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オズの魔法使い

The Wonderful Wizard of Oz

出版年
1900年
翻訳
開原かいばら 藍誠あいせい
概要
竜巻でオズの国へ飛ばされた少女ドロシーが、心優しい仲間たちと共に、故郷へ帰る方法を求めて魔法使いオズの住むエメラルドの都を目指す幻想的な旅路を描いた物語である。

はじめに

民話、伝説、神話、そしておとぎ話は、いつの時代も子どもたちに寄り添ってきた。健やかな子どもなら誰でも、空想にあふれ、驚きに満ちた、いかにも現実にはありえない物語を、ごく自然に、心から愛するものだからだ。グリムやアンデルセンの描いた翼のある妖精たちは、人間が生み出したほかのどんなものよりも、子どもたちの心に多くの幸せをもたらしてきた。

けれども、何世代にもわたって役目を果たしてきた昔ながらのおとぎ話は、今や子どもの図書館でも「歴史的な読み物」に分類してよいのかもしれない。新しい「不思議な物語」の数々が求められる時代になったのだ。そこには、お決まりの魔神や小人や妖精は登場しない。作者がそれぞれの物語に恐ろしい教訓を盛り込もうと仕組んだ、身の毛もよだつような、血も凍る出来事も、すっかり取り除かれている。現代の教育には道徳が含まれている。だからこそ、現代の子どもが不思議な物語に求めるのは、ただ楽しむことだけであり、不愉快な出来事など、ないほうがよほどありがたいのだ。

こうした思いから、『オズの魔法使い』は、ただ今の子どもたちを楽しませるためだけに書かれた。不思議さと喜びはそのままに、心の痛みや悪夢を取り除いた、新しい時代のおとぎ話でありたいと願っている。

L・フランク・ボーム
シカゴ、1900年4月


目次

第一章――竜巻
第二章――マンチキンたちとの相談
第三章――ドロシー、かかしを助ける
第四章――森を抜ける道
第五章――ブリキのきこりを救う
第六章――臆病なライオン
第七章――偉大なオズへの旅
第八章――命を奪うケシ畑
第九章――野ネズミの女王
第十章――門番
第十一章――オズのすばらしいエメラルドの都
第十二章――悪い魔女を探して
第十三章――四人、ふたたび集まる
第十四章――空飛ぶサル
第十五章――恐るべきオズの正体
第十六章――大ぺてん師の魔法のわざ
第十七章――気球、空へ
第十八章――いざ、南へ
第十九章――戦う木々に襲われる
第二十章――陶磁器の国
第二十一章――ライオン、百獣の王になる
第二十二章――クアドリングの国
第二十三章――よい魔女、ドロシーの願いをかなえる
第二十四章――なつかしいわが家へ



ドロシーは、カンザスの広大な草原のまんなかで、農夫のヘンリーおじさんと、その妻のエムおばさんと暮らしていた。家は小さかった。建てるための材木を、何マイルも遠くから荷馬車で運んでこなければならなかったからだ。四方の壁と床と屋根に囲まれた部屋が一つきり。その中には、さびの浮いた料理用ストーブ、食器棚、テーブル、いすが三つか四つ、それにベッドがあった。部屋の隅にはヘンリーおじさんとエムおばさんの大きなベッドがあり、別の隅にはドロシーの小さなベッドがあった。屋根裏部屋もなければ、地下室もなかった。ただし、地面に掘った小さな穴だけは別だった。それは竜巻よけの地下穴と呼ばれ、通り道にある建物を何もかも打ち砕くような大竜巻が起きたとき、家族が逃げこめるようになっていた。床のまんなかにある跳ね上げ戸を開けると、はしごが小さな暗い穴の底へと続いていた。

「ドロシーはトトの耳をつかんだ。。」

ドロシーが戸口に立って見渡しても、見えるのは、どちらを向いても果てしない灰色の草原ばかりだった。平らな大地が四方の空の果てまで広がり、その眺めをさえぎる木も家も、一つとしてなかった。耕された土地は太陽に焼かれて灰色に固まり、細かなひびが走っていた。草でさえ緑ではなかった。長く伸びた葉の先が日に焼け、あたり一面と同じ灰色になっていたのだ。家にも昔はペンキが塗ってあったが、日ざしにあぶられて浮き上がり、雨に洗い流されてしまった。今では家も、ほかの何もかもと同じ、くすんだ灰色だった。

エムおばさんがここへお嫁に来たころは、若くてきれいな人だった。けれど、太陽と風はおばさんまでも変えてしまった。目から輝きを奪い、重苦しい灰色を残した。ほおや唇からも赤みを奪い、そこも灰色にしてしまった。今のおばさんはやせこけ、笑顔を見せることもなかった。両親を亡くしたドロシーが初めて引き取られてきたころ、エムおばさんはその笑い声にひどく驚いた。楽しげな声が耳に入るたび、悲鳴を上げて胸に手を当てたほどだった。今でも、どうして笑うことなど見つかるのだろうと、不思議そうにこの小さな女の子を見るのだった。

ヘンリーおじさんも決して笑わなかった。朝から晩まで働きづめで、楽しみというものを知らなかった。長いひげからごつごつした長靴まで、おじさんもやはり灰色だった。顔つきは険しく、いつもしかめつらをして、めったに口もきかなかった。

ドロシーを笑わせ、まわりのものと同じ灰色にならずにすむようにしてくれたのは、トトだった。トトは灰色ではない。絹のような長い毛に覆われた、黒い小さな犬だった。ちょこんとした愛らしい鼻の両わきで、小さな黒い目が楽しそうにきらきらしていた。トトは一日じゅう遊び、ドロシーもいっしょに遊んだ。ドロシーはトトが大好きだった。

けれど、その日は遊んでいなかった。ヘンリーおじさんは戸口の段に腰を下ろし、いつもにもまして灰色の空を、心配そうに見上げていた。ドロシーもトトを抱いて戸口に立ち、空を見ていた。エムおばさんは食器を洗っていた。

はるか北の方から、風の低いうなりが聞こえてきた。ヘンリーおじさんとドロシーには、嵐の来る方から、丈の高い草が波を打つように倒れていくのが見えた。すると今度は南から、ひゅうっという鋭い風音が響いた。そちらへ目を向けると、やはり草の波が押し寄せてきていた。

