成り行きが用意してくれる交友の輪を、そのまま受け入れるのが控えめな人間の常であり、この弁護士もそうだった。友人は血縁の者か、長年つきあってきた者ばかりだった。彼の愛情は蔦のように、時とともに育つもので、相手にそれにふさわしい資質があるとはかぎらなかった。遠縁のリチャード・エンフィールド氏と結びついていたのも、おそらくはそのためだろう。エンフィールドは、社交界でよく知られた遊び人だった。この二人が互いのどこを気に入り、何を共通の話題にするのか、多くの人には解きがたい謎だった。日曜日の散歩で二人に出会った人々の話では、どちらも口をきかず、ひどく退屈そうな顔をして歩き、知人が現れると、見るからにほっとした様子で声をかけるという。それでも当人たちは、この散歩を何より大切にしていた。一週間のうちで最も貴重な楽しみとみなし、邪魔されずに味わうためなら、遊びの誘いを断るばかりか、仕事の用事さえ退けた。
あるとき、そんな散歩の道すがら、二人はたまたまロンドンのにぎやかな一画にある脇通りへ入った。狭く、いわゆる静かな通りだったが、平日は商いが盛んだった。住人はみな羽振りがよいらしく、なおも繁盛しようと競い合い、儲けの余りを店のめかしこみに注いでいた。そのため、通りに並ぶ店先は、笑顔をたたえた売り子の列のように、客を誘う風情を見せていた。華やかな魅力を覆い隠し、人通りも比較的少なくなる日曜日でさえ、その通りは薄汚れた周囲の町並みと際立った対照をなし、森の中の焚き火のように明るく映えた。塗りたての鎧戸、よく磨かれた真鍮の金具、全体に漂う清潔さと陽気な気配が、通行人の目をたちまち引きつけ、楽しませた。
東へ進むと左手、ある角から二軒目のところで家並みが途切れ、中庭への入口があった。ちょうどそこに、不吉な感じのする一棟が、切妻を通りへ突き出していた。二階建てで、窓は一つも見えない。一階に扉があるだけで、二階は変色した壁が、目のない額のようにのっぺりと広がっていた。どこを見ても、長年みすぼらしく放置されてきた跡があった。呼び鈴もノッカーもない扉は、塗料が膨れて剝がれ、染みだらけだった。浮浪者がそのくぼみにだらしなく入りこみ、扉の羽目板でマッチをすった。子供は石段で店屋ごっこをし、学童は繰形の飾りにナイフを試した。それでも一世代近い年月にわたり、こうした勝手な来訪者を追い払う者も、荒らされた跡を直す者も現れなかった。
エンフィールド氏と弁護士は通りの反対側を歩いていたが、入口の向かいまで来ると、エンフィールドが杖を上げて指し示した。
「あの扉に気づいたことはありますか」と彼は尋ねた。相手がうなずくと、こう付け加えた。「僕には、あれを見ると思い出す、ひどく妙な話があるんです。」
「ほう?」とアターソン氏は、かすかに声を変えた。「どんな話だね。」
「こういうことなんです」とエンフィールド氏は答えた。「冬の、真っ暗な明け方の三時ごろでした。僕はこの世の果てみたいな場所から帰る途中で、街灯のほかには、文字どおり何も見えない町の一画を通っていたんです。行けども行けども、みんな眠っている。どの通りも行列を迎えるように灯りだけはついているのに、教会の中みたいにがらんとしている。そのうち、物音に耳を澄ませつづけて、警官の姿でも見えないかと、つくづく思うようになりました。すると突然、二つの人影が見えた。一人は小柄な男で、東へ向かって足早に、こつこつ歩いている。もう一人は八つか十ぐらいの女の子で、交差する通りを一生懸命駆けてきた。まあ、当然の成り行きで、二人は角でぶつかったわけです。恐ろしかったのはそのあとです。男は平然と子供の体を踏みつけて通り過ぎ、悲鳴を上げている子を地面に放っていった。聞くだけなら大したことはないでしょうが、目の前で見ると、まさに地獄でした。人間のすることじゃない。呪わしいジャガーノート[訳注:インドの神像を載せた巨大な祭礼の車。信者を轢き殺したという伝承から、容赦なくすべてを押し潰す力の比喩となった]そのものでしたよ。僕は何度か大声を上げ、駆け出して、その御仁の襟首をつかまえ、泣き叫ぶ子供のところへ引き戻しました。そのころには、もうかなり人が集まっていました。男はまるで取り乱さず、抵抗もしなかった。ただ一度こちらを見たんですが、その目つきの醜悪なこと。走ったときのように汗が噴き出しました。出てきた人たちは、その女の子の家族でした。ほどなく、女の子が呼びにやられていた医者もやってきました。で、その医者の見立てでは、子供は大した怪我もなく、何よりひどく怯えているだけだという。それなら、そこで終わりになりそうなものですね。ところが妙なことが一つあった。僕はその御仁をひと目見たときから、たまらなく嫌悪していたんです。子供の家族も同じでした。それは当然でしょう。驚いたのは医者です。これといった年恰好も特色もない、型どおりの杓子定規な町医者で、強いエディンバラ訛りがあり、感情の豊かさときたらバグパイプ並みだった。ところがその医者も、僕らと同じなんです。僕の捕まえた男を見るたびに、吐き気を催すように青ざめ、殺してやりたいという顔になる。僕には医者の考えがわかり、医者にも僕の考えがわかっていた。とはいえ殺すわけにはいかないので、その次にこたえる手を使いました。この一件を大騒ぎにして、おまえの悪名をロンドンの隅から隅まで響きわたらせてやる、こちらにはそれができるし、必ずそうしてやると言ってやったんです。友人なり信用なりがあるなら、残らず失わせてやると請け合いました。そうして情け容赦なく責め立てながら、一方では女たちが男に飛びかからないよう、懸命に押しとどめていました。女たちはまるで荒れ狂う鬼女でした。あれほど憎悪に満ちた顔が輪になっているのは、見たことがない。その真ん中で、男は冷ややかな、陰険な薄笑いを浮かべていた。もちろん怯えてもいました。それはわかりました。でも、まったくサタンさながらに、平然と取り繕っていたんです。『この事故につけこんでひと儲けしようというなら』と男は言いました。『むろん私にはどうしようもない。紳士たるもの、醜聞は避けたいものだ。金額を言いたまえ』。そこで、子供の家族へ百ポンド払わせるところまで持っていきました。男は明らかに突っぱねたがっていましたが、僕ら一同に、ただではすまさないという気配があったので、とうとう折れたんです。次は金を取りに行くことになりました。さて、どこへ連れていかれたと思います? あの扉のある建物ですよ。男はさっと鍵を取り出して中へ入り、ほどなく十ポンドほどの金貨と、残額を支払うクーツ銀行の持参人払いの小切手を持って戻ってきました。署名の名は言えません。そこがこの話の要点の一つなんですが、少なくとも、たいへんよく知られた、しょっちゅう活字になる名前でした。金額は大きかったが、署名が本物なら、それ以上の額でも通用する。そこで僕は遠慮なく、その御仁に言ってやりました。一から十までどうにも怪しい、朝の四時に地下室みたいな入口から入って、他人の署名した百ポンド近い小切手を持って出てくるなんて、現実にはあるはずがない、と。それでも男は平然と薄笑いを浮かべて、『安心したまえ。銀行が開くまで一緒にいて、私自身が換金しよう』と言いました。そこで医者と子供の父親と、そのお友達と僕の四人で引き揚げ、夜が明けるまで僕の部屋で過ごしました。翌朝、朝食をすませてから、みんなで銀行へ行ったんです。僕が自分で小切手を差し出して、どう考えても偽造としか思えないと言いました。ところが、とんでもない。小切手は本物だったんです。」
「いやはや」とアターソン氏は言った。
「あなたも僕と同じ気持ちらしいですね」とエンフィールド氏は言った。「ええ、まったく嫌な話です。あの男は、誰だってかかわり合いになりたくない、心底忌まわしい人間なんですから。一方、小切手を振り出した人物は、品行方正を絵に描いたような人で、有名でもあるし、しかも、いわゆる善行に励む人間なんです。そこがまた、いっそう始末が悪い。恐喝でしょうね。立派な人間が、若いころの羽目外しの代償に、しこたま金を払わされている。それで僕は、あの扉のある建物をブラックメール・ハウス[訳注:『恐喝の家』の意]と呼んでいるんです。もっとも、それですべて説明がつくわけでもないんですが」と付け加えると、彼は考えこみはじめた。
その物思いを破ったのは、アターソン氏のやや唐突な問いだった。「それで、小切手を振り出した人間が、あそこに住んでいるかどうかは知らないのかね。」
「いかにも住みそうな所でしょう?」とエンフィールド氏は答えた。「でも、たまたま住所を見ておいたんです。その人は、どこかの広場に住んでいます。」
「それで、あの――扉のある建物について、尋ねてみなかったのかね」とアターソン氏は言った。
「ええ、遠慮しました」と相手は答えた。「僕は人に質問するのが、ひどく嫌いなんです。最後の審判の取り調べじみていますからね。質問を一つ口にするのは、石を一つ転がすようなものです。自分は丘の上にのんびり腰かけている。ところが石は転がりだし、ほかの石まで動かして、やがて、まさかと思うような好々爺が、自宅の裏庭で頭を打たれる羽目になる。家族は名字を変えなきゃならなくなる。いや、僕は決めているんです。どうも訳ありだと思ったら、それだけよけいに聞かないことにする。」
「それは実によい心得だ」と弁護士は言った。
「ただ、自分であの建物を観察はしました」とエンフィールド氏は続けた。「とても住まいらしくはないんです。ほかに扉はないし、あの扉を出入りする者も、めったに姿を見せない例の御仁だけです。二階には中庭に面して窓が三つある。下にはありません。窓はいつも閉まっていますが、きれいにしてある。それから煙突が一本あって、たいてい煙が出ている。だから誰か住んでいるはずです。とはいえ、それも確かではない。中庭のまわりには建物がぎっしり詰まっていて、どこまでが一軒で、どこからが別の一軒なのか、見分けがつかないんです。」
二人はまた、しばらく黙って歩いた。やがてアターソン氏が言った。「エンフィールド、その君の心得は、よいものだね。」
「ええ、僕もそう思います」とエンフィールドは答えた。
「だが、それでも」と弁護士は続けた。「一つだけ尋ねたい。子供を踏みつけていった、その男の名前だ。」
「まあ」とエンフィールド氏は言った。「それくらいなら、かまわないでしょう。ハイドという男でした。」
「ふむ」とアターソン氏は言った。「見たところ、どんな男かね。」
「説明しにくいんです。姿に何かおかしいところがある。不快なところ、心底いやらしいところが。あれほど嫌な男は見たことがありません。それなのに、なぜなのか、よくわからない。どこか体が歪んでいるに違いないんです。ひどく歪んでいる感じがするのに、どことは言えない。並外れて異様な男ですが、実際にどこが変わっているのかとなると、一つも挙げられないんです。いや、どうにもなりません。説明できない。記憶が薄れたせいじゃありませんよ。今だって、はっきり目に浮かぶんですから。」
アターソン氏はまたしばらく、黙って歩いた。重い考えに沈んでいるのは明らかだった。「男は確かに鍵を使ったんだね?」と、やがて尋ねた。
「何をおっしゃるんです……」とエンフィールドは、驚きのあまり口走った。
「いや、わかっている」とアターソンは言った。「妙なことを聞くと思うだろうね。実を言うと、もう一人の名前を尋ねないのは、すでに知っているからなのだ。リチャード、君の話は、私にはひどく身近なものだった。少しでも不正確なところがあったら、訂正しておいてほしい。」
「それなら先に言ってくださればよかったのに」と相手は、いくらか不機嫌に答えた。「でも、おっしゃるところの、馬鹿丁寧なほど正確な話をしたつもりです。あの男は鍵を持っていました。それどころか、今でも持っています。一週間もたたない前に、あれを使うところを見ました。」
アターソン氏は深いため息をついたが、何も言わなかった。やがて若いほうがまた口を開いた。「これもまた、口は慎めという教訓ですね。おしゃべりが恥ずかしい。これっきり、この話は持ち出さないことにしませんか。」
「喜んで」と弁護士は言った。「握手で約束しよう、リチャード。」
ハイド氏を捜して
その晩、アターソン氏は沈んだ気分で独り住まいの家へ帰り、食欲もないまま夕食の席についた。日曜日は食事がすむと、暖炉のそばに座り、読書台に堅苦しい神学書を一冊置いて、近所の教会の鐘が十二時を告げるまで読むのが習慣だった。そして落ち着いた、感謝の気持ちで寝床へ入るのだった。だがその夜は、食卓の布が下げられるとすぐ、蝋燭を手に仕事部屋へ向かった。そこで金庫を開け、いちばん奥にしまってあった書類を取り出した。封筒には「ジキル博士の遺言書」と記されていた。彼は眉を曇らせて腰を下ろし、その内容を読みはじめた。遺言書は自筆だった。アターソン氏は、できあがったものを預かりはしたが、作成にはいっさい手を貸すまいと断っていたのである。そこには、医学博士、民法学博士、法学博士、王立協会会員ほかの称号を持つヘンリー・ジキルが死亡した場合、その全財産を「友人にして恩人たるエドワード・ハイド」に譲るとあるばかりか、ジキル博士が「失踪、または理由不明の不在を来し、その期間が暦上の三か月を超えた場合」にも、前記エドワード・ハイドが、博士の家の者たちへの少額の支払いを除き、いかなる負担も義務も負うことなく、ただちに前記ヘンリー・ジキルの地位を継承するものと定められていた。この文書は、長いあいだ弁護士の目の上のこぶだった。法律家としても、また、暮らしの良識や慣習を愛し、奇矯なことを慎みに欠けると考える人間としても、承服しがたいものだった。これまでは、ハイド氏について何も知らないことが憤りを募らせていた。ところが今や一転して、知ってしまったことが憤りのもとになっていた。名は名にすぎず、それ以上何もわからないときでさえ、十分に不快だった。その名に忌まわしい性質が肉づけされはじめた今、不快さはいっそう増していた。長く彼の目を欺いてきた、定まらぬ実体のない霧の中から、突然、くっきりと悪鬼の姿が飛び出してきたのだ。
「狂気だと思っていたが」と彼は、忌まわしい書類を金庫に戻しながら言った。「今では、不名誉な事情があるのではないかと心配になってきた。」
そう言うと蝋燭を吹き消し、外套を着て、医学の牙城であるキャベンディッシュ広場へ向かった。そこには友人の名医ラニヨン博士が家を構え、詰めかける患者を診ていた。「誰か知っているとしたら、ラニヨンだろう」と考えたのである。
重々しい執事は彼を見知っていて、歓迎した。少しも待たされることなく、玄関から直接、ラニヨン博士がひとり葡萄酒を飲んでいる食堂へ通された。博士は元気がよく、健康で、身なりのこざっぱりした赤ら顔の紳士だった。年に似合わず白くなった髪をふさふさと生やし、振る舞いは豪快で、きっぱりしていた。アターソン氏を見ると椅子から跳ね上がり、両手を差し出して迎えた。この男にはよくあることだが、その愛想のよさは少々芝居がかって見えた。とはいえ、根には本物の情愛があった。二人は古い友人で、学校でも大学でも仲間だった。互いに自尊心を備え、相手にも深い敬意を払い、そのうえ――必ずしもそうなるとはかぎらないのだが――一緒にいることを心から楽しめる間柄だった。
しばらくとりとめのない話をしたあと、弁護士は、心を不快に占めつづけている話題へと話を向けた。
「ラニヨン」と彼は言った。「ヘンリー・ジキルにとって、私と君が、いちばん古い友人二人ということになるのだろうね。」
「その友人たちが、もう少し若ければありがたいがね」とラニヨン博士はくすくす笑った。「まあ、そうだろう。それがどうした? 私はこのごろ、ほとんど会っていないよ。」
「そうなのか?」とアターソンは言った。「共通の関心で結ばれていると思っていたが。」
「昔はそうだった」と相手は答えた。「だが、ヘンリー・ジキルが私にはついていけないほど突飛なことを言いだしてから、もう十年以上になる。おかしな方向へ進みはじめたんだ。考え方そのものがおかしくなった。もちろん、昔のよしみというやつで、今も気にはかけているが、ほとんど会わないし、ずっとそうしてきた。あれほど非科学的なたわごとを聞かされては」と博士は、不意に顔を紫色に染めて付け加えた。「ダモンとピュティアス[訳注:古代ギリシャの伝説で、命をかけた友情を示した二人]だって仲たがいするさ。」
このわずかな怒気に、アターソン氏はいくらか安心した。「科学上の何かで意見が食い違っただけなのだ」と思った。そして、科学には熱を上げない男だったので――ただし、不動産譲渡の法手続きを除けばの話だが――さらにこう考えた。「それ以上悪いことではないのだ!」
友人が落ち着きを取り戻すのを少し待ってから、訪問の目的だった問いを切り出した。「彼の庇護を受けている者に会ったことはないかね。ハイドとかいう男だが。」
「ハイド?」とラニヨンは聞き返した。「いや、聞いたこともない。私と疎遠になってからの知り合いだろう。」
弁護士が持ち帰れた情報は、それだけだった。大きな暗い寝床で、夜更けが明け方へと移るまで、彼は幾度も寝返りを打った。疑問に取り囲まれ、闇の中でただもがきつづける頭には、ほとんど休まる暇のない夜だった。