突然、ヘンリーおじさんが立ち上がった。

「竜巻が来るぞ、エム!」と妻に呼びかけた。「牛や馬を見てくる!」

そう言うと、家畜小屋へ向かって駆けていった。

エムおばさんは仕事を放り出して戸口へ来た。ひと目で、危険が間近に迫っているとわかった。

「早く、ドロシー!」とおばさんは叫んだ。「地下穴へ逃げるんだよ!」

トトがドロシーの腕から飛び下り、ベッドの下へ隠れた。ドロシーは捕まえようと後を追った。すっかりおびえたエムおばさんは床の戸を勢いよく開け、はしごを下りて小さな暗い穴へ入った。ようやくトトを捕まえたドロシーも、おばさんの後を追おうとした。部屋のなかばまで来たとき、風がものすごい悲鳴を上げた。家が激しく揺れ、ドロシーは足をすくわれて、どすんと床に尻もちをついた。

そのとき、不思議なことが起こった。

家が二度、三度とぐるぐる回り、ゆっくり空へ浮かび上がった。ドロシーには、気球に乗って昇っているように思えた。

北風と南風が、ちょうど家のあるところでぶつかり、家は竜巻のまんなかに入ったのだ。竜巻の中心では、ふつう空気は静かにしている。だが、家の四方から押し寄せる風の強い圧力で、家はどんどん持ち上がり、ついに竜巻のてっぺんまで昇ってしまった。そしてそこに浮かんだまま、羽根を一枚運ぶほどたやすく、何マイルも何マイルも遠くへ運ばれていった。

あたりは真っ暗で、恐ろしい風音がうなり続けていた。それでもドロシーは、案外楽に乗っていられることに気づいた。初めに何度かぐるぐる回ったのと、その後一度、家がひどく傾いたのを除けば、ゆりかごの赤ん坊のように、やさしく揺すられている感じだった。

トトはそうはいかなかった。大きな声でほえながら、部屋のあちらこちらを走り回った。けれどドロシーは床にじっと座り、何が起こるか見守っていた。

一度、トトが開け放した床の戸に近づきすぎ、穴へ落ちてしまった。ドロシーは初め、もうトトを失ったのだと思った。けれどすぐに、穴から片方の耳がのぞいているのが見えた。強い空気の圧力がトトを押し上げ、落ちないように支えていたのだ。ドロシーは穴まで腹ばいで進み、トトの耳をつかんで部屋へ引き戻した。それから、もう二度とこんなことが起きないよう、床の戸を閉めた。

何時間もたち、ドロシーの恐怖は少しずつ薄れていった。けれど、ひどく心細かった。まわりじゅうで風が大声で叫び続け、耳が聞こえなくなりそうだった。初めは、家が落ちたら自分も粉々になってしまうのかと考えていた。だが、何時間たっても恐ろしいことは起こらなかったので、心配するのはやめ、落ち着いてこれからのことを待とうと決めた。やがて、揺れる床をはってベッドへ行き、横になった。トトもついてきて、そのかたわらに寝そべった。

家の揺れも風のうなりも気にならず、ドロシーはまもなく目を閉じ、ぐっすり眠りこんだ。


ドロシーは衝撃で目を覚ました。あまりに突然で激しかったので、柔らかなベッドに寝ていなかったら、けがをしたかもしれなかった。それでも息が詰まり、何が起きたのかと驚いた。トトが冷たい小さな鼻を顔に押しつけ、悲しそうにくんくん鳴いた。起き上がってみると、もう家は動いていなかった。暗くもない。窓から明るい日ざしが差しこみ、小さな部屋いっぱいにあふれていた。ドロシーはベッドから飛び下り、トトをすぐ後ろに従えて駆けていき、戸を開けた。

驚きの声を上げ、あたりを見回した。すばらしい景色に、目がどんどん大きくなった。

竜巻は、驚くほど美しい国のまんなかへ、家をそっと――竜巻にしてはだが――下ろしていた。あたりには美しい緑の芝地が広がり、堂々とした木々が、みずみずしくおいしそうな実をたわわにつけていた。どこを見ても色鮮やかな花が群れ咲き、珍しい、きらびやかな羽の鳥たちが、木立や茂みで歌い、飛び交っていた。少し離れたところには小川があり、緑の岸の間を、きらきらと勢いよく流れていた。そのせせらぎは、乾いた灰色の草原で長く暮らしてきた女の子の耳に、とても心地よく響いた。

ドロシーはその珍しく美しい景色を夢中で眺めていたが、やがて、今まで見たこともないほど変わった人たちが、こちらへやって来るのに気づいた。見慣れた大人ほど大きくはないが、とても小さいというわけでもなかった。年のわりに背の高いドロシーと、ほとんど同じくらいだった。ただし、見たところ年はずっと上だった。

「わたしは北の魔女じゃ。。」

男が三人、女が一人で、みんな変わった服装をしていた。丸い帽子は、頭から一フィート上の小さなとんがりまで高く伸び、つばのまわりには小さな鈴がついていた。動くたびに、かわいらしい音がちりんちりんと鳴った。男たちの帽子は青く、小柄な女の帽子は白かった。女は肩からひだを垂らした白い長衣を着ていた。そこには小さな星がちりばめられ、日の光を受けてダイヤモンドのように輝いていた。男たちは帽子と同じ青い服を着て、上のところを青く幅広に折り返した、よく磨かれた長靴をはいていた。ドロシーには、男たちはヘンリーおじさんと同じくらいの年に思えた。二人はひげを生やしていたからだ。だが、小柄な女は、間違いなくずっと年上だった。顔はしわだらけ、髪はほとんど真っ白で、歩き方も少しぎこちなかった。

一行は、ドロシーの立つ家の戸口に近づくと、そこで足を止めた。それ以上近づくのを怖がるように、ひそひそ話し合っていた。けれど、小柄なおばあさんだけはドロシーの前まで進み、深々とおじぎをして、やさしい声で言った。

「気高い魔法使いさま、マンチキンの国へようこそ。東の悪い魔女を倒し、わしらの民を奴隷の身から解き放ってくださって、まことにありがとうございます。」

ドロシーは不思議でたまらず、その言葉を聞いていた。自分を魔法使いだと言い、東の悪い魔女を殺したと言うなんて、いったいどういうことなのだろう。ドロシーは、竜巻で家から何マイルも運ばれてきただけの、罪も害もない小さな女の子だった。生まれてこのかた、何かを殺したことなど一度もなかった。