アターソン氏の住まいからほどよく近い教会の鐘が、六時を打った。それでも彼は、なお問題を掘り下げていた。これまでは理性だけにかかわっていた問題が、今や想像力まで巻きこんでいた。いや、想像力を虜にしてしまったというべきだった。夜と寝台の帳がつくる濃い闇の中で寝返りを打つ彼の脳裏を、エンフィールド氏の話が、光を当てられた絵巻のように流れていった。まず、夜の都会に果てしなく広がる街灯が見える。次に、足早に歩く男の姿。それから、医者のところから走ってくる子供。二つの影がぶつかり、人間の姿をしたジャガーノートが子供を踏み倒し、その悲鳴にも構わず通り過ぎる。あるいは裕福な家の一室が現れ、そこでは友人が眠り、夢を見ながら微笑んでいる。すると部屋の扉が開き、寝台の帳がさっと引かれ、眠る男が呼び起こされる。見れば、枕元には権力を授けられた何者かが立っていて、彼はそんな真夜中でさえ起き上がり、その命令に従わなくてはならない。この二つの場面に現れる人影が、ひと晩じゅう弁護士につきまとった。うとうとしたかと思えば、その影はいっそう忍びやかに眠る家々をすり抜け、あるいは、街灯のともる、さらに広大な町の迷路を、目もくらむほどますます速く駆け抜け、街角のたびに子供を踏み潰して、泣き叫ぶまま置き去りにした。だが、その影には、誰なのか見分けられる顔がなかった。夢の中でさえ顔はなく、あっても目を欺き、眼前で溶けてしまう。こうして弁護士の心には、本物のハイド氏の顔を見たいという、異様に強い、ほとんど度を越した好奇心が芽生え、急速に育っていった。一度でも目にすることができれば、謎は薄らぎ、ことによると、すっかり晴れるかもしれない。不可解なものも、よく調べればそうなるものだ、と彼は考えた。友人がなぜあれほど奇妙な愛着を寄せるのか、あるいは、なぜ束縛されているのか――呼び方はどちらでもよい――その理由が見えるかもしれない。遺言書の驚くべき条項の理由さえわかるかもしれない。少なくとも、見るに値する顔ではあるはずだ。慈悲のかけらもない男の顔。姿を見せるだけで、めったに心を動かされないエンフィールドに、いつまでも消えぬ憎悪を呼び起こす顔なのだから。
それからというもの、アターソン氏は店の並ぶ脇通りの扉の前に、たびたび現れるようになった。執務前の朝、仕事が山積みで暇のない正午、霧に曇った都会の月の下の夜。どんな光のもとでも、どんな時刻でも、人影のないときも、人の集まるときも、弁護士は自ら定めた持ち場に立っていた。
「向こうがハイド氏なら、こちらはシーク氏になろう[訳注:ハイドは『隠れる』、シークは『捜す』と同音の英語を用いた洒落]」と彼は考えていた。
ついに、その辛抱が報われた。よく晴れた乾いた夜で、空気には霜の冷たさがあった。通りは舞踏室の床のように清潔で、街灯は風に揺れることもなく、規則正しい光と影の模様を描いていた。店の閉まる十時には、脇通りはひどく人けがなくなり、四方からロンドンの低いうなりが届くにもかかわらず、たいそう静かだった。小さな物音が遠くまで響いた。道の両側の家から、暮らしの音がはっきり聞こえ、通行人の近づく気配は、姿が現れるずっと前から伝わってきた。アターソン氏が持ち場について数分たったころ、奇妙に軽い足音が近づいてくるのに気づいた。夜ごとの見張りのあいだに、彼はとうに慣れていた。まだ遠くにいる一人の人間の足音が、都会の巨大なざわめきや騒音の中から、不意にくっきり浮かび上がる、あの不思議な響きには。だが、これほど鋭く、これほど決定的に注意を奪われたことはなかった。今度こそという、迷信めいた強い予感を抱き、彼は中庭の入口へ身を引いた。
足音はすばやく近づき、通りの端を曲がると、突然大きく響いた。入口から外をうかがっていた弁護士には、ほどなく、相手がどのような男か見て取れた。小柄で、ごく地味な身なりだった。その姿は、まだそれほど離れていても、見ている者に、なぜか強い反感を起こさせた。男は近道をするように車道を斜めに横切り、まっすぐ扉へ向かった。そして、自分の家へ帰る者のように、歩きながらポケットから鍵を取り出した。
アターソン氏は進み出て、通り過ぎようとする男の肩に手を触れた。「ハイドさんですね?」
ハイド氏は、しゅっと息を吸いこんで身を引いた。だが、怯えたのは一瞬だけだった。弁護士の顔を見ようとはしなかったものの、かなり落ち着いて答えた。「そういう名だ。何の用です?」
「お入りになるところのようですね」と弁護士は答えた。「私はジキル博士の古い友人で、ゴウント街のアターソンといいます。名前はお聞きでしょう。ちょうどお会いできたので、中へ通していただけないかと思いまして。」
「ジキル博士には会えません。留守です」とハイド氏は、鍵に息を吹きかけながら答えた。それから不意に、顔を上げないまま尋ねた。「どうして私がわかったんです?」
「その前に」とアターソン氏は言った。「一つお願いしてもよろしいですか。」
「喜んで」と相手は答えた。「何でしょう。」
「お顔を見せていただけませんか」と弁護士は尋ねた。
ハイド氏はためらうように見えたが、突然何か思いついたらしく、挑むように正面を向いた。二人は数秒、じっと見つめ合った。「これで、次にお会いしてもわかります」とアターソン氏は言った。「何かの役に立つかもしれません。」
「ええ」とハイド氏は答えた。「顔を合わせておいてよかったでしょう。ついでに、私の住所もお知らせしておきます。」
そして、ソーホーのある通りの番地を告げた。
「まさか!」とアターソン氏は思った。「この男も遺言書のことを考えているのか?」
だが気持ちは表に出さず、住所を聞き届けたしるしに、低く相槌を打っただけだった。
「さて」と相手は言った。「どうして私がわかったんです?」
「人相を聞いていましたので」と答えた。
「誰に聞いた?」
「共通の友人がいますから」とアターソン氏は言った。
「共通の友人」とハイド氏は、少しかすれた声で繰り返した。「誰です?」
「たとえばジキルです」と弁護士は言った。
「あの人が話したはずはない!」とハイド氏は、怒りで顔を赤らめて叫んだ。「あなたが嘘をつく人間とは思わなかった。」
「まあ」とアターソン氏は言った。「その言い方は穏当ではありませんね。」
相手は声を上げて唸り、そのまま獰猛な笑いに変えた。次の瞬間には、驚くほどのすばやさで鍵を開け、家の中へ消えていた。
ハイド氏に取り残された弁護士は、しばらくそこに立っていた。その姿そのものが不安を物語っていた。やがて、ゆっくり通りを上りはじめたが、一、二歩進んでは立ち止まり、思い惑う者のように額に手を当てた。歩きながら考えていた問題は、めったに解ける種類のものではなかった。ハイド氏は青白く、ひどく小柄だった。どこと言える異形もないのに、体が歪んでいる印象を与えた。笑い方は不快で、弁護士に対する振る舞いには、臆病さと大胆さが、どこか殺気を帯びて入り交じっていた。声はかすれ、囁くようで、いくらか途切れがちだった。どれも好ましからぬ点ではあったが、それをすべて合わせても、アターソン氏が彼に抱いた、これまで知らなかったほどの嫌悪、憎悪、恐怖を説明することはできなかった。「ほかにも何かあるに違いない」と、困惑した紳士は言った。「何かが、確かにある。それを言い表せればよいのだが。いやはや、あの男は、とても人間とは思えない! 洞穴に住む原始人めいたもの、とでもいうか。それとも、あのフェル博士の歌のようなことか[訳注:『なぜかは言えないが、私はあなたが嫌いだ』とフェル博士に呼びかける英語の戯れ歌]。あるいは、汚れた魂の光が、肉体という土の器から染み出し、姿を変えているだけなのか。おそらく最後だろう。ああ、気の毒なハリー・ジキル。人の顔にサタンの署名を読み取ったことがあるとすれば、あの新しい友人の顔にこそ、それがあった。」
脇通りの角を曲がると、古い立派な家々の並ぶ広場があった。今ではその大半が昔の格式を失い、階ごと、部屋ごとに区切られて、さまざまな身分や職業の者に貸されていた。地図の彫版師、建築家、いかがわしい弁護士、正体の知れない事業の代理人などである。だが角から二軒目の一軒だけは、今なお一世帯で家全体を使っていた。その家の前でアターソン氏は立ち止まり、扉を叩いた。扉上の扇形窓を除けば暗闇に沈んでいたが、それでも玄関には、豊かで心地よい暮らしの気配が満ちていた。身なりのよい年配の召使いが扉を開けた。
「ジキル博士はご在宅かね、プール」と弁護士は尋ねた。
「お伺いしてまいります、アターソン様」とプールは答え、そう言いながら客を、天井の低い、広々とした居心地のよい玄関広間へ迎え入れた。床には敷石が敷かれ、田舎の邸宅のように明るい暖炉の火で暖められ、値の張る樫の飾り戸棚が置かれていた。「こちらの火のそばでお待ちになりますか。それとも食堂に灯りをつけましょうか。」
「ここでいい。ありがとう」と弁護士は言い、暖炉へ近づいて背の高い炉囲いに寄りかかった。今ひとり残されたこの広間は、友人の博士がとりわけ気に入っている場所だった。アターソン自身も、ロンドンでいちばん気持ちのよい部屋だと、常々言っていた。だが今夜は、血の中を震えが走った。ハイドの顔が記憶に重くのしかかっていた。めったにないことだが、吐き気と、生そのものへの嫌悪を覚えた。その暗い心には、磨かれた戸棚の上で揺れる火の光も、天井で落ち着きなく跳ねる影も、何やら脅威を秘めて見えた。やがてプールが戻り、ジキル博士は外出したと告げたとき、彼はほっとしてしまった自分を恥じた。
「プール、今、ハイド氏が古い解剖室のほうから入っていくのを見たのだが」と彼は言った。「ジキル博士がお留守でも、かまわないのかね。」
「はい、まったく差し支えございません、アターソン様」と召使いは答えた。「ハイド様は鍵をお持ちです。」
「ご主人は、あの若い男をずいぶん信頼しているらしいね、プール」と相手は、考えこむように言った。
「はい、まことにそのとおりでございます」とプールは言った。「私どもは皆、あの方の仰せに従うよう命じられております。」
「私はこれまで、ハイド氏に会ったことがなかったと思うが?」
「ええ、それはそうでございましょう。あの方は、こちらでお食事はなさいませんので」と執事は答えた。「実際、お屋敷のこちら側では、ほとんどお見かけいたしません。たいてい実験室のほうから出入りなさいます。」
「そうか。では、おやすみ、プール。」
「おやすみなさいませ、アターソン様。」
弁護士はひどく重い心を抱え、帰途についた。「気の毒なハリー・ジキル」と彼は思った。「大変な窮地に陥っているのではないか。若いころは放埒なところがあった。たしかに、ずいぶん昔のことだ。だが神の法には時効がない。ああ、きっとそうなのだ。昔の罪の亡霊、隠された恥辱の癌。記憶は忘れ去り、自己愛は過ちを許してしまっても、長い年月ののちに、罰が遅い足取りで追いついてくる[訳注:原文のラテン語『ペデ・クラウド』は、罰は足が遅くとも罪人に追いつくというホラティウスの詩句を踏まえる]。」
その考えにおびえた弁護士は、しばらく自分自身の過去に思いをめぐらせた。昔の不義が、びっくり箱のようにひょいと飛び出してこないかと、記憶の隅々を探った。その過去には、ほとんど非難すべきところがなかった。自らの生涯の記録を、彼ほど不安なく読み返せる人間は少ないだろう。それでも、これまでにしてきた数々のよくないことを思うと、地に伏すほど身の縮む思いがした。一方、あやうく手を染めるところで免れてきた数々のことを思うと、畏れを伴う静かな感謝が、ふたたび心を支えた。それから考えが元の問題へ戻ると、小さな希望の火がともった。「このハイドという御仁も、よく調べれば」と彼は思った。「何か自分の秘密を持っているはずだ。あの様子では、真っ黒な秘密を。それに比べれば、気の毒なジキルの最悪の過ちさえ、日の光のようなものだろう。このままにはしておけない。あの生き物が泥棒のようにハリーの枕元へ忍び寄ると思うと、ぞっとする。哀れなハリー、なんという目覚めだろう! しかも危険だ。もしあのハイドが遺言書の存在に気づいていたら、相続を待ちきれなくなるかもしれない。ああ、私も本腰を入れなくては――ジキルがそうさせてくれるなら」と彼は付け加えた。「ジキルが、そうさせてくれさえするなら。」
というのも、心の目の前に、遺言書の奇妙な条項が、透かし絵のようにまたもくっきり浮かんだからだった。
ジキル博士はいたって平静
二週間後、幸運にも博士が、気のおけない古い友人を五、六人招いて、いつもの楽しい晩餐会を開いた。客はみな知性と世評を備え、上等な葡萄酒の味がわかる男たちだった。アターソン氏はうまく取り計らい、ほかの者が帰ったあとも残った。何も目新しいことではなく、これまで何十回となく繰り返されてきたことだった。アターソンは、好かれる相手には深く好かれた。快活で口の軽い客たちがもう玄関を出ようとするころ、主人たちは、この無愛想な弁護士を引き留めたがるものだった。彼の控えめな同席を、しばらく楽しみたかったのだ。にぎやかなもてなしに気力を使い、気を張ったあと、この男の豊かな沈黙の中で心を鎮め、ひとりになるための準備をするのだった。ジキル博士も例外ではなかった。今、暖炉の向かい側に座る彼は、五十歳の、大柄で均整の取れた、ひげのない男だった。顔にはいくらか狡猾そうなところもあるかもしれないが、いたるところに才知と温情のしるしがあった。その表情からは、アターソン氏に対する、偽りのない温かな愛情がうかがえた。
「ジキル、君に話したいと思っていたことがある」と弁護士は切り出した。「あの遺言書のことだが。」
注意深く見ていれば、その話題が不快なのだとわかったかもしれない。だが博士は陽気に受け流した。「気の毒に、アターソン」と彼は言った。「こんな依頼人を持つとは、君もついていない。君が私の遺言書で悩んだほど、ひどく悩む人間は見たことがないよ。例外といえば、あの頭の固い学者馬鹿のラニヨンが、私の科学上の異端説とやらに腹を立てたときぐらいだ。ああ、いい男なのはわかっている――そんな顔をしなくていい。実に立派な男だし、もっと会おうとはいつも思っている。それでも、頭の固い学者馬鹿であることには変わりない。無知なくせに大声でわめく学者馬鹿だ。ラニヨンほど、私を失望させた人間はいない。」
「私があれに賛成したことは一度もない。それは承知だろう」とアターソンは、新しい話題を容赦なく無視して続けた。
「遺言書のことか? ああ、もちろん知っている」と博士は、少しとげのある口調で言った。「君から聞かされているからね。」
「なら、もう一度言おう」と弁護士は続けた。「若いハイドについて、いくらか知ることがあった。」
ジキル博士の大きな端正な顔は、唇まで青ざめ、目のまわりに暗い影が差した。「それ以上は聞きたくない」と彼は言った。「その話はもうやめると、互いに承知したはずだ。」
「聞いた話は、実に忌まわしいものだった」とアターソンは言った。
「それでも何も変わらない。君は私の立場をわかっていない」と博士は、どこか取り乱した様子で答えた。「つらい立場なのだ、アターソン。私の立場は、ひどく奇妙な――ひどく奇妙なものなんだ。話したところで、どうにもならない種類のことだよ。」
「ジキル」とアターソンは言った。「私の人間は知っているだろう。信用してくれていい。誰にも漏らさないから、すっかり打ち明けてくれ。きっと君を救い出せると思う。」
「アターソン、君は本当に親切だ」と博士は言った。「それは実にありがたい。心からありがたいよ。礼の言葉も見つからない。君を全面的に信頼している。この世の誰よりも君を頼りにする。ああ、選べるものなら、自分自身よりもね。だが実際、君の思っているようなことではない。そこまで悪くはないんだ。君の親切な心を安心させるために、一つだけ言おう。私がそうしようと思えば、その瞬間にハイド氏とは縁を切れる。それは握手にかけて約束する。何度でも礼を言うよ。それからもう一言だけ、アターソン。君なら好意に受け取ってくれると信じている。これは私個人のことなんだ。どうか、そっとしておいてほしい。」
アターソンは火を見つめ、しばらく考えた。
「まったく君の言うとおりなのだろう」と、やがて立ち上がりながら言った。
「だが、せっかくこの話に触れたのだから――これを最後にしたいものだが」と博士は続けた。「一つだけ、わかっておいてもらいたいことがある。私はあの気の毒なハイドのことを、本当に深く気にかけているんだ。君が会ったことは知っている。本人から聞いた。失礼なことをしたのではないかと思う。だが、私はあの若者のことを、心から、とても、とても大切に思っている。もし私が世を去ったら、アターソン、彼を大目に見て、当然受け取るべきものを受け取れるようにしてやると、約束してほしい。すべてを知れば、君もそうしてくれるはずだ。約束してくれれば、私は肩の荷が下りる。」
「あの男を好きになれるとは、とても言えない」と弁護士は言った。
「それは頼まない」とジキルは、相手の腕に手を置いて訴えた。「公正にしてほしいだけだ。私がいなくなったあと、私に免じてあの男を助けてやってほしい。それだけなんだ。」
アターソンは、こらえきれず深いため息をついた。「わかった」と言った。「約束しよう。」
カルー殺害事件
それから一年近くたった一八――年十月、ロンドンは、並外れて残忍な犯罪に震撼した。被害者の高い身分が、その事件をいっそう世間の注目の的にした。わかっている事情は少なかったが、どれも衝撃的だった。川からさほど遠くない家にひとりで留守番をしていた女中が、十一時ごろ、寝ようとして二階へ上がった。明け方には霧が町を覆ったが、宵のうちは雲一つなく、女中の窓から見下ろせる小道は、満月に明るく照らされていた。空想好きな娘だったらしく、窓の真下に置いてあった自分の長持ちに腰かけ、夢見るような物思いにふけった。あのときほど――その体験を語るたび、涙を流してそう言ったものだ――誰に対しても心が穏やかで、世の中のすべてに優しい気持ちになれたことはなかったという。そうして座っていると、白髪の美しい老紳士が小道を近づいてくるのに気づいた。向こうからは、もう一人、ひどく小柄な紳士がやってきた。娘は初め、そのほうにはあまり注意を払わなかった。二人が話のできる距離まで来ると――ちょうど娘の目の下だった――年上の紳士がお辞儀をして、優雅で礼儀正しい態度で相手に話しかけた。大事な話をしているようには見えず、実際、指で示す様子からは、ただ道を尋ねているようにも思われた。だが、話している顔を月の光が照らし、娘はそれを好ましく眺めた。その顔からは、無邪気で古風な優しさがあふれ、それでいて、確かな自負に根ざすような気品も感じられた。やがて娘はもう一人へ目を移し、驚いた。以前、一度主人を訪ねてきたことがあり、そのときから嫌な感じを抱いていた、ハイドという男だった。男は重い杖を手に持ち、もてあそんでいたが、一言も答えず、抑えきれぬ苛立ちを抱えて聞いているように見えた。すると突然、烈火のように怒りだした。足を踏み鳴らし、杖を振り回し、女中の言葉を借りれば、気が狂ったように暴れはじめた。老紳士はひどく驚き、少し気を悪くした様子で一歩後ずさった。それを見たハイド氏は、もはや何の歯止めもなく、杖で老紳士を殴り倒した。次の瞬間には、猿のような狂暴さで倒れた相手を踏みつけ、嵐のように打撃を浴びせていた。骨の砕ける音が聞こえ、体が路上で跳ねた。その光景と音の恐ろしさに、女中は気を失った。
娘が意識を取り戻し、警察を呼んだのは二時だった。殺人者はとうに姿を消していたが、小道の真ん中には、信じられないほど打ち砕かれた被害者が横たわっていた。凶行に使われた杖は、珍しい、非常に硬く重い材でできていたにもかかわらず、正気とは思えぬ残虐な力に耐えかね、真ん中から折れていた。裂けた半分は近くの側溝に転がっており、もう半分は、間違いなく犯人が持ち去ったものと思われた。被害者の所持品には財布と金時計があったが、名刺や書類はなく、ただ一通、封をして切手を貼った封筒が見つかった。おそらく投函しに行くところだったのだろう。その宛名には、アターソン氏の氏名と住所が記されていた。
翌朝、弁護士がまだ寝床にいるうちに、その封筒が届けられた。彼はそれを見て事情を聞くや、重々しく唇を突き出した。「遺体を見るまでは何も言うまい」と彼は言った。「これは大変なことかもしれない。着替えるあいだ、待っていただきたい。」
そして同じ厳しい顔つきのまま、急いで朝食をすませ、遺体が運びこまれた警察署へ馬車で向かった。安置された房に入ると、すぐにうなずいた。
「ええ」と彼は言った。「知っている方です。残念ながら、サー・ダンヴァース・カルーです。」
「何ということだ」と警察官は叫んだ。「本当ですか?」
次の瞬間、その目には職務上の野心が輝いた。「これは大変な騒ぎになりますぞ」と彼は言った。「犯人を捕まえるのに、お力をお借りできるかもしれません。」
そして女中が見たことを手短に語り、折れた杖を見せた。
アターソン氏は、ハイドという名を聞いた時点ですでに身がすくんでいた。だが杖を目の前に置かれると、もはや疑う余地はなかった。折れ、打ち傷だらけになっていても、それは何年も前に、自分がヘンリー・ジキルに贈った杖だとわかった。
「そのハイドというのは、背の低い男ですか」と彼は尋ねた。
「女中によれば、ひどく小柄で、ひどく悪党面の男だそうです」と警察官は答えた。
アターソン氏は考えた。それから顔を上げた。「私の馬車にご同乗願えますか。あの男の住まいへご案内できると思います。」
このころには、朝の九時近くになっていた。この季節になって初めての霧だった。チョコレート色の巨大な棺衣が、空に低く垂れこめていた。だが風は、陣を敷く霧へ絶えず突撃し、蹴散らしていた。そのため馬車が通りから通りへとゆっくり進むにつれ、アターソン氏の目には、薄明の濃淡と色合いが、驚くほどさまざまに映った。ある場所では日暮れの終わりのように暗く、別の場所では異様な大火の光のように、濃い、不気味な褐色が燃えていた。またある場所では、霧が一瞬すっかり裂け、渦巻く層のあいだから、やつれた一筋の日の光が差しこんだ。そうした移り変わる眺めの中に見えるソーホーの陰鬱な一画は、弁護士の目には悪夢の都市の一部のようだった。泥だらけの道、だらしない身なりの通行人、消されぬままの、あるいは、この悲しい闇の再来に抗うため、ふたたびともされた街灯。そのうえ、彼自身の考えもこのうえなく暗い色に染まっていた。隣の同乗者をちらりと見ると、どんなに正直な人間でも、ときに襲われることのある、法とその執行者に対する恐怖が、わずかながら胸をよぎった。
馬車が指定の住所の前に止まると、霧が少し上がり、薄汚れた通りが見えた。派手なジン酒場、下等なフランス料理屋、一ペニーの分冊読み物と二ペンスのサラダを売る店。入口という入口に、ぼろを着た子供たちが大勢かたまり、さまざまな国籍の女たちが、鍵を手に朝の一杯を飲みに出かけていった。次の瞬間、焦げ茶色の霧がまたその一帯に沈みこみ、いかがわしい周囲の景色を遮った。ここがヘンリー・ジキルのお気に入りの住まいだった。二十五万ポンドの財産を受け継ぐ男の住まいだった。
象牙色の顔をした銀髪の老女が、扉を開けた。偽善によって表面をなめらかにした、邪悪な顔だった。だが物腰は申し分なかった。はい、ハイド様のお住まいでございます、と老女は言った。けれども、ご在宅ではない。昨夜はたいそう遅くお帰りになったが、一時間もたたないうちに、また出ていかれた。それは別に珍しいことではなく、暮らしぶりはひどく不規則で、お留守も多い。たとえば昨日まで、二か月近くお顔を見なかったという。
「では、お部屋を拝見したい」と弁護士は言った。老女が、それはできないと言いだすと、彼は付け加えた。「こちらがどなたか、お知らせしておいたほうがよさそうですね。スコットランド・ヤードのニューコメン警部です。」
老女の顔に、いやらしい喜びが閃いた。「まあ!」と彼女は言った。「何か悪いことをなさったんですね! 何をなさったんです?」
アターソン氏と警部は目を見交わした。「あまり人望のある人物ではなさそうだ」と警部は言った。「さて、おばあさん、私とこちらの紳士に、中を見せてもらおう。」
老女のほかには誰もいない家全体のうち、ハイド氏が使っていたのは二部屋だけだった。だが、その二部屋は贅沢に、しかも趣味よくしつらえてあった。戸棚には葡萄酒が詰まり、食器は銀、卓布の類も上等だった。壁にはよい絵が掛かっていた。アターソンの推測では、たいそう目利きだったヘンリー・ジキルからの贈り物だろう。絨毯は毛足が厚く、色合いも好ましかった。だが今、部屋のあちこちには、つい先ほど大急ぎでかき回された跡があった。ポケットを裏返した衣服が床に散らばり、鍵のかかる引き出しが開け放たれていた。炉床には、書類を大量に燃やしたらしい灰色の灰が積もっていた。警部はその燃え残りから、焼けずにすんだ緑色の小切手帳の綴じ元を掘り出した。杖のもう半分も扉の陰から見つかった。これで疑いが確かなものとなり、警部は満足の意を表した。さらに銀行へ行くと、犯人名義の預金が数千ポンドあることがわかり、その満足は揺るぎないものになった。
「ご安心ください」と警部はアターソン氏に言った。「もうこちらの手の内です。あの男、よほど取り乱していたのでしょう。そうでなければ杖を置いていくはずがないし、何より小切手帳を燃やすはずがない。ああいう男には、金が命ですからね。銀行で待ち伏せし、人相書を配ればいいだけです。」
だが、この後のほうは、それほど容易ではなかった。ハイド氏には親しい知人がほとんどいなかった。あの女中の主人でさえ、二度会ったことがあるだけだった。家族の手がかりはどこにもなく、写真を撮られたこともなかった。容貌を語れる数少ない者たちの話も、ありふれた目撃者にはよくあるように、大きく食い違っていた。ただ一点だけ、全員の意見が一致した。この逃亡者を見た者は誰もが、言い表しようのない肉体の歪みを感じ、それがいつまでも心につきまとうということだった。
手紙の一件
午後も遅くなってから、アターソン氏はジキル博士の家の扉を訪れた。プールはすぐに彼を通し、台所まわりの部屋を抜け、かつて庭だった中庭を横切って、実験室とも解剖室とも呼ばれる建物へ案内した。博士は高名な外科医の相続人からこの家を買ったのだが、自分の関心は解剖学より化学にあったので、庭の奥の建物の用途を変えていた。弁護士が友人の住まいのこの部分へ迎え入れられるのは、初めてだった。彼は窓のない薄汚れた建物を、好奇心をもって眺めた。そして実習室を横切りながら、不快な異様さを覚えて周囲を見回した。かつて熱心な学生で埋まっていたその部屋は、今では荒涼として静まり返っていた。机には化学器具が積まれ、床には木箱が散らばり、荷造り用の藁が散乱していた。霧に曇った丸屋根の天窓から、薄い光が落ちていた。奥には階段があり、その上に赤いラシャを張った扉があった。そこを通って、アターソン氏はようやく博士の書斎へ迎え入れられた。大きな部屋で、壁沿いにガラス戸の戸棚が並び、姿見や執務机などが置かれていた。鉄格子をはめた埃っぽい三つの窓が、中庭に面していた。暖炉には火が燃え、炉棚にはランプがともされていた。家の中にまで霧が濃くたまりはじめていたからだ。その暖かさに身を寄せるように、ジキル博士が腰かけていた。死病を患うかと思われるほど、ひどい顔色だった。客を迎えるために立ち上がろうとはせず、冷たい手を差し出し、変わり果てた声で歓迎の言葉を述べた。
「さて」と、プールが退出するとすぐ、アターソン氏は言った。「知らせは聞いたかね?」
博士は身を震わせた。「広場で売り子が叫んでいた」と彼は言った。「食堂にいて聞こえたよ。」
「一つ聞きたい」と弁護士は言った。「カルーは私の依頼人だった。だが君もそうだ。だから、自分のしていることをはっきりさせておきたい。まさか、あの男をかくまうような無分別なことはしていないだろうね?」
「アターソン、神にかけて誓う!」と博士は叫んだ。「二度とあの男に会わないと、神にかけて誓う。この世にいるかぎり、あの男とは縁を切ったと、名誉にかけて約束する。すべて終わったのだ。それに実際、あの男は私の助けなど求めていない。君は私ほどあの男を知らない。無事だよ。まったく安全なんだ。覚えておいてくれ。もう二度と、あの男の噂を耳にすることはない。」
弁護士は暗い顔で聞いていた。友人の熱に浮かされたような様子が、気に入らなかった。「ずいぶん確信があるようだね」と彼は言った。「君のためにも、そうあってほしい。裁判になれば、君の名が出るかもしれないのだから。」
「あの男については、確信がある」とジキルは答えた。「誰にも話せないが、確かな根拠があるのだ。ただ、一つ相談したいことがある。私は――手紙を受け取った。警察に見せるべきかどうか、決めかねている。君に預けたいんだ、アターソン。君なら賢明に判断してくれるに違いない。私は君を深く信頼している。」
「その手紙が、あの男の逮捕につながるのを心配しているのかね」と弁護士は尋ねた。
「いや」と相手は言った。「ハイドがどうなろうと、もう気にかけているとは言えない。まったく縁を切ったんだ。私が考えているのは、自分の世間体だ。この忌まわしい一件で、ずいぶん危うくなってしまったからね。」
アターソンはしばらく考えた。友人の身勝手さに驚いたが、それでいて安心もした。「では」と、やがて言った。「手紙を見せてくれ。」
手紙は、奇妙な、垂直に立った筆跡で書かれ、「エドワード・ハイド」と署名されていた。内容は簡潔だった。長いあいだ数々の厚情を受けながら、それにふさわしくない仕打ちで報いてきた恩人ジキル博士には、筆者の身の安全を心配する必要はない。自分には確実に頼れる逃亡の手段がある、というのである。弁護士は、この手紙にはかなり好感を持った。二人の親密な関係が、予想していたよりましなものに思われたからだ。これまでに抱いた疑いのいくつかを、彼は恥じた。
「封筒はあるかね」と尋ねた。
「燃やしてしまった」とジキルは答えた。「よく考えもしないうちに。だが消印はなかった。手渡しで届けられたのだ。」
「これを預かって、ひと晩考えてもいいかね」とアターソンは尋ねた。
「判断はすべて君に任せたい」と返事があった。「私は、自分を信じられなくなってしまった。」
「わかった。考えてみよう」と弁護士は答えた。「それから、もう一つだけ。君の遺言書にある、あの失踪についての条項は、ハイドに言われて入れたのだね?」
博士は、気が遠くなるような苦痛に襲われたらしかった。口を固く結び、うなずいた。
「やはりそうか」とアターソンは言った。「あの男は君を殺すつもりだったのだ。よく助かったものだ。」
「私は、助かるよりもはるかに大事なものを得た」と博士は厳粛に答えた。「教訓を得たのだ――ああ、アターソン、なんという教訓だったことか!」
そしてしばらく、両手で顔を覆った。
帰り際、弁護士は立ち止まり、プールに二言三言尋ねた。「ところで、今日、手紙が手渡しで届いたそうだが、使いの者はどんな人だったかね?」
だがプールは、郵便以外には何も届いていないと断言した。「その郵便も、案内状ばかりでございました」と付け加えた。
この知らせに、客はふたたび不安を抱いて屋敷を出た。手紙は明らかに実験室の扉から届いたのだ。ことによると、あの書斎で書かれたのかもしれない。もしそうなら、判断を変え、いっそう慎重に扱わなくてはならない。彼が歩く歩道沿いでは、新聞売りの少年たちが、声をからして叫んでいた。「号外! 国会議員、残虐に殺さる!」
それが、一人の友人であり依頼人でもあった男への弔辞だった。そしてもう一人の名誉まで、醜聞の渦に呑みこまれはしないかと、案じずにはいられなかった。少なくとも、自分が下さねばならない判断は、きわめて微妙なものだった。ふだんは自分を頼りにする彼も、誰かの助言がほしいと思いはじめた。正面から求めるわけにはいかない。だが、遠回しに引き出すことならできるかもしれない。
それからほどなく、彼は自宅の暖炉の片側に座り、向かいには主任書記のゲスト氏がいた。二人の中ほど、火から念入りに加減した距離のところに、特別な古い葡萄酒の瓶が一本置かれていた。長い年月、家の地下で日の目を見ずに眠っていた酒だった。霧はなお、埋もれた町の上で翼を休め、街灯はその中で紅玉のようにほのめいていた。垂れこめた雲に押さえられ、包まれながらも、都会の営みは大動脈を流れ、大風のような音を立てて押し寄せていた。だが部屋は、暖炉の光で明るかった。瓶の中では、酸味はとうにほどけ、王者の深い色も年月に和らいで、ステンドグラスの色が深まるように豊かになっていた。丘の葡萄畑に照りつけた、暑い秋の午後の輝きが、今にも解き放たれ、ロンドンの霧を追い払おうとしていた。弁護士の心は、いつしか和らいだ。ゲスト氏ほど、自分の秘密を多く知る者はいなかった。しかも、ときには、隠しておこうと思った分まで、ちゃんと隠せているかどうか怪しかった。ゲストは仕事でたびたび博士の家へ行き、プールを知っていた。ハイド氏があの家へ自由に出入りしていることも、聞かずにいたとは考えにくい。何か推測しているかもしれない。それなら、その謎を解いてくれる手紙を見せておくのも、よいのではないか。とりわけゲストは筆跡の熱心な研究家で、鑑定にも長けているのだから、それを見せられても、ごく自然な、ありがたい計らいだと受け取るだろう。そのうえ、この書記は助言のできる男だった。これほど奇妙な文書を読めば、何か一言は漏らすはずだ。その一言をもとに、アターソン氏は今後の方針を決められるかもしれなかった。
「サー・ダンヴァースのことは、痛ましい事件だね」と彼は言った。
「はい、まったくです。世間もたいへんな騒ぎになっております」とゲストは答えた。「犯人は、もちろん気が狂っていたのでしょう。」
「その点について、君の意見を聞きたい」とアターソンは答えた。「ここに、その男が自分で書いた文書がある。内密にしておいてもらいたい。どう扱えばよいか、私にもまだわからないのだ。どのみち、ろくでもない事件だからね。だが、これだよ。君の専門分野にぴったりだ。殺人犯の自筆だ。」