けれど、おばあさんが返事を待っているのは明らかだったので、ドロシーはためらいながら言った。

「ご親切にありがとう。でも、何かの間違いだと思うの。わたし、何も殺していないわ。」

「ともかく、あんたの家がやったのじゃ」とおばあさんは笑った。「それなら同じことじゃろう。ほら、ごらん!」そう言って家の角を指さした。「まだ、あの材木の下から両足の先が出ておる。」

ドロシーはそちらを見て、怖くなって小さく叫んだ。たしかに、家を支える太い土台の角のすぐ下から、二本の足が突き出ていた。足には、つま先のとがった銀の靴をはいていた。

「まあ、たいへん! どうしましょう!」ドロシーはうろたえて両手を握り合わせた。「家があの人の上に落ちたんだわ。どうしたらいいの?」

「どうすることもない」とおばあさんは落ち着いて言った。

「でも、あの人はだれなの?」とドロシーが尋ねた。

「さっき言ったとおり、東の悪い魔女じゃ」とおばあさんは答えた。「長いことマンチキンをみな奴隷にして、昼も夜もこき使っておった。今はみな自由になり、あんたのしてくださったことに感謝しておるのじゃ。」

「マンチキンって、だれのこと?」

「悪い魔女が治めておった、この東の国に住む人々のことじゃ。」

「あなたもマンチキンなの?」とドロシーが尋ねた。

「いや。わたしは北の国に住んでおるが、この人たちの友なのじゃ。東の魔女が死んだのを知って、マンチキンたちが足の速い使いをよこしたので、すぐにやって来た。わたしは北の魔女じゃ。」

「まあ!」とドロシーは叫んだ。「本物の魔女なの?」

「そうとも」とおばあさんは答えた。「でも、わたしはよい魔女で、人々にも好かれておる。ここを治めておった悪い魔女ほどの力はないがの。もしあったなら、わたしがこの人たちを自由にしてやったじゃろう。」

「でも、魔女って、みんな悪いものだと思っていたわ」とドロシーは言った。本物の魔女を前にして、少し怖くなっていた。

「いいや、それは大間違いじゃ。オズの国じゅうに魔女は四人しかおらず、そのうち北と南に住む二人は、よい魔女なのじゃ。これは本当じゃよ。わたし自身がその一人なのだから、間違えようがない。東と西に住んでおった魔女は、たしかに悪い魔女じゃった。だが、あんたが一人を倒した今では、オズの国に残る悪い魔女は一人だけ――西に住むやつじゃ。」

「でも」とドロシーは少し考えてから言った。「エムおばさんは、魔女なんて、ずっとずっと昔にみんな死んだって言っていたわ。」

「エムおばさんとは、だれじゃ?」とおばあさんが尋ねた。

「わたしのおばさんよ。わたしが来たカンザスに住んでいるの。」

北の魔女は頭を垂れ、地面を見つめて、しばらく考えているようだった。やがて顔を上げて言った。

「カンザスがどこにあるかは知らぬ。そのような国の名は、聞いたこともないからの。じゃが、教えておくれ。そこは文明の進んだ国かね?」

「ええ、もちろん」とドロシーは答えた。

「それなら、わかった。文明の進んだ国には、もう魔女も魔法使いも、魔術師もまじない師も残っておらぬのじゃろう。だが、オズの国では、これまで文明が進んだことはない。世界のほかの場所から、すっかり切り離されておるからじゃ。だから、ここには今でも魔女や魔法使いがいるのじゃよ。」

「魔法使いって、だれなの?」とドロシーが尋ねた。

「オズさまご自身が、偉大な魔法使いなのじゃ」と魔女は声を落とした。「わしらみなの力を合わせたよりも、もっと強いお方じゃ。エメラルドの都に住んでおられる。」

ドロシーはもう一つ尋ねようとしたが、ちょうどそのとき、黙ってそばに立っていたマンチキンたちが大声を上げた。悪い魔女の倒れていた家の角を指さしていた。

「どうしたのじゃ?」おばあさんはそちらを見ると、笑いだした。死んだ魔女の足はすっかり消え、銀の靴だけが残っていたのだ。

「あまりに年を取っておったので」と北の魔女が説明した。「日に当たると、たちまち干からびてしまったのじゃ。これでおしまいじゃな。だが、銀の靴はあんたのものじゃよ。もらって、はくとよい。」

魔女はかがんで靴を拾い、中のほこりを振り落としてから、ドロシーに渡した。

「東の魔女は、その銀の靴を自慢にしておりました」とマンチキンの一人が言った。「何か魔法の力があるそうですが、どんな力なのかは、わたしたちにはわかりませんでした。」

ドロシーは靴を家の中へ運び、テーブルに置いた。それから、またマンチキンたちのところへ出てきて言った。

「おばさんとおじさんのところへ帰りたいの。きっと心配していると思うから。帰り道を教えてもらえないかしら?」

マンチキンたちと魔女は、まず顔を見合わせ、それからドロシーを見て、首を横に振った。

「ここからそう遠くない東には」と一人が言った。「大きな砂漠があって、生きて越えられる者はおりません。」

「南も同じです」と別の一人が言った。「わたしは行って、この目で見てきました。南はクアドリングの国です。」

「聞くところでは」と三人目の男が言った。「西も同じだそうです。それに、ウィンキーの住むあの国は、西の悪い魔女が治めております。そちらへ行けば、奴隷にされてしまいますよ。」

「北はわたしの国じゃ」とおばあさんが言った。「そこも国の端には、このオズの国を囲む同じ大砂漠がある。かわいそうじゃが、あんたはわしらと暮らすしかなさそうじゃの。」

それを聞くと、ドロシーは泣きじゃくりはじめた。見知らぬ人たちに囲まれて、ひどく心細くなったのだ。その涙に、心のやさしいマンチキンたちも悲しくなったらしい。すぐにハンカチを取り出し、いっしょに泣きだした。小柄なおばあさんはというと、帽子を脱ぎ、そのとがった先を鼻の先に乗せて釣り合いを取りながら、厳かな声で「一、二、三」と数えた。するとたちまち帽子が石板に変わり、そこには白いチョークで、大きくこう書かれていた。