ゲストの目が輝いた。すぐに腰を据え、熱心に調べはじめた。「いいえ、先生」と彼は言った。「狂人ではありません。ですが、奇妙な筆跡です。」
「誰に聞いても、書いた本人もたいそう奇妙な男らしい」と弁護士は付け加えた。
ちょうどそのとき、召使いが短い手紙を持って入ってきた。
「ジキル博士からですか」と書記は尋ねた。「見覚えのある筆跡だと思いました。内密のお便りでしょうか、アターソン先生?」
「夕食への招待だよ。どうした。見たいのかね?」
「少しだけ。ありがとうございます」そう言って書記は二枚の紙を並べ、念入りに見比べた。「ありがとうございました」と、やがて両方を返しながら言った。「たいへん興味深い筆跡です。」
しばらく沈黙が続いた。そのあいだ、アターソン氏は心の中で葛藤していた。「なぜ見比べたのだね、ゲスト?」と不意に尋ねた。
「それが、先生」と書記は答えた。「どうにも妙なほど似ているのです。二つの筆跡は、多くの点で同一です。傾きだけが違います。」
「少し妙だね」とアターソンは言った。
「おっしゃるとおり、少し妙です」とゲストは答えた。
「この手紙のことは、口外しないでもらいたい」と雇い主は言った。
「はい、先生」と書記は言った。「承知しました。」
だがその夜、アターソン氏はひとりになるや、その手紙を金庫へしまいこんだ。それきり、手紙はそこに眠ることになった。「何ということだ!」と彼は思った。「ヘンリー・ジキルが、殺人犯のために手紙を偽造するとは!」
血管の中で、血が凍る思いがした。
ラニヨン博士の異変
時は過ぎた。サー・ダンヴァースの死は社会全体への害悪と受け止められ、怒りが広がったため、数千ポンドもの懸賞金がかけられた。だがハイド氏は、初めから存在しなかったかのように、警察の目の届くところから消え失せた。たしかに過去の多くは掘り起こされたが、どれも不名誉なものばかりだった。冷酷でありながら激烈でもある残忍さ、卑劣な暮らし、奇妙な交友関係、その生涯につきまとっていたらしい憎悪などが明るみに出た。だが今の居場所については、噂一つ聞こえなかった。殺人のあった朝、ソーホーの家を出て以来、男はただ消え去っていた。時がたつにつれ、アターソン氏はしだいに激しい不安から立ち直り、平静を取り戻していった。彼の考えでは、サー・ダンヴァースの死も、ハイド氏が姿を消したことで、余りある償いを得たことになるのだった。あの邪悪な感化が取り除かれた今、ジキル博士には新しい人生が始まった。引きこもりをやめ、友人たちとの交際を再開し、ふたたび気軽に訪ね、招くようになった。もともと慈善で知られていたが、今や信仰の篤さでも劣らず名を知られるようになった。忙しく活動し、よく戸外へ出て、人のために尽くした。自分が役に立っているという内なる意識に照らされるように、顔つきはほぐれ、明るくなった。二か月余り、博士は平穏に過ごした。
一月八日、アターソンは少人数の客とともに博士の家で夕食を取った。ラニヨンも来ていた。主人は二人の顔を代わる代わる眺め、三人が離れがたい友人だった昔の日々を思わせた。十二日、そして十四日にも、弁護士は玄関で断られた。「博士はお部屋にこもっていらっしゃいます」とプールは言った。「どなたにもお会いになりません。」
十五日にまた訪ねたが、やはり断られた。この二か月、ほとんど毎日のように友人と会うことに慣れていたため、ふたたび訪れた孤独が重く心にのしかかった。五日目の夜にはゲストを夕食に呼び、六日目にはラニヨン博士の家へ出かけた。
そこでは少なくとも、面会を拒まれはしなかった。だが中へ入ると、博士の変わりように衝撃を受けた。その顔には、死刑宣告がはっきりと書きつけられていた。薔薇色だった男の顔は青ざめ、肉は落ち、髪も目に見えて薄くなり、老けこんでいた。だが弁護士の注意を引いたのは、そうした急速な肉体の衰えのしるしよりも、むしろ、心の奥に何か深い恐怖があることを物語るような目つきと物腰だった。博士が死を恐れるとは考えにくかったが、それでもアターソンは、そう疑いたくなった。「そうだ」と彼は思った。「医者なのだから、自分の容態も、余命がいくばくもないこともわかっているに違いない。その事実に耐えられないのだ。」
ところが、アターソンが顔色の悪さを口にすると、ラニヨンはひどく毅然とした態度で、自分の命はもう長くないと告げた。
「衝撃を受けたのだ」と彼は言った。「もう立ち直れない。あと何週間かというところだろう。まあ、人生は楽しかった。私は人生が好きだった。ああ、好きだったんだ。ときどき思うよ。すべてを知ってしまったら、この世を去ることを、もっと喜べるのではないかとね。」
「ジキルも病気なのだ」とアターソンは言った。「会ったかね?」
だがラニヨンの顔色が変わり、震える手を上げた。「ジキル博士には、もう会いたくもなければ、話を聞きたくもない」と、大きな、揺れる声で言った。「あの人物とは、すっかり縁を切った。私にはもう死んだも同然の人間だ。その名を持ち出さないでくれ。」
「まあ、まあ」とアターソン氏は言った。それから、かなり長い沈黙のあとで尋ねた。「私に何かできることはないかね? ラニヨン、私たち三人は、ずいぶん昔からの友人だ。これからまた、同じような友人をつくれるほど長くは生きられまい。」
「どうにもできない」とラニヨンは答えた。「本人に聞いてくれ。」
「会ってくれないのだ」と弁護士は言った。
「それは驚かない」と返事があった。「いつか、アターソン、私が死んだあと、君にもこの件の是非がわかるかもしれない。私からは話せない。それまでは、ここに座ってほかのことを話せるなら、どうかそうしていてくれ。だが、この呪わしい話題を避けられないなら、頼むから帰ってくれ。私には耐えられない。」
帰宅するとすぐ、アターソンは机に向かい、ジキルに手紙を書いた。家へ入れてもらえないことへの不満を述べ、ラニヨンとの不幸な断絶の理由を尋ねた。翌日、長い返事が届いた。そこには胸に迫る言葉がたびたび現れ、ときには暗く不可解な意味合いも漂っていた。ラニヨンとの不和は修復できないという。「私は古い友人を責めてはいない」とジキルは書いていた。「だが、二度と会ってはならないという点では、私も同じ考えだ。これからは、徹底して世を避けた暮らしを送るつもりでいる。君にさえ、たびたび扉を閉ざすことがあっても、驚かないでほしい。友情を疑うこともしないでくれ。私は私の暗い道を行くほかない。どうか許してほしい。口にできない罰と危険を、自ら招いてしまったのだ。私が罪人の最たる者なら、苦しむ者の最たる者でもある。人の気力をこれほど奪い尽くす苦痛と恐怖の場所が、この地上にあるとは思わなかった。アターソン、この運命を軽くするため、君にできることは一つだけだ。私の沈黙を尊重してほしい。」
アターソンは驚き惑った。ハイドの暗い影響は取り除かれ、博士は昔の仕事と友情を取り戻していた。一週間前には、楽しく名誉ある老後を約束するように、先行きは明るく開けていた。それが今、一瞬のうちに、友情も心の平和も、暮らしのすべての調子も、粉々になってしまった。これほど大きく、前触れもない変化は、狂気を思わせた。だがラニヨンの態度と言葉を考えると、そこにはさらに深い原因があるに違いなかった。
一週間後、ラニヨン博士は床につき、それから二週間もたたないうちに亡くなった。葬儀で深い悲しみに打たれたアターソンは、その夜、仕事部屋の扉に鍵をかけた。もの寂しい蝋燭の光のもとに座り、亡き友が自筆で宛名を記し、自分の印で封をした封筒を取り出して、目の前に置いた。「親展――G・J・アターソン本人に限り開封のこと。同氏が先に死亡した場合は、未開封のまま焼却すること」と、念を押すように表書きされていた。弁護士は中身を見るのを恐れた。「今日、一人の友を葬った」と彼は思った。「これで、もう一人まで失うことになったらどうする?」
だが、その恐れを友への不実と自ら戒め、封を切った。中には、同じく封をした別の包みが入っていて、表には「ヘンリー・ジキル博士の死亡、または失踪まで開封してはならない」と記されていた。
アターソンは、自分の目を信じられなかった。そう、「失踪」だ。とうの昔に作成者へ返した、あの狂気じみた遺言書と同じく、ここでもまた、「失踪」という観念とヘンリー・ジキルの名が結びついていた。だが遺言書では、その観念はハイドという男の不吉な入れ知恵から生まれたものだった。そこに書きこまれた目的は、あまりにも明白で恐ろしかった。では、ラニヨンの手で書かれたこれは、何を意味するのか。託された弁護士は強い好奇心に駆られ、禁を破って、ただちに謎の底まで探りたくなった。だが、職業上の名誉と亡き友への信義は、厳然たる義務だった。包みは彼の私用金庫の、いちばん奥に眠ることとなった。
好奇心を抑えることと、好奇心に打ち勝つこととは別である。その日以降、アターソンが生き残った友との交わりを、それまでと同じ熱意で求めたかどうかは疑わしい。友を思う気持ちは温かかったが、その思いには不安と恐れがつきまとった。たしかに訪ねはした。だが、面会を断られると、むしろほっとしたのかもしれない。みずから幽閉を選んだあの家へ入り、得体の知れない隠遁者と向かい合って話すよりも、戸口に立ち、開けた町の空気と物音に包まれて、プールと話すほうを、心の中では好んでいたのかもしれない。とはいえ、プールの知らせにも、あまり喜ばしいものはなかった。博士は今まで以上に、実験室の上の書斎へ閉じこもり、ときにはそこで寝ることさえあるらしかった。意気消沈し、すっかり無口になり、本も読まない。何か心に重くかかることがあるようだという。アターソンは、いつも変わらぬこうした報告に慣れ、訪問の回数もしだいに減っていった。
窓辺の出来事
ある日曜日、アターソン氏がエンフィールド氏といつもの散歩をしていると、たまたままた、あの脇通りを通ることになった。扉の前へ来ると、二人とも足を止め、じっと見つめた。
「まあ」とエンフィールドは言った。「少なくとも、あの話は終わりましたね。もうハイド氏を見かけることはないでしょう。」
「そう願いたいね」とアターソンは言った。「私も一度あの男に会い、君と同じ嫌悪を覚えたという話は、したことがあったかな?」
「会って、そう感じないなんて無理ですからね」とエンフィールドは答えた。「ところで、ここがジキル博士の家の裏口だと知らなかった僕を、ずいぶん間抜けだと思ったでしょうね。ようやく気づいたのも、半分はあなたのせいなんですよ。」
「そうか、気づいたのか」とアターソンは言った。「それなら、中庭へ入って、窓を見上げてみてもよかろう。実を言うと、気の毒なジキルが心配でね。外からでも、友人がそばに来たとわかれば、少しは慰めになるような気がするのだ。」
中庭はひどくひんやりして、少し湿っていた。頭上高くの空は、まだ夕日に明るかったが、そこには早すぎる薄闇が満ちていた。三つある窓の真ん中が半ば開いていた。そのすぐそばに座り、慰めを失った囚人のように、限りない悲しみを顔に浮かべて外気に当たっているジキル博士を、アターソンは見つけた。
「おお、ジキル! ジキル!」と彼は呼びかけた。「少しはよくなったかね。」
「ひどく沈んでいるよ、アターソン」と博士は、わびしい声で答えた。「ひどく沈んでいる。ありがたいことに、長くは続くまい。」
「家にこもりすぎるのだ」と弁護士は言った。「エンフィールド氏や私のように、外へ出て血の巡りをよくしなくては。(こちらは私のいとこのエンフィールド君だ――ジキル博士だよ。)さあ、帽子を取って、ひと回り一緒に歩こうじゃないか。」
「親切だね」と相手はため息をついた。「私もぜひそうしたい。だが、いや、だめだ、どうしても無理なんだ。そんなことはできない。だが本当に、アターソン、君に会えてうれしいよ。実にうれしい。君とエンフィールド氏に上がってもらいたいのだが、どうにも人を通せる有様ではなくてね。」
「それなら」と弁護士は、穏やかに言った。「こちらは下にいて、ここから君と話すのがいちばんだろう。」
「ちょうど、私もそうお願いしようと思っていたところだ」と博士は微笑んで答えた。だが、言い終えるか終えないうちに、その笑みは顔からかき消され、卑屈なほどの恐怖と絶望に変わった。下にいた二人の紳士は、血まで凍る思いがした。それを見たのは、ほんの一瞬だった。窓はただちに勢いよく閉められた。だが、その一瞬で十分だった。二人は向きを変え、一言も交わさず中庭を出た。脇通りを抜けるあいだも、黙っていた。日曜日でさえ、まだいくらか暮らしの動きが残る近くの大通りへ出て、初めてアターソン氏は連れを振り返った。二人とも青ざめていた。その目には、同じ恐怖が映し合わされていた。
「神よ、お許しください。神よ、お許しください」とアターソン氏は言った。
だがエンフィールド氏は、ただひどく重々しくうなずき、また黙って歩きだした。
最後の夜
ある晩、アターソン氏が夕食後、暖炉のそばに座っていると、思いがけずプールが訪ねてきた。
「おや、プール、どうしたのだね?」と彼は声を上げた。それからもう一度相手を見て、付け加えた。「何があった? 博士の具合が悪いのかね?」
「アターソン様」と男は言った。「何か、おかしいのでございます。」
「まあ座りたまえ。葡萄酒を一杯あげよう」と弁護士は言った。「さあ、落ち着いて、何の用なのか、はっきり話してくれ。」
「博士のご気性は、ご存じでいらっしゃいましょう」とプールは答えた。「お部屋に閉じこもられることも。今もまた、書斎にこもっておいでです。それが、どうにも嫌な感じがするのでございます。決して、大げさに申しているのではありません。アターソン様、私は恐ろしいのでございます。」
「それなら、プール」と弁護士は言った。「はっきり言ってくれ。何が恐ろしいのだね?」
「一週間ほど前から、ずっと恐ろしいのでございます」とプールは、頑なに問いを無視して答えた。「もう我慢ができません。」
その姿は、言葉を十分に裏づけていた。様子はひどく変わり、最初に恐ろしいと打ち明けた瞬間を除いて、一度も弁護士の顔をまともに見ていなかった。今も葡萄酒の入ったグラスを膝の上に置き、口もつけず、床の隅へ目を落として座っていた。「もう我慢ができません」と繰り返した。
「さあ」と弁護士は言った。「それだけの理由があるのはわかる、プール。何か重大な異変が起きているのだね。それが何なのか、話してみてくれ。」
「何か、よからぬことが行われたのだと思います」とプールは、かすれた声で言った。
「よからぬこと!」と弁護士は叫んだ。かなり驚き、そのために少し苛立ってもいた。「どんなことだ! いったい何を言っているのだね?」
「口にする勇気がございません」と返事があった。「ですが、ご一緒にいらして、ご自分の目でお確かめくださいませんか。」
アターソン氏は答える代わりに立ち上がり、帽子と外套を取った。すると執事の顔に、大きな安堵が浮かんだ。弁護士はそれを驚いて見た。そしてプールが後について立ち上がる際、置いた葡萄酒にまだ一口も手をつけていなかったことも、おそらく同じほど意外に思った。
三月らしい、荒れた寒い夜だった。青白い月が、風に傾けられでもしたように仰向けに横たわり、その前を、透き通る薄い麻布のようなちぎれ雲が飛んでいた。風は会話を難しくし、顔に赤い斑点を浮かばせた。その風に掃き払われたのか、通りにはいつにも増して人影がなかった。アターソン氏は、ロンドンのこの一帯が、これほどさびれたように見えたことはないと思った。できれば、そうでないほうがよかった。同じ人間の姿を見、その体に触れたいと、これほど切実に願ったことは、生まれてこのかたなかった。いくら振り払おうとしても、恐ろしい災厄の予感が、心へ押し寄せ、押し潰そうとしていたからだ。広場に着くと、そこは風と砂埃に満ち、庭園の細い木々が柵に激しく身を打ちつけていた。道中ずっと一、二歩先を歩いていたプールは、歩道の真ん中で立ち止まった。そして刺すような寒さにもかかわらず、帽子を脱ぎ、赤いハンカチで額を拭いた。だが、いかに急いで来たとはいえ、拭ったのは運動の汗ではなかった。喉を締めつけるような苦悩がにじませた汗だった。顔は白く、口を開いたときの声も、かすれて途切れた。
「さて、着きました」と彼は言った。「何事もないよう、神のお守りを願うばかりでございます。」
「アーメン、プール」と弁護士は言った。
そこで召使いは、ひどく用心深く扉を叩いた。鎖をかけたまま扉が開き、中から声が尋ねた。「プールさん?」
「大丈夫だ」とプールは言った。「開けてくれ。」
中へ入ると、広間は明るく照らされ、暖炉には盛んに火が燃えていた。炉辺には男女の召使い全員が、羊の群れのように身を寄せ合っていた。アターソン氏を見ると、女中はひきつるようにすすり泣きはじめた。料理女は「ありがたい、アターソン様だ!」と叫び、抱きつかんばかりに駆け寄ってきた。
「これは、どうした? みんなここにいるのかね?」と弁護士は不機嫌に言った。「ずいぶん不規則だ。行儀もよくない。ご主人が見たら、さぞ不愉快だろう。」
「みな、恐れているのでございます」とプールは言った。
誰も異を唱えず、虚ろな沈黙が続いた。ただ女中だけが声を高め、今度は大声で泣きだした。
「黙りなさい!」
プールは、自分の神経の乱れを物語るような、激しい声で女中を叱った。実際、娘が不意に泣き声を高めたとき、一同はびくりとし、恐ろしいことが起こりそうな顔で、奥の扉を振り返っていた。「さて」と執事は続け、刃物磨きの少年に向かった。「蝋燭を一本持ってきなさい。すぐに片をつける。」
それからアターソン氏に後についてくるよう頼み、裏庭へ先導した。
「ここからは」と彼は言った。「できるだけ静かにいらしてください。お聞きいただきたいのです。こちらの音は、聞かせたくございません。それから、よろしいですか。万一、中へお入りくださいと言われても、お入りにならないでください。」
この思いがけない結びに、アターソン氏は全身の神経を弾かれたようになり、危うくよろめきかけた。だが勇気を奮い起こし、執事の後について実験棟へ入った。木箱や瓶がごたごた積まれた解剖実習室を通り、階段の下へ来た。プールは脇へ寄って耳を澄ますよう合図し、自分は蝋燭を置いた。それから、見るからに大きく覚悟を決め、階段を上がり、ややおぼつかない手で、書斎の赤いラシャ張りの扉を叩いた。
「旦那様、アターソン様がお目にかかりたいとおっしゃっております」と呼びかけた。その最中にも、弁護士へ、よく聞くよう激しく合図した。
中から声が答えた。「誰にも会えないと伝えてくれ」と、訴えるように言った。
「かしこまりました」とプールは答えた。その声には、どこか勝ち誇ったような響きがあった。蝋燭を取り上げると、アターソン氏を導いて中庭を戻り、広い台所へ入った。火は消えており、床では甲虫が跳ねていた。
「アターソン様」と彼は、相手の目を見据えて言った。「あれが、主人の声でございましたか?」
「ひどく変わっているようだ」と弁護士は、真っ青な顔で視線を受け止めながら答えた。
「変わっている? ええ、まったくそのとおりでございます」と執事は言った。「このお家に二十年もお仕えして、主人の声を聞き違えるとお思いですか。そんなことはございません。主人は殺されたのです。八日前、神の御名を呼んで叫ばれる声を聞いた、あのときに殺されたのです。その代わりに何者があそこにいるのか、なぜ居座っているのか、これは天にも訴えるべき恐ろしいことでございます、アターソン様!」
「それはずいぶん奇妙な話だ、プール。あまりに途方もない話だよ」とアターソン氏は、指を噛みながら言った。「仮に君の考えるとおりだとして、ジキル博士が――その、殺されたとして、殺人者はなぜそこへ残るのだね? それでは筋が通らない。理屈に合わないではないか。」
「アターソン様は、なかなかご納得くださらない。ですが、きっとご納得いただきます」とプールは言った。「この一週間、あの男か、あれか――書斎にいるものが何にせよ――昼も夜も、ある薬を寄こせと叫んでいるのです。ところが気に入るものが手に入らない。以前から、ときには主人が、ご用を書いた紙を階段へ投げ落とされることがございました。この一週間は、そればかりなのです。紙ばかりで、扉は閉まったまま。食事までそこへ置いておき、誰も見ていない隙にこっそり取りこむのです。毎日、それどころか一日に二度も三度も、注文や苦情が来て、私は町じゅうの薬品問屋へ走らされました。薬を持ち帰るたびに、純度が足りないから返せと書いた別の紙が来て、また別の店への注文が来るのです。何に使うにせよ、その薬がどうしても必要なのでございます。」
「その紙は、どれか持っているかね?」とアターソン氏は尋ねた。
プールはポケットを探り、くしゃくしゃになった紙を差し出した。弁護士は蝋燭へ身をかがめ、注意深く読んだ。文面は次のとおりだった。「モー商会御中。ジキル博士よりご挨拶申し上げる。先般の見本は不純物を含み、現在の用途にはまったく役立たないことを、あらためてお伝えする。一八――年、当方は貴店より相当量を購入した。ついては、細心の注意をもって在庫をお調べのうえ、同質の品が残っているなら、ただちにお送り願いたい。費用はいくらでもかまわない。当方にとって、これがどれほど重要であるか、強調してもしすぎることはない。」
そこまでは、かなり落ち着いた文面だった。だが、その先でペン先が突然走り乱れ、筆者の感情が抑えを失っていた。「どうかお願いだ」と付け加えられていた。「前の品を見つけてくれ。」
「妙な手紙だね」とアターソン氏は言った。それから鋭く尋ねた。「なぜ開封したものを君が持っているのだ?」
「モー商会の者が、たいそう腹を立てまして、汚い物でも投げるように、私へ突き返したのでございます」とプールは答えた。
「これは間違いなく博士の筆跡だ。わかるかね?」と弁護士は続けた。
「似ているとは思いました」と召使いは、少しむっとして言った。それから声を変えた。「ですが、字が何でございましょう。私は見たのです!」
「見た?」とアターソン氏は繰り返した。「それで?」
「そこなのでございます!」とプールは言った。「こういうことでした。庭から実習室へ、ふいに入ったのです。あれは例の薬か何かを探しに、こっそり出ていたのでしょう。書斎の扉が開いていて、部屋の向こう端で、木箱の中をかき回しておりました。私が入ると顔を上げ、何か叫んで、階段を駆け上がり、書斎へ飛びこみました。ほんの一瞬見ただけですが、髪が針のように逆立ちました。もしあれが主人なら、なぜ顔に仮面をつけていたのでしょう? 主人なら、なぜ鼠のように鳴いて、私から逃げたのでしょう? 長くお仕えしてきた私から。それに……」
男は口をつぐみ、手で顔をなでた。
「どれもひどく奇妙な事情だ」とアターソン氏は言った。「だが、少し筋道が見えてきたようだ。プール、ご主人は明らかに、苦痛を与えると同時に容貌まで変えてしまう、何かの病気にかかったのだ。おそらく声が変わったのもそのためだろう。仮面をつけ、友人を避けるのもそのためだ。あの薬を必死に捜すのも、気の毒に、それさえあれば最後には治ると、まだ望みをかけているからだ。神よ、その望みが裏切られませんように。私はそう考える。悲しいことだ、プール。ああ、考えるだけでも恐ろしい。だが、明快で自然な説明だし、すべて辻褄が合う。私たちも、度を越した不安から解放される。」
「アターソン様」と執事は、まだらに血の気を失って言った。「あれは主人ではございません。それが本当なのです。主人は」――ここで周囲を見回し、声をひそめた――「背が高く、立派な体格のお方です。あれは、むしろ小人のようでした。」
アターソンは反論しようとした。「ああ、アターソン様」とプールは叫んだ。「二十年もお仕えして、主人がわからないとお思いですか? 毎朝拝見していた書斎の戸口で、主人の頭がどの高さまで来るか、私が知らないとお思いですか? 違います。あの仮面のものは、決してジキル博士ではありません。何だったのかは神様しかご存じありませんが、ジキル博士ではなかったのです。殺人が行われたと、私は心の底から信じております。」
「プール」と弁護士は答えた。「君がそこまで言うのなら、確かめるのが私の務めになる。ご主人の気持ちをどれほど傷つけたくなくても、この手紙がまだ生きている証拠のように思えて、どれほど判断に迷っても、あの扉を破ることが私の義務だと考えよう。」
「ああ、アターソン様、よくぞおっしゃってくださいました!」と執事は叫んだ。
「そこで、次の問題だ」とアターソンは続けた。「誰がそれをやるのかね?」
「もちろん、あなた様と私でございます」と、ひるまぬ返事があった。
「よく言ってくれた」と弁護士は答えた。「何が起ころうと、君に不利益が及ばないよう、私が責任を持とう。」
「実習室に斧がございます」とプールは続けた。「あなた様は、台所の火かき棒をお持ちになればよろしいかと。」
弁護士は、無骨だが重いその道具を手に取り、重さを確かめた。「プール」と、顔を上げて言った。「私たちは、相当危険な立場へ踏みこもうとしているのだ。それはわかっているかね?」
「おっしゃるとおりでございます」と執事は答えた。
「ならば、互いに率直であるほうがよい」と相手は言った。「二人とも、まだ口にしていない考えを持っている。すっかり打ち明けよう。君が見た、仮面をつけた者だが、誰だかわかったかね?」
「それが、あまりにすばやく、ひどく身をかがめておりましたので、断言はいたしかねます」と返事があった。「ですが、ハイド様だったかとお尋ねなら――はい、そうだったと思います! 体の大きさが、ほとんど同じでした。すばしこく、軽い身のこなしも同じです。それに、ほかの誰が実験室の扉から入れるでしょう。あの殺人のときにも、まだ鍵を持っていたことは、お忘れではございませんね? ですが、それだけではありません。アターソン様は、あのハイド様にお会いになったことがおありでしょうか?」
「ある」と弁護士は言った。「一度、話をした。」
「なら、私どもと同じくおわかりでしょう。あの方には、何か妙なところがございました。人をぞっとさせる何かが。うまく申せませんが、骨の髄まで冷えて、すうっと空になるような感じでございます。」
「君の言うようなものを、私もいくらか感じたことは認める」とアターソン氏は言った。
「やはり、そうでございましょう」とプールは答えた。「あの仮面をつけたものが、猿のように薬品のあいだから飛び出し、書斎へ飛びこんだときも、氷のようなものが背筋を走りました。ああ、証拠にはならないことは承知しております、アターソン様。それくらいの学はございます。ですが、人には感じるものがあるのです。聖書にかけて誓います。あれはハイド様でした!」
「そうか、そうか」と弁護士は言った。「私の恐れも、同じところへ向かっている。あの交わりは悪から始まったのだろう。悪い結果になるのは避けられなかったのだ。ああ、本当に、君を信じよう。気の毒なハリーは殺されたと思う。そして殺人者は――何のためかは神のみぞ知るが――今も被害者の部屋に潜んでいると思う。よし、ならば仇討ちだ。ブラッドショーを呼んでくれ。」
呼ばれた従僕は、真っ青な顔で、おどおどしながらやってきた。
「しっかりしたまえ、ブラッドショー」と弁護士は言った。「この宙ぶらりんな状態が、君たちみんなを苦しめているのはわかる。だが今から、それに終止符を打つつもりだ。ここにいるプールと私が、書斎へ押し入る。何もなければ、責任はすべて私が引き受ける。そのあいだ、万一、本当に異変が起きていて、悪事を働いた者が裏から逃げようとした場合に備え、君と少年は丈夫な棒を一本ずつ持ち、角を回って、実験室の扉を見張ってくれ。持ち場につくまで十分待とう。」
ブラッドショーが出ていくと、弁護士は時計を見た。「さて、プール、私たちも持ち場へ行こう」と言い、火かき棒を脇に抱えて、中庭へ先に立った。ちぎれ雲が月の前に重なり、あたりはすっかり暗くなっていた。建物に囲まれた深い井戸のような場所へ、風がときおり吹きこみ、すきま風となって抜け、足元の蝋燭の光を左右に揺らした。実習室へ入って風を避けると、二人は黙って座り、待った。四方にはロンドンの重々しいうなりがあった。だが近くの静けさを破るのは、書斎の床を行ったり来たりする足音だけだった。
「一日じゅう、ああして歩いているのでございます」とプールは囁いた。「夜も、ほとんどずっと。薬屋から新しい見本が届いたときだけ、少し途切れます。ああ、やましい心ほど、安らぎを妨げるものはございません。アターソン様、あの一足ごとに、無残に流された血がつきまとっているのです。ですが、もう一度よくお聞きください。どうか全身を耳にしてお聞きください。あれが博士の足音でございましょうか?」
足音は、ゆっくり歩いているにもかかわらず、どこか弾むような調子があり、軽く、奇妙に響いた。ヘンリー・ジキルの、床を重くきしませる足取りとは、たしかに違っていた。アターソンはため息をついた。「ほかには何も聞こえないのかね?」と尋ねた。
プールはうなずいた。「一度だけ」と言った。「一度だけ、泣いているのを聞きました!」
「泣いていた? どんなふうに?」と弁護士は言った。突然、恐怖の冷気が身を走った。
「女か、救われぬ亡霊のように泣いていました」と執事は言った。「胸にこたえて、私まで泣きたくなる思いで、その場を離れました。」
だが、もう十分がたとうとしていた。プールは荷造り用の藁の山から斧を掘り出した。いちばん近い机に蝋燭を置き、突入する場所を照らした。そして二人は息を詰め、夜の静けさの中で、あいかわらず根気よく行きつ戻りつ、行きつ戻りつしている足音のほうへ近づいた。
「ジキル」とアターソンは大声で呼んだ。「会ってもらわなくてはならない。」
少し待ったが、返事はなかった。「はっきり言っておく。私たちは疑いを抱いている。どうしても君に会う必要があるし、必ず会う」と彼は続けた。「穏便にすまないなら、手荒にでも。君の承知が得られなければ、力ずくで入る!」
「アターソン」と声が言った。「頼む、どうか慈悲を!」
「ああ、ジキルの声ではない。ハイドだ!」とアターソンは叫んだ。「扉を破れ、プール!」
プールは斧を肩越しに振り上げた。一撃が建物を震わせ、赤いラシャ張りの扉が、錠と蝶番に抗うように跳ねた。書斎から、獣の恐怖そのもののような、もの悲しい悲鳴が響いた。斧はまた振り上げられ、ふたたび羽目板が轟音を立て、枠が跳ねた。四度、打撃が落ちた。だが木材は頑丈で、金具もよくできていた。五度目になってようやく錠が破れ、扉の残骸が内側の絨毯へ倒れこんだ。
攻めこんだ二人は、自分たちの立てた騒音と、そのあとに訪れた静けさにおびえ、少し退いて中をのぞいた。目の前には、静かなランプの光に照らされた書斎があった。暖炉にはよい火が赤く燃え、ぱちぱちとはぜ、やかんが細い声で歌っていた。引き出しが一つか二つ開き、執務机には書類がきちんと並び、火の近くには茶の道具が用意されていた。ロンドンじゅうでその夜いちばん静かな部屋とさえ思えた。薬品を詰めたガラス戸の戸棚さえなければ、いちばん平凡な部屋とも言えただろう。
その真ん中に、男の体がひどくねじれ、まだぴくぴくと動きながら横たわっていた。二人は爪先立ちで近づき、仰向けに返した。現れたのはエドワード・ハイドの顔だった。身には大きすぎる服を着ていた。博士の体格に合う服だった。顔の筋は、まだ生きているかのように動いていたが、命はすでに絶えていた。手の中で砕けた小瓶と、空気に漂う種の仁の強い匂い[訳注:アーモンドに似た匂いは青酸系の毒物を示唆する]から、アターソンには、自分たちが自殺者の遺体を見ていることがわかった。
「遅すぎた」と彼は厳しく言った。「救うにも、罰するにも。ハイドは神の裁きへ赴いた。あとは、ご主人の遺体を捜すだけだ。」
建物の大部分を占めていたのは、ほぼ一階全部に広がり、天井から光を取る実習室と、その一端の上階をなして中庭に面する書斎だった。実習室から脇通りの扉までは廊下が通じ、書斎からも、もう一つの階段で直接そこへ下りられた。そのほかに、暗い物置がいくつかと、広い地下室があった。二人はそれらを隅々まで調べた。物置はどれもひと目で十分だった。すべて空で、扉から落ちる埃を見れば、長く開けられていなかったことも明らかだった。地下室にはたしかに、壊れかけのがらくたが詰まっていた。そのほとんどは、ジキルの前に家を所有していた外科医の時代からのものだった。だが扉を開けたとたん、何年も入口をふさいできた、むしろのような蜘蛛の巣がそっくり落ちてきたので、それ以上捜しても無駄だとわかった。生きているにせよ、死んでいるにせよ、ヘンリー・ジキルの痕跡はどこにもなかった。
プールは廊下の敷石を踏み鳴らした。「この下に埋められているに違いありません」と、音を聞きながら言った。
「あるいは逃げたのかもしれない」とアターソンは言い、脇通りの扉を調べに向かった。鍵はかかっていた。その近くの敷石の上に、すでに錆の浮いた鍵が落ちていた。
「使われた様子はないね」と弁護士は言った。
「使う、ですって?」とプールは繰り返した。「折れているのが、おわかりになりませんか。誰かが踏みつけたように。」
「ああ」とアターソンは続けた。「折れ口まで錆びている。」
二人はおびえた目で顔を見合わせた。「私にはわからない、プール」と弁護士は言った。「書斎へ戻ろう。」
二人は黙って階段を上がり、ときおり恐怖を帯びた目を死体へ向けながら、書斎の中をさらに詳しく調べはじめた。ある机には化学実験の跡があり、何か白い塩が、量を測っていくつもの山に分けられ、ガラスの小皿に載っていた。不幸な男が、途中で実験を妨げられたかのようだった。
「これが、何度も買いに行かされた薬でございます」とプールは言った。その言葉が終わらないうちに、やかんがけたたましい音を立てて吹きこぼれた。
その音で二人は暖炉のほうへ向かった。安楽椅子が心地よく火に寄せられ、座れば肘の届くところに茶の道具が整えてあった。砂糖まで、すでに茶碗へ入っていた。棚には本が数冊あり、一冊は茶の道具の脇に開いて置かれていた。アターソンは、それがジキルのたびたび深い敬意を表していた信仰書だと気づき、驚いた。そこには本人の筆跡で、ぎょっとするような冒瀆の言葉が書きこまれていた。