「ドロシーをエメラルドの都へ行かせよ。」

おばあさんは鼻の上から石板を下ろし、文字を読むと、こう尋ねた。

「あんたの名はドロシーかね?」

「ええ」とドロシーは涙をぬぐい、顔を上げて答えた。

「ならば、エメラルドの都へ行くのじゃ。オズさまが助けてくださるかもしれぬ。」

「その都はどこにあるの?」

「この国のちょうどまんなかじゃ。さっき話した偉大な魔法使い、オズさまが治めておられる。」

「いい人なの?」とドロシーは心配そうに尋ねた。

「よい魔法使いじゃよ。人間かどうかは、わたしにはわからぬ。お目にかかったことがないのでの。」

「どうやって行けばいいの?」

「歩いていくのじゃ。楽しい土地もあれば、暗く恐ろしい土地もある、長い旅になる。だが、わたしの知る魔法を尽くして、あんたを危険から守ってあげよう。」

「いっしょに来てくれない?」とドロシーはすがるように言った。このおばあさんだけが、頼れる友達に思えてきていた。

「いや、それはできぬ」と魔女は答えた。「だが、キスをしてあげよう。北の魔女にキスをされた者に、手出しをしようとする者はおらぬ。」

魔女はドロシーに近づき、その額にそっとキスをした。唇の触れたところには、丸く輝く印が残った。ドロシーがそれを知ったのは、少し後のことだった。

「エメラルドの都へ続く道は、黄色いれんがで敷きつめられておる」と魔女は言った。「だから迷うことはない。オズさまに会ったら、怖がらずに事情を話し、助けをお願いするのじゃよ。では、さようなら。」

三人のマンチキンはドロシーに深々とおじぎをし、よい旅を祈ってから、木々の間を歩いて帰っていった。魔女はやさしくうなずくと、左のかかとを軸に三度くるくる回り、すぐに消えてしまった。トトはひどく驚いた。魔女がそばにいる間は、うなることさえ怖くてできなかったくせに、いなくなると大声でほえたてた。

けれどドロシーは、魔女だと知っていたので、ちょうどそんなふうに消えるのだろうと思っていた。だから、少しも驚かなかった。


一人残されると、ドロシーはおなかがすいてきた。そこで食器棚へ行き、パンを切ってバターを塗った。トトにも少し分け、それから棚のバケツを持って小川へ下り、澄んだ、きらきら光る水をくんだ。トトは木々の方へ駆けていき、枝にとまる鳥にほえはじめた。連れ戻しに行くと、枝からとてもおいしそうな果物が下がっていたので、ドロシーはいくつかもいだ。朝ごはんに添えるのに、ちょうどよかった。

それから家へ戻り、自分もトトも冷たく澄んだ水をたっぷり飲んだ。そして、エメラルドの都への旅じたくを始めた。

ドロシーには着替えの服が一着しかなかったが、さいわい、それは洗ってあり、ベッドのわきのくぎに掛かっていた。白と青の格子柄のギンガムの服だった。何度も洗ったので青は少しあせていたが、まだかわいらしい服だった。ドロシーは念入りに体を洗い、きれいなギンガムの服を着て、桃色の日よけ帽子をかぶり、ひもを結んだ。小さなかごを持ってきて、棚のパンを詰め、その上に白い布をかけた。それから足元を見下ろし、自分の靴がずいぶん古く、すり切れていることに気づいた。

「これじゃ、とても長い旅には耐えられないわね、トト」と言った。トトは小さな黒い目でドロシーの顔を見上げ、わかったというようにしっぽを振った。

そのとき、テーブルの上にある、東の魔女の銀の靴が目に入った。

「わたしの足に合うかしら」とトトに言った。「長い道を歩くには、ぴったりだわ。すり減りそうにないもの。」

古い革靴を脱いで、銀の靴をはいてみた。まるでドロシーのために作ったように、ぴったりだった。

最後に、かごを手に取った。

「さあ、行きましょう、トト」と言った。「エメラルドの都へ行って、偉大なオズさまに、カンザスへ帰る方法を教えてもらうのよ。」

ドロシーは戸を閉めて鍵をかけ、その鍵を大切に服のポケットへしまった。こうして、トトをすました顔で後ろにとことこ歩かせながら、旅に出た。

近くには道が何本かあったが、黄色いれんがを敷いた道はすぐに見つかった。まもなくドロシーは、エメラルドの都へ向かって軽やかに歩いていた。銀の靴が、硬い黄色の道の上で楽しそうにちりんちりんと鳴った。太陽は明るく輝き、鳥は美しく歌っていた。突然ふるさとからさらわれ、見知らぬ国のまんなかへ下ろされた女の子にしては、思ったほど悲しい気持ちではなかった。

歩きながら、ドロシーはあたりの美しさに驚いた。道の両わきには、きれいな青に塗られた整った柵があり、その向こうには穀物や野菜の豊かな畑が広がっていた。マンチキンたちは農業が上手で、たくさんの作物を育てられるらしかった。ときどき家の前を通ると、人々が出てきてドロシーを眺め、通りすぎるときには深くおじぎをした。悪い魔女を倒し、自分たちを奴隷の身から解放してくれたのがドロシーだと、だれもが知っていたからだ。マンチキンの家は変わった形をしていた。どれも丸く、大きな丸屋根がついていた。すべて青く塗られていた。この東の国では、青がいちばん好まれる色だったのだ。

夕方近く、長い道を歩いて疲れ、今夜はどこで眠ろうかと考えはじめたころ、ドロシーはほかより少し大きな家に着いた。家の前の緑の芝生では、たくさんの男女が踊っていた。五人の小柄なバイオリン弾きが、力いっぱい音を響かせ、人々は笑い、歌っていた。そばの大きなテーブルには、おいしい果物や木の実、パイやケーキなど、ごちそうが山のように並んでいた。

人々はドロシーを親切に迎え、夕食を食べ、泊まっていくように勧めた。ここは、この国でも指折りのお金持ちのマンチキンの家だった。友人たちが集まり、悪い魔女の奴隷ではなくなったお祝いをしていたのだ。

ドロシーは夕食をたっぷり食べた。主人のお金持ちのマンチキンが、自ら世話をしてくれた。名前はボックといった。それからドロシーは長いすに腰を下ろし、人々の踊りを眺めた。

ボックは銀の靴に目を留めると、言った。

「あなたは、きっと偉大な魔法使いなのですね。」

「どうして?」とドロシーが尋ねた。

「銀の靴をはき、悪い魔女を倒されたからです。それに、お召し物には白が入っています。白を着るのは、魔女や女の魔法使いだけなのですよ。」

「あなたは、きっと偉大な魔法使いなのですね。。」

「わたしの服は青と白の格子柄よ」とドロシーは、しわを伸ばしながら言った。

「それを着てくださるとは、ご親切なことです」とボックは言った。「青はマンチキンの色、白は魔女の色ですから。あなたがわたしたちの味方の魔女だと、それでわかるのです。」