部屋の調査を進めるうち、次に二人は姿見へ来た。思わず恐怖を覚えながら、その奥をのぞきこんだ。だが鏡の向きのせいで、映るのは天井に揺れる薔薇色の光と、戸棚のガラスに幾重にもきらめく炉火、そして身をかがめてのぞく、自分たちの青ざめた怯え顔だけだった。
「この鏡は、何か奇妙なものを見てきたのでしょうね」とプールは囁いた。
「だが、鏡そのもの以上に奇妙なものは、あるまい」と弁護士も同じ声で応じた。「いったいジキルは、何のために」――その名を口にしたところで、はっと言葉を切ったが、弱気を抑えて続けた――「ジキルは、何のためにこれを欲しがったのだろう?」
「まったくでございます」とプールは言った。
次に二人は執務机へ向かった。きちんと並べられた書類のいちばん上に、大きな封筒があり、博士の筆跡でアターソン氏の名が記されていた。弁護士が封を切ると、いくつかの封入物が床へ落ちた。最初のものは遺言書だった。半年前に返したものと同じ奇妙な条項で、死亡の場合には遺言として、失踪の場合には贈与証書として効力を持つように作られていた。だがエドワード・ハイドの名の代わりに、弁護士は、言いようもない驚きとともに、ガブリエル・ジョン・アターソンという名を読んだ。彼はプールを見、それからまた書面を見、最後に絨毯の上に横たわる悪人の死体を見た。
「頭がくらくらする」と彼は言った。「あの男は、何日もここを独占していた。私を好く理由はない。自分が外されたのを見て、激怒したに違いない。それなのに、この書類を破棄していない。」
次の紙をつかみ上げた。博士の筆跡による短い手紙で、上部には日付があった。「ああ、プール!」と弁護士は叫んだ。「今日、彼は生きてここにいたのだ。こんな短い時間に始末されるはずはない。まだ生きているに違いない。逃げたのだ! だが、なぜ逃げた? どうやって? それなら、これを自殺と断定してよいのか? ああ、慎重でなくてはならない。下手をすれば、私たちがご主人を、とんでもない破滅に巻きこんでしまうかもしれない。」
「お読みになってはいかがでございますか」とプールは尋ねた。
「恐ろしいのだ」と弁護士は厳粛に答えた。「その恐れに、根拠がないことを祈ろう!」
そう言って紙を目の前へ持ち上げ、次のように読んだ。
「親愛なるアターソン――これが君の手に渡るころ、私は姿を消しているだろう。どのような事情によるものか、私には予見する力がない。だが直感も、この名状しがたい境遇のあらゆる事情も、終わりが確実であり、しかも近いことを告げている。そこでまず、ラニヨンが君に託すと私に告げた手記を読んでほしい。そのうえで、なお知りたいと思うなら、この告白に目を通してくれ。
「君の不肖にして不幸な友、
「ヘンリー・ジキル。」
「三つ目の封入物があったね?」とアターソンは尋ねた。
「こちらでございます」とプールは言い、何か所も封をした、かなり厚い包みを手渡した。
弁護士はそれをポケットへ入れた。「この書類のことは、口にしないほうがよかろう。ご主人が逃げたにせよ、亡くなったにせよ、少なくとも名誉は守れるかもしれない。今は十時だ。私は家へ戻り、静かにこれらの文書を読まなくてはならない。だが十二時までには戻る。そのとき警察を呼ぼう。」
二人は外へ出て、実習室の扉に鍵をかけた。アターソンは、ふたたび広間の火のまわりに集まった召使いたちをあとにし、重い足取りで自分の事務所へ戻った。この謎を今こそ解き明かす、二つの手記を読むためだった。
ラニヨン博士の手記
今から四日前の一月九日、夕方の配達で、一通の書留の封書を受け取った。宛名は同業者であり、学生時代からの友人でもある、ヘンリー・ジキルの筆跡だった。私はかなり驚いた。私たちには手紙をやり取りする習慣などなかったし、前の晩にも会い、実際、一緒に夕食を取ったばかりだった。私たちの間柄で、書留という正式な手段を使う理由は、何一つ思いつかなかった。中身を読むと、驚きはいっそう増した。手紙には、こう書かれていたのである。
「一八――年十二月十日。
「親愛なるラニヨン――君は私の最も古い友人の一人だ。科学上の問題で意見が分かれることはあっても、少なくとも私の側では、友情が途切れた覚えはない。もし君が『ジキル、私の命も、名誉も、正気も、君にかかっている』と言ったなら、君を助けるため、私はいついかなるときでも左手を犠牲にしただろう。ラニヨン、私の命も名誉も正気も、すべて君の手にかかっている。今夜、君が助けてくれなければ、私は破滅する。この前置きから、引き受ければ不名誉になるような頼み事をするのかと、君は思うかもしれない。自分で判断してほしい。
「今夜のほかの約束は、すべて後回しにしてもらいたい。たとえ皇帝の病床へ呼ばれていてもだ。そして、君の馬車がちょうど玄関に来ているのでなければ、辻馬車を拾い、この手紙を手引きとして持って、まっすぐ私の家へ来てほしい。執事のプールには指示してある。錠前師とともに君の到着を待っているはずだ。それから私の書斎の扉を開けさせ、君ひとりで中へ入ってほしい。左手のガラス戸の戸棚、Eの文字のついたものを開けるのだ。鍵がかかっていたら、壊してかまわない。そして、上から四段目、同じことだが下から三段目の引き出しを、中身をすべてそのまま入れて抜き出してほしい。私は極度に心が乱れているため、指示を間違えはしないかと、病的なほど恐れている。だが、たとえ間違っていても、中身を見れば正しい引き出しがわかるはずだ。粉薬がいくつかと、小瓶一つ、帳面一冊が入っている。その引き出しを、そっくりそのままキャベンディッシュ広場へ持ち帰ってもらいたい。
「ここまでが頼みの前半だ。次に後半を述べる。この手紙を受け取ってすぐ出発すれば、真夜中よりずっと前に戻れるはずだ。だが、それだけの余裕は見ておこう。予見も防止もできない障害を恐れるためばかりではない。残りのことをするには、召使いたちが寝床へ入った時刻のほうが都合がよいからだ。そこで真夜中には、診察室にひとりでいてほしい。私の名を告げて一人の男が訪ねてくる。その男を君自身の手で家へ入れ、私の書斎から持ち帰った引き出しを渡してもらいたい。それで君の役目はすみ、私は全面的に君へ感謝することになる。その五分後、もし説明を求めるなら、これらの手配が生死にかかわる重要なものであり、いかに突飛に見えようとも、どれか一つを怠れば、私の死か正気の喪失を、君の良心に負わせるところだったとわかるだろう。
「君がこの訴えを軽く扱わないことは信じている。だが、その可能性を考えるだけで、心は沈み、手が震える。今このとき、私は見知らぬ場所にいて、どれほど想像を働かせても誇張にはならない、暗い苦悩に責めさいなまれている。その私を思ってほしい。それでも、君が時間どおりに助けてくれさえすれば、この苦しみは語り終えた物語のように過ぎ去ると、はっきりわかっている。親愛なるラニヨン、どうか力を貸し、救ってほしい。
「君の友、
「H・J
「追伸――いったん封をしたあとで、新しい恐怖に襲われた。郵便が当てにならず、この手紙が明朝まで君の手に届かない可能性がある。その場合は、ラニヨン、日中の都合のよいときに用件を果たし、やはり真夜中に使いの男を待ってほしい。その時点では、もう遅すぎるかもしれない。その夜が何事もなく過ぎたなら、ヘンリー・ジキルにはもう二度と会えないのだと、わかってくれ。」
この手紙を読み、私は同業の友が正気を失ったと確信した。だが疑いの余地なくそうだと証明されるまでは、頼みに従う義務があると感じた。この支離滅裂な話を理解できなければできないほど、その重要さを判断する立場にもなかった。あのような文言で書かれた訴えを退けるには、重大な責任を負わねばならない。そこで私は食卓を立ち、二輪の辻馬車に乗り、ジキルの家へ直行した。執事は私の到着を待っていた。私の手紙と同じ便で、指示を書いた書留を受け取り、すぐに錠前師と大工を呼びにやったという。話しているうちに職人たちが来たので、私たちは一緒に、故デンマン博士の解剖実習室へ向かった。ご存じのとおり、ジキルの私用の書斎へは、そこから入るのが最も都合がよい。扉は非常に頑丈で、錠も上等だった。大工は、力ずくで開けるなら、たいそう骨が折れ、かなり壊すことになると断言した。錠前師も、ほとんどお手上げの様子だった。だが、この職人は腕がよく、二時間の作業の末、扉は開いた。Eと記された戸棚には鍵がかかっていなかった。私は引き出しを抜き出し、藁を詰めさせ、シーツで包んで縛らせて、それを持ってキャベンディッシュ広場へ帰った。
そこで中身を調べはじめた。粉薬はまずまず丁寧に包まれていたが、調剤薬局の精密さには欠けていた。したがって、ジキル自身が作ったものなのは明らかだった。包みの一つを開くと、ただの白い結晶性の塩らしいものが出てきた。次に調べた小瓶には、血のように赤い液体が半分ほど入っていた。強く鼻を刺す匂いがあり、私にはリンと、揮発性のエーテルの一種が含まれているように思えた。ほかの成分は、見当もつかなかった。帳面は普通の翻訳練習帳で、ほとんど日付の列ばかりだった。それは何年にもわたっていたが、一年近く前のところで、記入が突然途絶えているのに気づいた。ところどころ、日付の横に短い書きこみがあった。たいてい一語にすぎず、数百ある記録のうち、おそらく六回ほど「倍量」という言葉が出てきた。そしてかなり初めのほうに一度だけ、感嘆符をいくつも添えた「完全な失敗!!!」という記入があった。
これらすべては好奇心を刺激したが、確かなことはほとんど教えてくれなかった。ここにあるのは、ある塩の小瓶と、一連の実験の記録だった。その実験は、ジキルの研究にはあまりに多いことだが、実用上何の役にも立つ結果を生まなかったらしい。そんな品が私の家にあることが、どうして、あの突飛な同業者の名誉や正気や命を左右するのだろう。使いの者が一方へ行けるなら、なぜもう一方へは行けないのか。何か妨げがあるにしても、なぜ私がその男をひそかに迎えなくてはならないのか。考えれば考えるほど、相手は脳の病にかかっているという確信が強まった。私は召使いたちを寝かせたが、一方で古い回転式拳銃に弾を込め、いくらかでも身を守れる用意をした。
ロンドンじゅうで十二時の鐘が鳴り終わるか終わらないうちに、玄関のノッカーが、ごく静かに鳴った。私自身がその音に応じて出ていくと、小柄な男が、玄関の柱に身を寄せ、縮こまっていた。
「ジキル博士のお使いですか?」
私は尋ねた。
男は窮屈そうな身振りで、そうだと答えた。中へ入るよう促しても、すぐには従わず、まず広場の闇を探るように振り返った。そう遠くないところに警官がいて、集光ランタンの灯りを出したまま近づいていた。それを見た訪問者は、びくりとして、足を速めたように思えた。
こうした細かな様子が、不快な印象を与えたことは認めねばならない。男の後について明るい診察室へ入りながら、私はいつでも武器を使えるよう手を添えていた。ここでようやく、はっきり相手を見ることができた。これまで一度も見たことのない男なのは、確かだった。すでに述べたように小柄だった。ほかにも、ぎょっとするような顔の表情、筋肉はひどく活発に動くのに、体質は著しく虚弱に見えるという奇妙な取り合わせが目についた。そして、決して軽んじられない最後の点として、そばにいるだけで、私自身の内に奇妙な動揺が起こった。それは悪寒の始まりにいくらか似ており、脈拍の著しい低下を伴っていた。そのときは、自分特有の個人的な反感だと思い、ただ症状の激しさに驚いただけだった。だが後になって、その原因は人間の本性の、もっと深いところにあり、単なる憎悪よりも高貴なものに根ざすのだと、信じる理由を得た。
この人物――入ってきた最初の瞬間から、嫌悪を伴う好奇心としか呼びようのないものを私に抱かせた人物――は、普通の人間なら笑いものになるような服装をしていた。つまり、服の生地は上等で落ち着いていたが、どこもかしこも、体に比べてあまりに大きすぎた。ズボンは脚にだぶつき、地面につかぬよう裾を折り上げてあり、上着の胴のくびれは腰より下に来て、襟は肩の上に大きく広がっていた。奇妙なことに、この滑稽な装いは、私を少しも笑わせなかった。むしろ、目の前にいる生き物の本質そのものに、異常で、まともに生まれつかなかったような何か――心をとらえ、驚かせ、反感を呼ぶ何か――があったため、この新たな不釣り合いも、その異常さによく合い、いっそう強めるものに思われた。そのため、男の本性や性格への関心に加え、その生まれや暮らし、境遇や世間での立場まで知りたくなった。
書き記すにはこれほど紙幅を費やした観察も、実際には数秒の出来事にすぎなかった。訪問者は、暗い興奮に燃え立っていた。
「手に入りましたか?」と男は叫んだ。「持ってきてくださったんですか?」
あまりの焦りに、私の腕に手をかけ、揺さぶろうとさえした。
私は男を押し戻した。その手に触れられると、血の中を氷のような痛みが走った。「まあ、お待ちなさい」と私は言った。「まだお知り合いにもなっていないことを、お忘れのようですね。どうぞおかけください。」
そして自分から手本を示し、いつもの椅子に座った。時刻の遅さ、心を占める懸念の性質、訪問者への恐怖が許すかぎり、普段患者に接するときの態度に近づけるよう努めた。
「失礼しました、ラニヨン博士」と男は、十分に礼儀正しく答えた。「おっしゃるとおりです。焦る気持ちが礼儀を追い越してしまいました。同業のヘンリー・ジキル博士の依頼で、かなり大切な用件のために参りました。それで、伺ったところでは……」
男は言葉を切り、喉へ手を当てた。落ち着いた様子を装ってはいたが、迫ってくるヒステリーの発作と闘っているのがわかった。「伺ったところでは、引き出しを……」
ここで私は、訪問者の張り詰めた不安を気の毒に思った。おそらくは、自分の高まりつつある好奇心にも、いくらか負けたのだろう。
「そこにあります」と私は言い、机の後ろの床に置かれ、まだシーツをかぶせたままの引き出しを指した。
男はそこへ飛びついたが、すぐに止まり、胸へ手を当てた。顎が痙攣し、歯ぎしりする音が聞こえた。顔は見るも恐ろしいほど蒼白で、私は命も正気も危ないのではないかと心配になった。
「落ち着きなさい」と私は言った。
男は私へ凄まじい笑みを向け、絶望の末に決断したかのように、シーツを引き剝がした。中身を見るや、あまりに深い安堵の嗚咽を一声漏らしたので、私は座ったまま石のようになった。次の瞬間には、もうかなり落ち着きを取り戻した声で、「目盛りのついたガラス容器はありますか」と尋ねた。
私は少し苦労して立ち上がり、求められたものを渡した。
男は笑顔でうなずいて礼を言い、赤いチンキを数ミニム[訳注:薬液に用いられた微量の体積単位]量り取り、粉薬を一包加えた。初め赤みを帯びていた混合液は、結晶が溶けるにつれて色が鮮やかになり、音を立てて泡を吹き、薄い蒸気を上げはじめた。突然、沸き立つような泡が止まり、それと同時に液は濃い紫へ変わった。それから、今度はゆっくりと、水っぽい緑色へ薄れていった。訪問者はこの変化を鋭い目で見つめていたが、微笑み、ガラス容器を机へ置くと、振り向いて私を探るように見た。
「さて」と男は言った。「残りを決めましょう。賢明でいらっしゃいますか。忠告をお聞きになりますか。これ以上話をせず、私がこの容器を持って、お宅を出ていくことをお許しになりますか。それとも、知りたいという欲が、あまりに強くあなたを支配していますか。よく考えてお答えください。あなたの決めたとおりになりますから。あなたの選び方しだいで、これまでどおりのご自分でいられます。財産も知識も増えはしませんが。もっとも、死ぬほどの苦境にあった人間を助けたという実感を、魂の富の一つに数えるなら別です。あるいは、もう一方を選ぶなら、新しい知識の領域と、名声や力へ至る新しい道が、今すぐ、この部屋で、あなたに開かれます。そして、サタンの不信心さえ揺るがす奇跡に、あなたの目は焼きつかれるでしょう。」
「あなたのお話は謎ばかりです」と私は、実際にはとうてい持ち合わせていない冷静さを装って言った。「あまり信用する気になれないとしても、不思議には思われないでしょう。ですが私は、理由のわからぬ手助けを、ここまでしてきたのです。結末を見る前にやめるわけにはいきません。」
「よろしい」と訪問者は答えた。「ラニヨン、誓いを忘れるな。この先のことは、医師として秘密を守ってもらう。さて、長年、最も狭い唯物的な見方に縛られてきた君、超越的な医学の力を否定してきた君、自分より優れた者を嘲ってきた君――見るがいい!」
男は容器を唇へ当て、一息に飲み干した。叫び声が上がった。男はよろめき、ふらつき、机をつかんでしがみついた。目を血走らせて見開き、口を開けてあえいだ。見ているうちに、変化が起きたように思えた。体が膨らむようだった。顔が突然黒くなり、目鼻立ちが溶けて変わっていくように見えた。次の瞬間、私は跳ね起き、壁際まで飛び退いていた。あの異様なものから身を守るように両腕を上げ、心は恐怖に呑みこまれていた。
「ああ、神よ!」
私は叫んだ。そして「ああ、神よ!」と幾度も繰り返した。なぜなら、目の前には――青ざめ、震え、半ば気を失いかけ、死からよみがえった者のように両手を前へ伸ばして手探りをする――ヘンリー・ジキルが立っていたからだ!