ドロシーには、何と答えてよいかわからなかった。だれもが自分を魔女だと思っているようだった。けれど自分では、竜巻のはずみで見知らぬ国へ来てしまった、ただの小さな女の子だと、よくわかっていた。

踊りを見るのに疲れると、ボックが家の中へ案内し、かわいらしいベッドのある部屋を貸してくれた。シーツは青い布でできていた。ドロシーはその中で朝までぐっすり眠り、トトはベッドのわきの青い敷物で丸くなった。

朝ごはんをたっぷり食べながら、ドロシーはマンチキンの小さな赤ん坊を眺めた。赤ん坊はトトと遊び、しっぽを引っ張っては、きゃっきゃと笑っていた。その様子がとてもおかしかった。人々は犬を見たことがなかったので、トトはみんなにとって、たいそう珍しいものだった。

「エメラルドの都までは、どれくらいあるの?」とドロシーが尋ねた。

「わかりません」とボックは真顔で答えた。「行ったことがありませんので。用事のない者は、オズさまに近づかない方がよいのです。ただ、都までは遠く、何日もかかります。ここは豊かで気持ちのよい土地ですが、旅の終わりにたどり着くまでには、険しく危険な場所も通らなければなりません。」

ドロシーは少し心配になった。けれど、カンザスへ帰るのを助けてくれるのは偉大なオズだけだとわかっていたので、勇気を出して、引き返すまいと決めた。

親しくなった人たちに別れを告げ、また黄色いれんがの道を歩きだした。何マイルか行くと、少し休みたくなり、道ばたの柵によじ登って腰を下ろした。柵の向こうには大きなトウモロコシ畑があった。そう遠くないところに、実ったトウモロコシを鳥から守るため、棒の高いところに取りつけられたかかしが見えた。

ドロシーはほおづえをつき、物思いにふけりながらかかしを見つめた。頭はわらを詰めた小さな袋で、顔に見えるように目と鼻と口が描いてあった。その上には、だれかマンチキンが使っていた、古い青いとんがり帽子がちょこんと乗っていた。体は、すり切れて色のあせた青い上下の服でできていて、中にはやはりわらが詰まっていた。足には、この国の男がみなはいているような、上の部分が青い古い長靴をはいていた。背中に差しこんだ棒で持ち上げられ、トウモロコシの茎よりも高いところに立っていた。

「ドロシーは物思いにふけりながら、かかしを見つめた。。」

描かれたかかしの奇妙な顔をじっと見ていると、片方の目がゆっくりウインクしたので、ドロシーは驚いた。初めは見間違いだと思った。カンザスのかかしは、ウインクなどしないからだ。けれど、まもなくかかしは、親しげにうなずいてみせた。そこでドロシーは柵から下り、そばまで歩いていった。トトは棒のまわりを走りながら、ほえたてた。

「こんにちは」と、かかしが少しかすれた声で言った。

「今、しゃべったの?」とドロシーは驚いて尋ねた。

「もちろん」とかかしは答えた。「ごきげんいかが?」

「ええ、元気よ。ありがとう」とドロシーは行儀よく答えた。「あなたは?」

「あまりよくないね」と、かかしはにっこりした。「昼も夜もここに乗せられて、カラスを追い払っているのは、ひどく退屈なんだ。」

「下りられないの?」

「うん。この棒が背中に差してあるからね。棒を抜いてもらえたら、とてもありがたいんだけど。」

ドロシーは両腕を伸ばし、かかしを持ち上げて棒から外した。中身はわらなので、とても軽かった。

「どうもありがとう」と、地面に下ろされたかかしは言った。「生まれ変わった気分だよ。」

ドロシーは戸惑った。わらを詰めた人形がものを言い、おじぎをして、隣を歩くのは、なんとも不思議だったからだ。

「きみはだれ?」かかしは伸びをして、あくびをしてから尋ねた。「それに、どこへ行くの?」

「わたしはドロシー」と答えた。「エメラルドの都へ行くの。偉大なオズさまに、カンザスへ帰してもらうようお願いするのよ。」

「エメラルドの都って、どこ?」とかかしが尋ねた。「それに、オズってだれ?」

「あら、知らないの?」とドロシーは驚いた。

「うん、何も知らないんだ。ほら、ぼくは詰め物でできているから、脳みそがまったくないんだよ」と悲しそうに答えた。

「まあ」とドロシーは言った。「それは、かわいそうに。」

「ねえ」とかかしが尋ねた。「きみとエメラルドの都へ行ったら、偉大なオズは、ぼくにも脳みそをくれるかな?」

「わからないわ」とドロシーは答えた。「でも、よかったらいっしょに来て。オズさまが脳みそをくれなくても、今より悪くなることはないもの。」

「それはそうだね」とかかしは言った。「あのね」と内緒話をするように続けた。「手も足も体も詰め物なのは、かまわないんだ。けがをしないからね。つま先を踏まれても、針を刺されても、どうってことはない。何も感じないんだから。でも、人にばかだと言われるのはいやなんだ。きみの頭みたいに脳みそが入っていなくて、いつまでもわらだけだったら、どうやってものを知ればいいの?」

「気持ちはわかるわ」とドロシーは、心から気の毒に思って言った。「いっしょに来てくれたら、あなたのためにできるかぎりのことをしてくださるよう、オズさまに頼んであげる。」

「ありがとう」と、かかしは感謝をこめて答えた。

二人は道へ戻った。ドロシーがかかしの柵越えを手伝い、黄色いれんがの道を、エメラルドの都へ向かって歩きだした。

トトは初め、この新しい道連れが気に入らなかった。わらの中にネズミの巣でもあるのかと疑うように、かかしのまわりをかぎ回り、ときどき不機嫌そうにうなった。

「トトのことは気にしないで」とドロシーは新しい友達に言った。「かみついたりしないから。」

「うん、怖くないよ」とかかしは答えた。「わらはかまれても平気だからね。そのかごを持ってあげよう。ちっとも苦にならないよ。ぼくは疲れないんだ。秘密を教えてあげる」と歩きながら続けた。「この世で怖いものは、たった一つしかないんだ。」

「何なの?」とドロシーは尋ねた。「あなたを作ったマンチキンの農夫?」

「違うよ」とかかしは答えた。「火のついたマッチさ。」


何時間かすると道は荒れはじめ、ひどく歩きにくくなった。黄色いれんがは、このあたりではでこぼこで、かかしは何度もつまずいた。れんがが割れたり、すっかり抜け落ちたりして、穴になっているところもあった。トトはその上を跳び越え、ドロシーはよけて通った。けれど、脳みそのないかかしはまっすぐ進むので、穴へ足を踏み入れては、硬いれんがの上にばったり倒れた。それでも痛くはなかった。ドロシーに助け起こしてもらいながら、自分の失敗を、いっしょになって楽しそうに笑った。

このあたりの畑は、通ってきた土地ほど手入れが行き届いていなかった。家も果樹も少なく、先へ行くほど、景色はわびしく、もの寂しくなった。

昼になると、小川の近くの道ばたに腰を下ろし、ドロシーはかごを開けてパンを取り出した。かかしにも一切れ勧めたが、断られた。

「ぼくはおなかがすかないんだ」と言った。「すかなくてよかったよ。口は描いてあるだけだからね。食べられるように穴を開けたら、中のわらが出てきて、頭の形が崩れてしまうもの。」

なるほどとすぐにわかったので、ドロシーはただうなずき、パンを食べ続けた。

「きみのことと、きみの国のことを聞かせてよ」と、昼食がすむとかかしが言った。そこでドロシーはカンザスのことを、すっかり話して聞かせた。そこでは何もかも灰色であること、竜巻に運ばれて、この不思議なオズの国へ来たことも話した。かかしは熱心に聞き、こう言った。

「こんなきれいな国を離れて、カンザスっていう、乾いた灰色のところへ帰りたいなんて、ぼくにはわからないな。」

「『ぼくは、きのう作られたばかりなんだ』とかかしは言った。。」

「それは、あなたに脳みそがないからよ」とドロシーは答えた。「どんなにわびしくて灰色でも、わたしたちみたいな生身の人間は、どんなにきれいなよその国より、自分の家で暮らしたいものなの。わが家に勝るところはないわ。」

かかしはため息をついた。

「たしかに、ぼくにはわからないよ」と言った。「みんなの頭が、ぼくみたいにわらでいっぱいだったら、きっときれいなところばかりに住むだろうね。そしたらカンザスには、だれもいなくなる。みんなに脳みそがあって、カンザスは幸運だね。」

「休んでいる間に、何かお話をしてくれない?」とドロシーが尋ねた。

かかしは、そんなことを言われても困る、という目でドロシーを見て答えた。

「ぼくは生まれてから間がないから、本当に何も知らないんだ。おととい作られたばかりなんだよ。それより前に世の中で何があったのかは、まるでわからない。さいわい、農夫が頭を作ったとき、かなり初めのうちに耳を描いてくれたので、まわりの音は聞こえたんだ。農夫のそばには、もう一人マンチキンがいた。初めて聞いたのは、農夫のこんな言葉だった。

『この耳はどうだい?』

『まっすぐじゃないな』と、もう一人が答えた。

『かまうものか』と農夫は言った。『それでも耳には違いない』。たしかに、そのとおりだった。

『さあ、目を描こう』と農夫は言った。それで、ぼくの右目を描いてくれた。できあがったとたん、ぼくは農夫やまわりのものを、すっかり夢中になって眺めていた。世界を見るのは、それが初めてだったからね。

『なかなかいい目じゃないか』と、見ていたマンチキンが言った。『目には青い絵の具がぴったりだ。』

『もう一つは、少し大きくしようかな』と農夫は言った。二つ目の目ができあがると、ずっとよく見えるようになった。それから鼻と口を描いてくれた。でも、ぼくはしゃべらなかった。そのころは、口が何のためにあるのか知らなかったんだ。体や手足を作るのを見るのは楽しかったよ。最後に頭を取りつけてもらうと、ぼくはとても誇らしくなった。これで自分も、だれにも負けない立派な人間だと思ったんだ。

『こいつなら、カラスもすぐに逃げだすぞ』と農夫は言った。『人間そっくりだからな。』

『いや、人間そのものさ』ともう一人が言った。ぼくも、まったく同感だった。農夫はぼくを小わきに抱えてトウモロコシ畑へ運び、高い棒の上に立たせた。きみがぼくを見つけたところだよ。農夫と友達はすぐに帰ってしまい、ぼくは一人残された。

「そんなふうに置き去りにされるのはいやだったから、歩いて追いかけようとした。でも足が地面につかないので、棒の上にいるしかなかった。寂しい暮らしだったよ。生まれたばかりだから、考えることさえ何もなかったんだ。たくさんのカラスやほかの鳥が畑へ飛んできたけれど、ぼくを見るとマンチキンだと思って、すぐに逃げていった。それはうれしかった。自分がとても大事な人物に思えたよ。しばらくすると、年を取ったカラスが近くへ飛んできた。ぼくをよく見てから、肩にとまってこう言った。

『あの農夫は、こんなへたな細工で、おれをだませると思ったのかね。少しでも知恵のあるカラスなら、おまえはわらを詰めただけだとわかるさ』。そう言って足元へ飛び下り、好きなだけトウモロコシを食べた。ほかの鳥も、そいつがぼくに何もされないのを見て、食べに来た。あっという間に、ぼくのまわりは鳥の大群になったんだ。」

「ぼくは悲しくなった。結局、あまり役に立つかかしではないとわかったからね。でも、年寄りのカラスはこう慰めてくれた。『頭に脳みそさえあれば、おまえだってどの人間にも引けを取らない。中には、おまえより劣る人間だっているだろうさ。カラスであろうと人間であろうと、この世で持つ値打ちがあるのは脳みそだけだ。』

「カラスたちが去ったあと、ぼくはその言葉をよく考えた。そして、なんとしても脳みそを手に入れようと決めたんだ。運よくきみが来て、棒から下ろしてくれた。きみの話を聞くかぎり、エメラルドの都へ着けば、偉大なオズはきっとすぐに脳みそをくれると思うよ。」

「そうだといいわね」とドロシーは心をこめて言った。「そんなにほしがっているんだもの。」

「うん、とてもほしいんだ」とかかしは答えた。「自分がばかだとわかっているのは、本当にいやな気分だからね。」

「さて」とドロシーは言った。「行きましょう。」

そして、かかしにかごを渡した。

道ばたにはもう柵がなく、土地は荒れて、耕されてもいなかった。夕方近くになると、大きな森にたどり着いた。大木がびっしりと立ち並び、黄色いれんがの道の上で枝を重ね合わせていた。日ざしがさえぎられ、木々の下はほとんど真っ暗だった。それでも一行は足を止めず、森の奥へ進んだ。