その後の一時間に彼が語ったことを、私はどうしても紙に記す気になれない。私は、見たものを見、聞いたことを聞いた。そして魂は、それに打ちのめされた。だが今、あの光景が目から薄れたあとで、自分はそれを信じているのかと問いかけても、答えが出ない。私の人生は根底から揺さぶられた。眠りは去り、昼も夜も、死にも等しい恐怖がいつもそばにいる。余命は尽きかけており、私は死ぬのだと感じている。それでも、信じられぬまま死ぬだろう。あの男が、悔恨の涙まで流しながら明かした道徳的な堕落については、思い出すだけでも、恐怖に身をすくませずに考えつづけることはできない。アターソン、一つだけ言おう。それだけで――もし君が信じることができるなら――十分すぎるはずだ。あの夜、私の家へ忍びこんできた生き物は、ジキル自身の告白によれば、ハイドという名で知られ、カルー殺害犯として国じゅうの隅々まで追われていた者だった。
ヘイスティー・ラニヨン。
事件の全容に関するヘンリー・ジキルの陳述
私は18――年に生まれ、莫大な財産に恵まれたうえ、才知にも優れ、生来勤勉で、賢良な人々から敬意を寄せられることを喜びとしていた。だから、名誉ある輝かしい将来は、あらゆる点で約束されていたといってよい。実際、私のいちばんの欠点といえば、陽気な楽しみを性急に求める気質くらいのものだった。多くの人にとっては幸福の源となる性質だが、私には、人前で胸を張り、並の人以上に謹厳な顔をしていたいという強烈な願望があり、この二つはなかなか折り合わなかった。そのため私は快楽を隠すようになり、やがて物事を省みる年頃に達して、世の中を見渡し、自分がどこまで進み、どんな地位を得たのかを考えはじめたときには、すでに根深い二重生活に足を踏み入れていた。私が犯した程度の放縦など、むしろ吹聴する男も少なくないだろう。だが、高い理想を掲げていた私は、ほとんど病的なほどの羞恥をもって、それらをひた隠しにした。したがって、私をこのような人間にしたのは、過ちがとりわけ卑劣だったからではなく、理想に対してあまりにも厳格だったからである。そのため、人間の二重の本性を分け、また形づくっている善と悪の領域が、私の内では、たいていの人よりなお深い溝によって隔てられた。こうした事情から私は、宗教の根底に横たわり、人間の苦悩を絶えず生み出す、あの苛酷な生の法則について、深く、執拗に考えずにはいられなかった。これほど徹底して表裏を使い分けていながら、私は決して偽善者ではなかった。どちらの私も真剣そのものだった。抑制をかなぐり捨てて恥ずべき行いに身を投じる私も、日の光の下で学問の進歩や悲しみと苦痛の軽減に努める私も、まったく同じように真の私だったのである。折しも私の科学研究は、もっぱら神秘的なもの、超越的なものへと向かっており、その研究が逆に、自分の内で絶えず戦いが続いているという自覚に、強い光を投げかけた。こうして私は日を追うごとに、良心と理性の両面から、ある真理へと着実に近づいていった。その一端を発見したばかりに、私はこれほど恐ろしい破滅へ追いやられたのだが、その真理とは、人間は本来一つではなく、まさしく二つである、ということだ。二つというのは、私の知識がそこまでしか及んでいないからである。私に続く者が現れ、同じ道を進んで私を追い越していくだろう。大胆な推測を許されるなら、やがて人間とは、互いに相容れず、それぞれ独立した、多種多様な住人からなる一つの共同体にすぎないと明らかになるのではないか。私自身はといえば、自分の生き方の性質上、ただ一つの方向へ、ほかへ逸れることなく進んだ。人間が徹底して、根源的に二重の存在であることを私が知ったのは、道徳の側面においてであり、ほかならぬ自分自身を通してだった。私の意識を戦場として争う二つの本性、そのどちらを私と呼んでも正しいとしても、それは私が根本からその両方であるためにほかならないと悟ったのである。そして私は早くから、科学上の発見がこうした奇跡の可能性をかすかにでも示しはじめるよりずっと前から、この二つの要素を分離するという考えを、いとしい白昼夢として楽しむようになっていた。それぞれを別々の人格に宿らせることができれば、人生から耐えがたいものをすべて取り除けるのではないか、と私は考えた。悪しき者は、より正しい双子の片割れの向上心や悔恨に煩わされることなく、自分の道を行ける。正しき者は、喜びとする善行を積みながら、揺るぎなく安らかに向上の道を歩み、自分とは別の悪によって、恥辱や悔恨にさらされることもなくなる。人類の呪いとは、この相容れない二本の薪が一つに束ねられ、苦悶する意識の胎内で、正反対の双子が絶えず争わねばならないことだった。ならば、どうすればこの二つを切り離せるのか。
私の思索がここまで進んだとき、先に述べたとおり、実験台の上から、この問題を横合いから照らす光が差しはじめた。私たちが身にまとって歩く、一見これほど堅固な肉体が、実は揺らめく実体のないもの、霧のようにはかないものであることを、私はそれまで誰も述べたことのないほど深く理解しはじめた。ある種の薬剤には、風が天幕の垂れ幕をあおるように、この肉の衣を揺さぶり、引きはがす力があるとわかったのである。この告白のうち、科学にかかわる部分には、二つの十分な理由から深く立ち入らない。第一に、人生の宿命と重荷は永遠に人間の肩に縛りつけられており、それを振り落とそうとすれば、いっそう得体の知れない、いっそう恐ろしい圧力となって戻ってくるだけだと、私は思い知らされたからである。第二に、悲しいことに、この記述を読めばあまりにも明らかになるとおり、私の発見は不完全だったからだ。したがって、ここでは次のことを述べるだけで足りよう。私は、生来の肉体とは、精神を形づくるいくつかの力が放つ気配と輝きにすぎないと見抜いただけでなく、その力を支配の座から追い落とし、別の姿と顔を出現させる薬を調合することにも成功した。その第二の姿は、私の魂の低劣な要素を表し、その刻印を帯びているからといって、私にとって本来のものではないということにはならなかった。
この理論を実際に試すまで、私は長いあいだためらった。死を賭すことになるのは、よくわかっていた。自己という砦そのものをこれほど強力に支配し、揺さぶる薬なのだから、ほんのわずかに量を過ごすか、投与の時機が少しでも悪ければ、変化させようとするこの実体のない魂の住まいを、跡形もなく消し去ってしまうかもしれなかった。だが、かくも異例で深遠な発見への誘惑が、ついには警戒の声を押し切った。チンキ剤はずっと以前から用意してあった。私はさっそく薬品卸売商から、実験によって最後に必要だとわかっていた、ある種の塩を大量に買い入れた。そして、ある呪われた夜の更けたころ、それらを調合し、ガラス容器の中で一緒に沸き立ち、煙を上げるのを見つめ、泡立ちが収まると、勇気を奮い起こして薬液を飲み干した。
そのあとに襲ってきたのは、身を引き裂くような激痛だった。骨がすり潰される苦しみ、死ぬほどの吐き気、生まれるときにも死ぬときにもこれ以上はないと思われる魂の恐怖。それらの苦痛がやがて急速に引いていき、私は大病から覚めたかのように正気を取り戻した。感覚のどこかが奇妙だった。言葉では表せないほど新しく、その新しさゆえに、信じがたいほど甘美だった。体は若返り、軽くなり、喜びに満たされていた。内面では、酔うような向こう見ずさを感じ、官能的なイメージが入り乱れ、水車へ走り込む奔流のように想像の中を駆け巡っていた。義務の束縛は解け、魂はかつて知らぬ自由を得ていた。ただし、無垢な自由ではなかった。この新しい生の最初のひと息から、私は自分が以前より邪悪に、十倍も邪悪になり、生来の悪に身を売った奴隷となったことを知った。しかもその瞬間、その思いは酒のように私を力づけ、喜ばせた。私は新鮮な感覚に歓喜して両手を伸ばした。そしてその動作のさなかに、突然、自分の背が低くなっていることに気づいた。
当時、その部屋には鏡がなかった。いま私がこれを書いている傍らにある鏡は、後日、まさにこの変身のために運び込ませたものだ。しかし夜はすでに明け方へと深まっていた。まだ闇に閉ざされてはいたが、朝はまもなく昼の光をはらもうとしていた。家の者たちは、一夜のうちでも最も深い眠りに封じ込められていた。希望と勝利に頬をほてらせた私は、この新しい姿で寝室まで行ってみようと決めた。庭を横切ると、星座が驚きの目で私を見下ろしているように思われた。あの眠りを知らぬ見張り番たちが、これまで一度も見たことのない種類の生き物を、初めて見つけたかのように。私は自分の家でよそ者となって廊下を忍び歩き、寝室に入ると、そこで初めてエドワード・ハイドの姿を見た。
ここでは推論だけを述べるほかない。私が知っていることではなく、最もありそうだと考えることを述べるのだ。いまや肉体に自らの姿を刻む力を与えられた、私の本性の悪の側は、つい先ほど支配の座から追われた善の側ほど強健でも、発達してもいなかった。また、何といってもその十分の九までは努力と美徳と自制に費やされてきた私の人生で、悪の側は、はるかに活動の機会が少なく、それだけ消耗も少なかった。エドワード・ハイドがヘンリー・ジキルよりもずっと小柄で、華奢で、若かったのは、そのためだと思う。一方の顔には善が輝いていたのと同じように、もう一方の顔には悪が大きく、はっきりと記されていた。さらに悪は――いまなお私は、悪こそ人間のうちで死をもたらす側だと信じざるを得ない――その体に、奇形と腐敗の刻印を残していた。それなのに、鏡の中の醜い偶像を見つめたとき、私は嫌悪を覚えるどころか、歓迎の思いに胸を躍らせた。これもまた私自身だった。その姿は自然で、人間らしく思われた。それまで自分のものと呼び慣わしてきた、不完全で分裂した顔よりも、私の目には、いっそう生き生きと精神を映し、いっそう明確で、一つにまとまっているように見えた。その点では、疑いなく私の見方は正しかった。エドワード・ハイドの姿をしている私に初めて近づく者は、誰一人として、肉体的なおののきを顔に表さずにはいられなかった。私が思うに、それは、この世で出会うすべての人間が善と悪の混合物であるのに対し、エドワード・ハイドだけが、全人類の中でただ一人、純粋な悪だったからである。
鏡の前にとどまったのは、ほんの一瞬だった。第二の、決定的な実験がまだ残っていた。自分自身を取り返しのつかないほど失ってしまったのか、もはや自分のものではないこの家から、夜明けまでに逃げ出さねばならないのか、それを確かめなければならなかった。私は急いで書斎へ戻り、もう一度薬を調合して飲み干し、もう一度、身が解体される苦痛を味わい、もう一度、ヘンリー・ジキルの人格と背丈と顔を取り戻して我に返った。
その夜、私は運命を決する岐路に立っていた。もっと気高い心でこの発見に向き合っていたなら、寛大な、あるいは敬虔な願いに心を満たされて実験に身を賭していたなら、何もかも違っていたにちがいない。あの死と誕生の苦しみを経て、私は悪魔ではなく、天使となって現れただろう。薬そのものには、善悪を選り分ける働きはなかった。悪魔的でも、神聖でもなかった。ただ私の本性を閉じ込めていた牢獄の扉を揺さぶり、フィリピの囚人たち[訳注:『新約聖書』の「使徒言行録」に登場する、地震によって牢の戸が開き、鎖を解かれた囚人たち]のように、中にいたものを外へ走り出させただけである。そのとき私の美徳は眠っていた。一方、野心に眠りを妨げられていた悪は目を覚まし、すばやく機会をつかんだ。そして外へ現れたのがエドワード・ハイドだった。したがって私は、二つの姿とともに二つの人格を持つようになったとはいえ、一方は完全な悪であり、もう一方は依然として以前のヘンリー・ジキルだった。相容れぬものの混合物で、その矯正や改善にはすでに絶望していた、あの私のままだったのである。つまり、変化はひたすら悪い方向へ向かっていた。
その当時でさえ、私は学究生活の味気なさに対する嫌悪を克服できていなかった。ときには陽気に楽しみたい気分にもなった。しかも私の快楽は、控えめにいっても品位に欠けていたし、私は名も知られ、尊敬も集めているばかりか、老境にも近づきつつあった。そのため、この生活の不調和は日ごとにますます耐えがたいものになっていた。新たな力は、この弱みにつけ込んで私を誘惑し、ついには私をその奴隷にした。薬を一杯飲むだけで、名高い学者の体を即座に脱ぎ捨て、厚い外套をまとうように、エドワード・ハイドの体を身につけられるのだ。私はその考えに微笑んだ。当時は、それが滑稽で面白いことに思えたのである。そして細心の注意を払って準備を進めた。のちに警察がハイドの足取りを追ってたどり着いた、あのソーホーの家を借り、家具を入れた。家政婦には、口が堅く、良心のとがめなど意に介さないとよく知っていた女を雇った。一方、広場に面した自宅の召使いたちには、ハイド氏なる人物の容貌を説明したうえで、その人物には屋敷の中で何をするにも全面的な自由と権限があると告げた。万一の不都合を防ぐため、第二の人格で実際に家を訪れ、その姿を見慣れさせることさえした。次いで、君があれほど反対した、あの遺言状を作成した。ジキル博士としての私に何かが起きても、財産を失わずにエドワード・ハイドとしての人生に移れるようにしたのだ。こうして、あらゆる方面に備えを固めたつもりになって、私はこの立場ならではの奇妙な免責を利用しはじめた。
自分の身と名誉を安全な場所に置いたまま、ならず者を雇って犯罪を代行させた者は、以前にもいた。だが、快楽のためにそれをしたのは、私が最初だった。人当たりのよい、尊敬すべき人物という重荷を負い、人々の目の前を生真面目に歩きながら、一瞬のうちに、少年のようにその借り着を脱ぎ捨て、自由の海へ頭から飛び込める者は、私が最初だったのである。しかも、見破られることのない外套に包まれた私の安全は、完璧だった。考えてみてほしい――そこには私という人間は存在さえしていなかったのだ。実験室の扉に逃げ込みさえすればいい。いつでも使えるよう用意してある薬を混ぜて飲む、ほんの一、二秒さえあればいい。そうすれば、どんなことをしでかしていようと、エドワード・ハイドは鏡に吹きかけた息の曇りのように消え去る。その代わりにそこにいるのは、疑いなど笑い飛ばせる男、ヘンリー・ジキルだ。自宅の書斎で、夜更けのランプの明かりを整えながら、静かにくつろいでいるのである。
別の姿をまとい、私がいそいそと求めた快楽は、すでに述べたように、品位に欠けるものだった。それ以上に厳しい言葉を使うつもりは、ほとんどない。だがエドワード・ハイドの手にかかると、それはたちまち怪物じみたものへ変わりはじめた。こうした遊び歩きから戻ると、分身を通じて犯した自分の堕落ぶりに、私はしばしば一種の驚きに打たれた。自分の魂から呼び出し、好きに楽しませようと独りで送り出したこの使い魔は、生まれながらに悪意に満ちた、邪悪な存在だった。その行動も思考も、すべて自己を中心にしていた。他人に与える苦痛なら、どれほどのものであろうと、獣のような貪欲さで快楽を吸い取った。石でできた人間のように、容赦というものがなかった。ヘンリー・ジキルはときに、エドワード・ハイドの行為に震え上がった。だが、この状況は通常の法則の外にあり、気づかぬうちに良心の締めつけを緩めていった。結局、罪を犯したのはハイドであり、ハイドだけなのだ。ジキルが悪くなったわけではない。目覚めて戻れば、善良な資質は少しも損なわれていないように見えた。それどころか、可能な場合には、ハイドの犯した悪を償おうと急ぎさえした。こうしてジキルの良心は眠っていた。
私がこのように黙認していた恥ずべき行為について、詳しく述べるつもりはない。いまでも、それを自分が犯したとは、ほとんど認められないのだ。ここで示したいのは、私に下る罰が近づいてくるにつれて、どのような警告があり、どのような段階を踏んだかということだけである。一度、ある出来事に遭遇したが、それ自体は後に何の結果ももたらさなかったので、簡単に触れるにとどめよう。子供に残酷な仕打ちをしたため、通りがかった男の怒りを買った。その男が君の親類であると、私は先日知った。医者と子供の家族もその男に加わり、命が危ないのではないかと恐れた瞬間さえあった。結局、彼らの当然すぎるほど当然の憤りを鎮めるため、エドワード・ハイドは彼らをあの扉まで連れていき、ヘンリー・ジキル名義の小切手で支払いをしなければならなかった。だが、この種の危険は、別の銀行にエドワード・ハイド自身の名義で口座を開くことで、今後は容易に避けられた。いつもの筆跡を逆向きに傾けて分身の署名も用意すると、もはや運命の手も私には届かないと思った。
サー・ダンヴァースが殺害される二か月ほど前のことだった。私は例の冒険に出かけ、夜遅く帰宅し、翌朝、いささか奇妙な感覚を覚えながらベッドで目を覚ました。あたりを見回しても無駄だった。広場に面した自室の上品な家具や、高い天井を見ても無駄だった。ベッドの帳の模様や、マホガニーの寝台の意匠を見覚えていても、何の役にも立たなかった。心の中の何かが、いまいる場所はここではない、目覚めたのは目に見えているこの部屋ではなく、エドワード・ハイドの体でいつも眠る、ソーホーの小部屋なのだと言い張っていた。私はひそかに微笑み、心理学を心得た者らしく、この錯覚が何から成り立っているのか、ものぐさに考えはじめた。そうしながら、ときおり、心地よい朝のまどろみへ戻ってもいた。まだそんなふうにしているうち、少し意識がはっきりしたときに、ふと自分の手が目に入った。さて、ヘンリー・ジキルの手は、君もよく指摘したように、その形も大きさも医師らしいものだった。大きく、しっかりとして、白く、端正だった。ところが、いまロンドンの街なかの朝の黄色い光に照らされ、寝具の上で半ば握られている手は、はっきりと、痩せて、筋張り、節くれ立ち、浅黒く血の気がなく、黒い毛にびっしりと覆われていた。エドワード・ハイドの手だった。
驚きのあまり、ただ茫然として、その手を半分間近くも見つめていたのだろう。やがて恐怖が、シンバルの激突にも似た唐突さで胸の内に鳴り響き、私はベッドから跳ね起きて鏡へ駆け寄った。そこに映った姿を見たとたん、血はひどく薄く、氷のように冷たいものへ変わった。そうだ、私はヘンリー・ジキルとして床に就き、エドワード・ハイドとして目覚めたのだ。どう説明すればいいのか、と自問した。そして、もう一度恐怖に胸を突かれた――どうすれば元に戻せるのか。朝はすでにだいぶ進み、召使いたちは起きていた。薬はすべて書斎にある。恐怖に立ちすくむその場所からは、階段を二階分下り、裏の廊下を抜け、屋根のない中庭を横切り、解剖講義室を通っていかなければならない、遠い道のりだった。顔を隠すことならできるかもしれない。だが、背丈が変わっているのを隠せないのでは、何になるだろう。そのとき、圧倒されるほど甘い安堵とともに思い出した。召使いたちは、もう一人の私が出入りするのをすでに見慣れているのだ。私は急いで、本来の自分の体に合う服を、どうにか身につけた。そして急いで家の中を通り抜けた。ブラッドショーは、そんな時刻に、そんな奇妙な身なりをしたハイド氏を見て、目を見張り、後ずさった。それから十分後には、ジキル博士は元の姿を取り戻し、眉を曇らせて食卓に着き、朝食をとるふりをしていた。
食欲など、ほとんどなかった。説明のつかないこの出来事、それまでの経験を逆転させるこの異変は、バビロンの壁に現れた指[訳注:『旧約聖書』の「ダニエル書」で、バビロン王の宴の席の壁に、神の裁きを告げる文字を書いた指]のように、私への判決を一字一字記しているように思えた。私は、自分の二重の存在がどこへ行き着き、何をもたらしかねないかを、これまでになく真剣に考えはじめた。私が外へ引き出せるあの部分は、近ごろ盛んに活動し、十分に養われていた。最近、エドワード・ハイドの体は背丈が伸びたように思えたし、その姿をしているときには、血の流れもいっそう豊かになったように感じられた。この状態を長く続けすぎれば、本性の均衡が永久に崩れ、自分の意志で変わる力を失い、エドワード・ハイドの人格が取り返しのつかない私自身になってしまうのではないか。私はその危険を感じはじめた。薬の効き目は、いつも同じではなかった。この試みを始めてごく初期に、一度、まったく効かなかったことがある。それ以後、量を倍にしなければならないことが幾度かあり、一度は、死の危険を大いに冒して三倍にまで増やさねばならなかった。これまでは、こうしたまれな不確かさだけが、私の満足に影を落としていた。だがいま、あの朝の異変に照らして考えてみると、初めのうちはジキルの体を脱ぎ捨てるのが難しかったのに、最近ではその難しさが、徐々に、しかし確実に、反対側へ移っていることに気づいた。したがって、すべては一つのことを示しているように思われた。私は、本来の、より善い自分を次第に掌握できなくなり、第二の、より悪い自分と、少しずつ一体化しつつあるのだ。