「道が入っていくんだから、出ていくところもあるはずだ」とかかしは言った。「それに、この道の先にエメラルドの都があるのだから、どこへ続いていても、ついていかなくちゃ。」

「そんなこと、だれでもわかるわ」とドロシーは言った。

「もちろん。だからぼくにもわかるんだ」とかかしは答えた。「脳みそがないとわからないことだったら、ぼくには言えなかったよ。」

一時間ほどすると光が消え、みんなは暗闇の中を、つまずきながら歩いていた。ドロシーには何も見えなかったが、トトには見えていた。暗がりでもよく目が利く犬はいるのだ。かかしも、昼間と同じくらい見えると言った。そこでドロシーはかかしの腕につかまり、どうにか歩いていった。

「家でも、夜を過ごせそうな場所でも、見つけたら教えてね」と言った。「暗いところを歩くのは、とてもつらいわ。」

ほどなく、かかしが立ち止まった。

「右の方に、小さな小屋が見えるよ」と言った。「丸太や枝で作ってある。行ってみようか?」

「ええ、ぜひ」とドロシーは答えた。「もう、くたくたなの。」

そこでかかしは、木々の間を抜けて小屋まで案内した。ドロシーが中に入ると、隅に枯れ葉を敷いた寝床があった。すぐに横になると、トトをそばにして、たちまち深い眠りに落ちた。疲れることのないかかしは、別の隅に立ち、辛抱強く朝を待った。


ドロシーが目を覚ますと、木々の間から日が差していた。トトはとっくに外へ出て、鳥やリスを追いかけていた。起き上がって見回すと、かかしはまだ隅に立ち、辛抱強く待っていた。

「水を探しに行かなくちゃ」とドロシーは言った。

「どうして水がいるの?」とかかしが尋ねた。

「道のほこりで汚れた顔を洗うのよ。それから、乾いたパンがのどにつかえないように飲むの。」

「生身でできているのは不便だね」とかかしは考え深げに言った。「眠らなきゃならないし、食べたり飲んだりもしなきゃならない。でも、きみには脳みそがある。ちゃんと考えられるなら、いろいろ面倒でも、その値打ちはあるよ。」

二人は小屋を出て木々の間を歩き、澄んだ水の湧く小さな泉を見つけた。ドロシーはそこで水を飲み、体を洗い、朝食を食べた。かごのパンは、もうあまり残っていなかった。かかしが何も食べずにすむのはありがたかった。自分とトトの、その日一日分にも足りるかどうかだったからだ。

食事を終え、黄色いれんがの道へ戻ろうとしたとき、近くから低いうめき声が聞こえたので、ドロシーはびくりとした。

「今の、何かしら?」とおそるおそる尋ねた。

「見当もつかないな」とかかしは答えた。「でも、行ってみればわかるよ。」

そのとき、またうめき声が聞こえた。今度は後ろの方から聞こえたようだった。振り返って森の中を数歩進むと、木漏れ日を受けて何かが光っているのを、ドロシーが見つけた。駆け寄ると、驚きの声を上げ、はたと立ち止まった。

一本の大木に、途中まで切りこみが入っていた。そのわきに、斧を両手で振り上げたまま、体じゅうブリキでできた男が立っていた。頭も腕も足も、関節で胴につながっていたが、身動き一つできないように、じっとしていた。

ドロシーとかかしは、驚いて男を見つめた。トトは鋭くほえ、ブリキの脚にかみつこうとして、歯を痛めた。

「うめいたのは、あなた?」とドロシーが尋ねた。

「そうだよ」とブリキの男は答えた。「ぼくだ。一年以上もうめき続けているのに、今までだれにも聞こえなかった。助けに来てくれる人もいなかったんだ。」

「何をしてあげればいい?」とドロシーはやさしく尋ねた。男の悲しそうな声に、胸を打たれたのだ。

「油差しを持ってきて、関節に油を差しておくれ」と答えた。「ひどくさびついて、まったく動かないんだ。たっぷり油を差してもらえれば、すぐによくなるよ。ぼくの小屋の棚に、油差しがあるはずだ。」

ドロシーはすぐ小屋へ駆け戻り、油差しを見つけた。戻ってくると、気づかわしげに尋ねた。

「関節はどこ?」

「まず首に差しておくれ」とブリキのきこりは答えた。ドロシーは言われたとおりにした。かなりさびついていたので、かかしがブリキの頭をつかみ、左右にそっと動かした。やがて滑らかに動くようになり、男は自分で首を回せるようになった。

「今度は腕の関節に頼むよ」と言った。ドロシーが油を差し、かかしが注意深く曲げ伸ばしした。ついにさびはすっかり取れ、もとどおりになった。

ブリキのきこりは、ほっと息をついて斧を下ろし、木に立てかけた。

「ああ、楽になった」と言った。「さびついてからずっと、斧を空中に持ち上げたままだったんだ。ようやく下ろせてうれしいよ。さあ、脚の関節にも油を差してくれたら、すっかり元気になる。」

そこで、脚が自由に動くまで油を差した。きこりは、助けてもらったお礼を何度も繰り返した。とても礼儀正しく、心から感謝している様子だった。

「きみたちが来なかったら、ぼくはいつまでもあそこに立っていたかもしれない」と言った。「命の恩人だよ。どうして、こんなところへ来たんだい?」

「エメラルドの都へ、偉大なオズさまに会いに行くところなの」とドロシーが答えた。「それで、あなたの小屋で一晩休ませてもらったのよ。」

「どうしてオズに会いたいんだい?」

「わたしはカンザスへ帰してもらいたいの。かかしは、頭に少し脳みそを入れてほしいのよ。」

ブリキのきこりは、しばらく深く考えこんだ。それから言った。

「オズは、ぼくに心をくれると思うかい?」

「ええ、きっと」とドロシーは答えた。「かかしに脳みそをあげるのと同じくらい、簡単なはずだわ。」

「『ああ、楽になった』とブリキのきこりは言った。。」

「そうだね」とブリキのきこりは答えた。「それなら、仲間に入れてくれるのなら、ぼくもエメラルドの都へ行って、オズに助けを頼みたい。」

「いっしょに行こう!」とかかしは心から言った。ドロシーも、道連れになってくれたらうれしいと付け加えた。そこでブリキのきこりは斧を肩に担ぎ、みんなで森を抜け、黄色いれんがを敷いた道へ出た。