いまや、この二つのうちどちらかを選ばなければならないと感じた。二つの本性は記憶を共有していたが、そのほかの能力の分かち方は、ひどく不均等だった。善悪の複合体であるジキルは、あるときは神経質なほど不安を抱き、あるときは貪欲な喜びをもって、ハイドの享楽や冒険を企て、自らもそれを味わった。一方、ハイドはジキルに無関心であり、思い出すとしても、山賊が追っ手を逃れて隠れる洞窟を思い出す程度にすぎなかった。ジキルの関心は父親のそれを上回り、ハイドの無関心は息子のそれを上回っていた。ジキルと運命をともにするなら、長年ひそかに満たし、近ごろは甘やかすようになった欲望に、死を告げなければならない。ハイドと運命をともにするなら、無数の関心や大志に死を告げ、一挙に、そして永久に、人に蔑まれ、友を持たぬ者となる。この取引は釣り合わないように見えるかもしれない。だが、天秤にはもう一つ載せるものがあった。ジキルは禁欲の炎に焼かれて苦しむだろうが、ハイドは失ったもののすべてに気づきさえしないのだ。私の境遇は奇妙だったが、この葛藤の中身は、人類そのものと同じほど古く、ありふれていた。誘惑に震えるどんな罪人も、ほぼ同じ誘いと恐れによって決断を迫られる。そして私は、世の人々の圧倒的多数と同じく、善いほうを選びながら、それを守り通す力に欠けていると判明したのである。
そうだ、私は、友人たちに囲まれ、まっとうな希望を抱きながら、不満をかかえて老境に近づく医師であることを選んだ。そしてハイドの姿で享受してきた自由、いくらかの若さ、軽い足取り、弾む衝動、ひそかな快楽に、きっぱり別れを告げた。ただ、この選択には、無意識の留保があったのかもしれない。私はソーホーの家を手放しもせず、書斎にいつでも使えるよう置いてあったエドワード・ハイドの衣服を処分することもしなかったからだ。それでも二か月のあいだは、決心を守った。二か月のあいだ、かつてないほど厳格な生活を送り、良心に認められるという報いを味わった。だが時がたつにつれ、あの恐怖の生々しさも薄れはじめた。良心の賞賛は当たり前のものになっていった。ハイドが自由を求めてもがいているかのような、激しい疼きと渇望に苦しめられるようになった。そしてついに、道徳心が弱まったある一刻、私はもう一度、変身の薬を調合して飲んだ。
酒飲みが自分の悪癖について思案するとき、獣じみた肉体の無感覚ゆえにどんな危険を冒しているかを気にかけることなど、五百回に一度もあるまい。私もまた、長いあいだ自分の立場を考えていたにもかかわらず、エドワード・ハイドの主要な性質である、完全な道徳的無感覚と、ためらいも分別もなく悪へ走る性向を、十分に勘定に入れていなかった。だが、その性質こそが私に罰を下した。私の悪魔は長く檻に閉じ込められており、吠えたけりながら飛び出してきた。薬を飲むそのときから、悪へ向かう傾向が、いっそう手のつけられない、いっそう激しいものになっていると感じた。不幸な犠牲者の丁重な言葉に耳を傾けながら、私の魂に苛立ちの嵐が巻き起こったのは、おそらくそのためだったのだろう。少なくとも神の御前に誓って言うが、道徳的に正気な人間なら、あれほど取るに足りないきっかけで、あの罪を犯すことなどできない。私が殴りつけたときの心には、病気の子供がおもちゃを壊すとき以上の分別はなかった。だが私は、どれほど悪い人間であっても、誘惑の中をある程度はよろめかずに歩けるようにしている、あの釣り合いを保つ本能を、すべて自分の意志で脱ぎ捨てていた。私にとっては、どんなにわずかな誘惑でも、誘惑されることがそのまま堕落することだったのである。
たちまち地獄の悪霊が私の内で目覚め、荒れ狂った。私は歓喜に我を忘れて、抵抗しない体をめった打ちにし、一撃ごとに喜びを味わった。疲れが出はじめてようやく、狂乱の絶頂にあったその胸を、突然、冷たい恐怖が貫いた。霧が晴れた。自分が命を失うことになったと悟った。私は、この暴虐の現場から逃げ出した。得意に酔うと同時に震えていた。悪への渇望は満たされながら、さらに刺激され、生への執着は極限まで張りつめていた。ソーホーの家へ駆け込み、念には念を入れて、自分の書類を焼き捨てた。それから、街灯のともる通りへ出た。心はなお、引き裂かれた有頂天の状態にあった。自分の罪を思い返してほくそ笑み、浮ついた頭で次の罪を思い描きながら、それでも足を速め、復讐者の足音が追ってこないかと背後に耳を澄ませつづけた。ハイドは歌を口ずさみながら薬を調合し、それを飲むにあたって、死んだ男に乾杯した。変身の苦痛がまだ体を引き裂いているうちに、ヘンリー・ジキルは感謝と悔恨の涙を流しながら膝をつき、組み合わせた両手を神へ差し上げていた。自分への甘さという覆いは、上から下まで引き裂かれた。私は自分の人生を、ひと続きのものとして見た。父に手を引かれて歩いた幼い日々から、医師として私欲を抑えて励んできた歳月をたどり、そのたびに、同じ現実離れした思いを抱きながら、あの夜の呪わしい惨事に行き着いた。声を上げて叫びたいほどだった。記憶の中から押し寄せて私を責め立てる、醜悪な映像や音の群れを、涙と祈りで押し鎮めようとした。だが、祈りと祈りの合間には、私自身の罪の醜い顔が、魂の奥をじっとのぞき込んでいた。この悔恨の鋭さが薄れはじめると、代わって喜びが訪れた。今後どう生きるべきかという問題は、解決したのだ。もはやハイドになることはできない。望もうと望むまいと、私は自分の存在の善い側に閉じ込められた。そして、そう考えることが、ああ、どれほど嬉しかったことか。どれほど素直な謙虚さで、当たり前の人生の制約を再び受け入れたことか。どれほど心から断念して、幾度も出入りしたあの扉に鍵をかけ、その鍵を踵の下で踏み砕いたことか。
翌日、殺人は見逃されておらず、ハイドが犯人であることは世間に知れ渡り、犠牲者は世の尊敬を集める人物だったという知らせが届いた。あれは単なる犯罪ではなく、破滅を招く愚行でもあった。それを知って、私は喜んだように思う。自分の善い衝動が、絞首台の恐怖によって、こうして支えられ、守られることを、喜んだように思う。いまやジキルは私の逃れの町だった。ハイドが一瞬でも顔を出せば、あらゆる人の手が、その身を捕らえ、殺そうと差し伸べられるのだ。
私は、これからの行いによって過去を償おうと決意した。そしてその決意が、いくらかの善い結果を生んだことは、正直に言ってよいと思う。昨年の終わりの数か月、私がどれほど熱心に人々の苦しみを和らげようと努めたかは、君自身が知っている。他人のために多くのことがなされ、私自身の日々も静かに、ほとんど幸福といってよいほどに過ぎていったことを、君は知っている。人の役に立つ、罪のないこの生活に飽きたというのも、正しくはない。むしろ日ごとに、いっそう深くその喜びを味わうようになっていたと思う。だが私には、なお二つの意志を持つ呪いが残っていた。悔い改めの最初の鋭さが薄れるにつれ、長らく甘やかされ、つい最近鎖につながれたばかりの低劣な側が、自由にさせろと唸りはじめた。ハイドを復活させようなどとは、夢にも思わなかった。その考えだけで、恐怖のあまり気が狂いそうになっただろう。そうではない。今度は本来の自分の姿のままで、また良心をもてあそびたくなったのだ。そしてついに誘惑の攻撃に屈したとき、私はありふれた、隠れて罪を犯す者にすぎなかった。
すべての物事には終わりがある。どれほど大きな器も、ついには満ちる。このわずかな悪への譲歩が、とうとう私の魂の均衡を破壊した。だが、私は警戒していなかった。その堕落は自然なものに思えた。発見をする前の、昔の日々へ戻ったような気がしたのだ。よく晴れた、一月のある日だった。足元は霜が解けて湿っていたが、頭上には雲一つなく、リージェンツ・パークには冬の小鳥の声が満ち、春の香りが甘く漂っていた。私は日なたのベンチに腰を下ろしていた。内なる獣は、思い出を味わって舌なめずりをしていた。精神の側は少しまどろみ、あとで悔い改めようとは約束していたが、まだそれを始める気にはなっていなかった。結局のところ、私も隣人たちと同じではないか、と考えた。そして自分とほかの人間を比べ、自分の積極的な善意と、他人を放っておく彼らの怠惰な残酷さを比べて、微笑んだ。そのうぬぼれた考えが浮かんだまさにその瞬間、急に気分が悪くなった。恐ろしい吐き気と、死ぬかと思うほど激しい震えに襲われた。それが過ぎ去ると、私はぐったりしていた。やがてその脱力も収まるにつれ、思考の調子が変わっていることに気づきはじめた。大胆さが増し、危険を侮り、義務の束縛がほどけていた。見下ろすと、縮んだ手足に、衣服がだぶだぶに垂れ下がっていた。膝の上の手は、筋張り、毛に覆われていた。私は再びエドワード・ハイドになっていた。ほんの一瞬前まで、誰からも尊敬される身分に守られ、裕福で、愛される人間だった。家の食堂では、私のために食卓が整えられていた。それがいまや、全人類の獲物となり、追われる身で、帰る家もなく、世に知られた殺人者として、絞首台の手中にあった。
理性は揺らいだが、完全に失われはしなかった。第二の人格になっているときには、頭の働きが鋭く研ぎ澄まされ、精神もいっそう張りつめた弾力を持つように感じられることを、私は幾度も経験していた。そのため、ジキルなら打ちのめされていたかもしれないこの場面で、ハイドは事の重大さに応じて奮い立った。薬は書斎の戸棚の一つにある。どうすれば手に入れられるか。私は両手でこめかみを押さえつけ、その問題を解こうとした。実験室の扉は、自分で閉ざしてしまった。母屋から入ろうとすれば、自分の召使いたちに絞首台へ送り込まれる。他人の手を借りなければならないと悟り、ラニヨンを思いついた。どうすれば連絡が取れるか。どう説得すればいいのか。通りで捕まらずにすんだとして、どうやって面会にこぎつけるのか。見知らぬ、しかも不快な訪問者である私が、どうすれば高名な医師を言いくるめ、同業者のジキル博士の書斎をかき回させることができるのか。そのとき、本来の私の性質のうち、一つだけ残っているものを思い出した。自分の筆跡で文字を書けるのだ。そのひらめきが火花となって頭に浮かぶと、進むべき道が端から端まで明るく照らし出された。
そこで私は、できるだけ身なりを整え、通りかかった二輪辻馬車を呼び止めて、たまたま名を覚えていたポートランド街のホテルへ向かった。御者は私の姿を見て、笑いを隠せなかった。実際、あの服の下にどれほど悲惨な運命が隠れていようと、見た目は十分に滑稽だったのだ。私は悪魔のような怒りを爆発させ、御者に向かって歯をむき出した。すると笑いはその顔から消え失せた。御者にとって幸いだったが、私にとっては、なおさら幸いだった。あと一瞬遅ければ、間違いなく御者台から引きずり下ろしていたからだ。宿に入り、私は従業員たちを震え上がらせるほど険悪な顔つきで、あたりを見回した。私の前では、彼らは目配せ一つしなかった。ただ、へりくだって私の指図を受け、個室へ案内し、筆記用具を持ってきた。命の危険にさらされたハイドは、私にとって未知の生き物だった。度を越した怒りに震え、殺人を犯しかねないほど神経を張りつめ、誰かに苦痛を与えたくてたまらなかった。それでもこの生き物は抜け目がなかった。意志の力を振り絞って激怒を抑え、ラニヨン宛てとプール宛ての、二通の重要な手紙を書いた。そして確実に投函された証拠を得るため、書留にするよう指示して使いに持たせた。それからは、あの男は一日じゅう、個室の暖炉のそばに座り、爪を噛んでいた。夕食もそこでとった。恐怖だけを道連れに独りで座り、その視線を受けた給仕は、目に見えておびえていた。そしてすっかり夜になると、箱型の辻馬車の隅に身を沈め、街の通りをあちらこちらへ走らせた。私は「あの男」と言う。「私」とは言えない。あの地獄の子には、人間らしいものが何一つなかった。その内に生きていたのは、恐怖と憎しみだけだった。やがて御者が怪しみはじめたと思い、馬車を帰して、歩いていくことにした。体に合わぬ服を着て、人目を引かずにはいられない姿のまま、夜の通行人の中へ踏み込んだとき、この二つの卑しい激情は、嵐のようにその内で荒れ狂っていた。恐怖に追い立てられて足早に歩き、ぶつぶつと独り言を漏らし、人通りの少ない道をこそこそと進みながら、真夜中まであと何分あるかを数えつづけた。一度、女に声をかけられた。たぶん、マッチを一箱買ってくれということだったのだろう。あの男は女の顔を殴りつけた。女は逃げ去った。
ラニヨンの家で本来の自分を取り戻したとき、旧友のおびえぶりに、私もいくらかは心を動かされたのかもしれない。よくわからない。少なくとも、あの数時間を振り返るときの嫌悪に比べれば、大海の一滴にすぎなかった。私の内には変化が起きていた。私をさいなんでいたのは、もはや絞首台の恐怖ではなく、ハイドであることの恐怖だった。ラニヨンの非難を、私は半ば夢の中で聞いた。自分の家へ戻り、床に入るまでのことも、半ば夢の中の出来事だった。その日の極度の疲労から、私は固く、深い眠りに落ちた。身をよじるほどの悪夢にさえ、その眠りは破れなかった。朝、目覚めると、動揺し、弱り果ててはいたが、いくらか気分は晴れていた。内に眠る獣のことを思えば、なお嫌悪と恐怖を覚えたし、前日の恐ろしい危険を忘れたわけでも、もちろんない。だが、私はまた自分の家にいて、薬のすぐそばにいた。難を逃れたことへの感謝が、魂の中でひときわ強く輝き、ほとんど希望の明るさにも匹敵していた。
朝食のあと、冷たい空気を心地よく吸い込みながら、ゆっくり中庭を横切っていたとき、変身の前触れである、あの言いようのない感覚に再び襲われた。どうにか書斎へ逃げ込むだけの時間しかなかった。次の瞬間には、またハイドの激情に荒れ狂い、凍りついていた。このときは、自分を取り戻すのに倍の量の薬が必要だった。そして、ああ、それから六時間後、悲しく暖炉の火を見つめて座っていると、また苦痛が戻ってきて、薬を飲み直さなければならなかった。要するに、その日から先、私がジキルの顔を保つには、全身の力を振り絞るほどの努力を払い、しかも薬の直接の作用を受けているほかはないように思われた。昼も夜も、いつなんどき、あの前触れの震えに襲われるかわからなかった。とりわけ、眠ったときは、たとえ椅子で一瞬うとうとしただけでも、目覚めると必ずハイドになっていた。絶えず間近に迫るこの破滅の緊張と、自らに課した不眠によって――まったく、人間にこれほどの不眠が可能とは思いもしなかった――本来の私は、熱に食い尽くされて中身を抜かれたような存在になり、心身ともに力なく衰え、ただ一つの思い、もう一人の自分への恐怖に取りつかれていた。だが眠りに落ちるか、薬の効き目が切れると、ほとんど移り変わりを感じる間もなく、恐怖の映像にあふれた想像力、いわれのない憎悪に煮えたぎる魂、荒れ狂う生命力をとても収めきれそうにない体へと跳び移った。変身の苦痛は日ごとに弱まっていたのである。ジキルが病み衰えるにつれて、ハイドの力は増していくようだった。そしていまや、二人を隔てる憎しみは、どちらの側でも同じほど強かった。ジキルにとっては、それは生存本能に根ざしたものだった。意識の働きの一部を分かち合い、死という同じ遺産をともに受け継ぐあの生き物の醜さを、いまや余すところなく見てしまったのだ。こうした共通の絆こそ、苦悩の最も鋭い部分をなしていたが、その絆を別にすれば、ハイドがどれほど生命力にあふれていようと、ジキルにはそれが、地獄じみているばかりか、生命のない物質のように思われた。そこが恐ろしかった。地獄の底の泥が叫び、声を発する。形のない塵が身振りをし、罪を犯す。死せるもの、形すら持たぬものが、生あるものの営みを奪い取るのだ。さらに恐ろしいのは、その反逆する怪物が、妻よりも、自分の眼よりも緊密に彼と結びついていることだった。肉体の檻に潜み、ぶつぶつつぶやく声が聞こえ、生まれ出ようともがくのが感じられる。少しでも気が弱ったとき、眠りに身を任せたときには、決まって彼に打ち勝ち、生の座から追い落とすのだった。ハイドのジキルに対する憎しみは、また別種のものだった。絞首台への恐怖が、ハイドを絶えず一時の自殺へと追いやり、一個の人格ではなく、その一部分にすぎない従属的な地位へ引き戻した。だが、そうしなければならないことを憎み、ジキルがいま陥っている意気消沈を憎み、自分に向けられる嫌悪に腹を立てていた。それで、猿じみた悪戯を私に仕掛けた。私の筆跡で、蔵書のページに神を汚す言葉を書き散らし、手紙を焼き、父の肖像を壊した。実際、死を恐れていなければ、私を道連れにするために、とっくに自分も破滅させていただろう。だが、あの男の生への執着は驚くべきものだ。さらに言おう。あの男のことを考えるだけで気分が悪くなり、凍りつく私でさえ、その執着の卑屈さと激しさを思い、自殺によってあの男を消し去る私の力を、どれほど恐れているかを思うと、心の内に憐れみを覚えるのである。
これ以上、記述を長引かせても無益だし、恐ろしいほど時間がなくなっている。かつて誰一人、これほどの苦しみを味わったことはない。それだけで十分だろう。それでも、こうした苦しみにさえ、慣れがもたらしたものはあった。いや、苦痛の軽減ではない。魂のある種の無感覚、絶望のうちに黙って受け入れる心だった。そして私の罰は、この先何年も続いていたかもしれない。いま降りかかった最後の災厄が、とうとう私を自分の顔と本性から切り離してしまわなかったならば。最初の実験以来、一度も買い足したことのなかった塩の蓄えが、底をつきはじめた。新しいものを取り寄せて薬を調合すると、泡立ちは起こり、最初の変色も起こった。だが、二度目の変色は起こらなかった。飲んでみたが、何の効き目もなかった。どれほどロンドンじゅうをくまなく探させたかは、プールから聞くだろう。すべて無駄だった。いま私は、初めに買ったものには不純物が混じっており、正体のわからないその不純物こそが、薬に効き目を与えていたのだと確信している。
一週間ほどが過ぎ、いま私は、古い粉薬の最後の残りの効き目にすがって、この陳述を書き終えようとしている。つまり、奇跡でも起こらないかぎり、ヘンリー・ジキルが自分自身の思いを抱き、鏡に自分自身の顔を見るのは、これが最後なのだ。その顔も、いまでは何と痛ましく変わってしまったことか。書き終えるまで、あまり長く手間取るわけにはいかない。これまでこの記録が破壊されずにすんだのは、細心の用心と大きな幸運が重なったからにすぎない。書いている最中に変身の苦痛に襲われれば、ハイドはこれをずたずたに引き裂くだろう。だが、書き置いてから少し時間がたっていれば、あの男の驚くべき利己心と、目の前のことしか考えられない性質とが、もう一度、猿じみた意地悪からこれを守ってくれるだろう。実際、二人ともに迫っている破滅は、すでにあの男を変え、打ちひしがせている。いまから半時間後、私は再び、そして今度こそ永久に、あの忌まわしい人格をまとうことになる。そのとき自分がどんなふうに椅子に座り、震え、泣くのか、私にはわかっている。あるいは、この地上で最後の避難所であるこの部屋を、行きつ戻りつ歩きつづけるのだろう。恐怖に駆られ、極限まで神経を張りつめ、我を忘れて耳を澄ませながら、脅威を告げるあらゆる物音を聞き取ろうとするのだろう。ハイドは絞首台で死ぬのか。それとも、最後の瞬間に、自分を解き放つ勇気を見いだすのか。神のみぞ知る。私にはもう、どうでもよい。私の真の死の時は、いまなのだ。このあとに起こることは、私ではない誰かにかかわることである。こうしていま、筆を置き、この告白を封じるにあたり、私はあの不幸なヘンリー・ジキルの生涯に終止符を打つ。