ブリキのきこりは、油差しをかごに入れておくよう、ドロシーに頼んでいた。「雨に降られて、またさびついたら、どうしても油差しが必要になるからね」と言った。

新しい仲間が加わったのは、幸運だった。旅を再開してまもなく、木や枝が道にびっしりと生い茂り、とても通れない場所に出くわしたのだ。けれどブリキのきこりが斧を振るい、見事な手際で切り払ったので、まもなく全員の通れる道ができた。

歩きながらドロシーは深く考えこんでいたので、かかしが穴につまずき、道の端へ転がったことにも気づかなかった。かかしは仕方なく、助け起こしてくれるよう声をかけなければならなかった。

「どうして穴をよけて歩かなかったんだい?」とブリキのきこりが尋ねた。

「それだけの知恵がないからさ」とかかしは明るく答えた。「頭の中はわらでいっぱいなんだ。だからオズのところへ、脳みそをもらいに行くんだよ。」

「なるほどね」とブリキのきこりは言った。「でも、脳みそがこの世でいちばんすばらしいもの、というわけじゃないよ。」

「きみにはあるの?」とかかしが尋ねた。

「いや、頭はすっかり空っぽだ」ときこりは答えた。「でも、昔は脳みそも心もあった。両方を持ったことがあるから言えるけれど、ぼくは心の方がずっとほしいね。」

「どうして?」とかかしが尋ねた。

「ぼくの話をすれば、わかってもらえると思う。」

そうして、森の中を歩きながら、ブリキのきこりはこんな話をした。

「ぼくは、森で木を切り、その木を売って暮らす、きこりの息子に生まれた。大きくなると、ぼくもきこりになった。父が死んでからは、年老いた母を、亡くなるまで世話した。それから、一人で暮らすより、結婚しようと決めたんだ。そうすれば、寂しくならずにすむからね。

「マンチキンの娘に、とても美しい人がいて、ぼくはまもなく、その人を心から愛するようになった。娘も、もっとよい家を建てられるだけのお金がたまったら、結婚すると約束してくれた。それで、ぼくは今まで以上に一生懸命働いた。ところが、その娘と暮らしていたおばあさんは、娘をだれとも結婚させたくなかった。ひどい怠け者で、娘をそばに置いて、料理も家事もさせたかったんだ。そこで東の悪い魔女のところへ行き、結婚を邪魔してくれれば、羊を二頭と牛を一頭やると約束した。すると魔女は、ぼくの斧に魔法をかけた。ある日、ぼくは少しでも早く新しい家を建て、妻を迎えたくて、懸命に木を切っていた。すると突然、斧が滑り、左脚を切り落としてしまったんだ。

「初めは、大変な不幸だと思った。片脚では、きこりの仕事はろくにできないとわかっていたからね。そこでブリキ職人のところへ行き、新しい脚を作ってもらった。慣れると、ブリキの脚はとてもよく役立った。けれど、そのせいで東の悪い魔女は怒った。美しいマンチキンの娘と、ぼくを結婚させないと、おばあさんに約束していたからだ。また木を切りはじめると、斧が滑って右脚を切り落とした。ぼくはまた職人のところへ行き、もう一本ブリキの脚を作ってもらった。その後、魔法の斧は、ぼくの腕を一本ずつ切り落とした。でも、ぼくはくじけず、ブリキの腕に替えてもらった。すると魔女は斧を滑らせ、今度は首を切り落とした。初めは、これでもうおしまいだと思ったよ。けれど、たまたま職人が通りかかり、新しいブリキの頭を作ってくれたんだ。

「これで悪い魔女に勝ったと思い、ぼくはますます働いた。だが、敵がどこまで残酷になれるか、まだわかっていなかった。魔女は、美しいマンチキンの娘への愛を消す新しい方法を思いついた。斧をまた滑らせ、ぼくの胴を真っ二つに切り裂いたんだ。今度も職人が助けに来て、ブリキの胴を作り、腕と脚と頭を関節で取りつけてくれた。それで、前と同じように動き回れた。けれど、悲しいことに、今度は心がなくなってしまったんだ。マンチキンの娘への愛はすっかり消え、結婚しようがしまいが、どうでもよくなった。娘はきっと、今もあのおばあさんと暮らしながら、ぼくが迎えに行くのを待っているんだろう。

「体は日に当たるとまぶしいほど輝いたので、ぼくはとても自慢に思っていた。もう斧が滑っても平気だった。ブリキは切れないからね。危険は一つだけ、関節がさびることだった。だから小屋に油差しを置き、必要なときには忘れずに油を差した。ところが、ある日それを忘れ、雨嵐に遭ってしまった。危ないと気づいたときには、もう関節がさびついていた。それから、きみたちが助けに来るまで、森の中に立ちつくしていたんだ。恐ろしい目に遭ったけれど、そこに立っていた一年間、考える暇だけはあった。そして、失ったものでいちばん大きかったのは、心だったとわかったんだ。恋をしていたころ、ぼくは世界一幸せだった。でも、心がなければ、だれも愛せない。だからオズに、心をくれるよう頼むと決めたんだ。もしもらえたら、マンチキンの娘のところへ戻って結婚するよ。」

ドロシーもかかしも、ブリキのきこりの話に聞き入っていた。そして、なぜそれほど新しい心をほしがっているのか、ようやくわかった。

「それでも」とかかしは言った。「ぼくは心より脳みそを頼むよ。ばかだったら、心をもらっても、どう使えばいいかわからないもの。」

「ぼくは心にする」とブリキのきこりは答えた。「脳みそがあっても幸せになれるとは限らない。幸せこそ、この世でいちばん大切なものだからね。」

ドロシーは何も言わなかった。二人の友達のどちらが正しいのか、わからなかったからだ。そして、カンザスのエムおばさんのところへ帰れさえすれば、きこりに脳みそがなく、かかしに心がなくても、あるいは二人がそれぞれ望むものを手に入れても、それほど大きな問題ではないと思うことにした。

いちばん気がかりなのは、パンがほとんどなくなっていたことだった。自分とトトがもう一度食事をすれば、かごは空になってしまう。たしかに、きこりもかかしも何も食べない。けれど自分はブリキでもわらでもなく、食べずには生きられないのだ。


「恥ずかしくないの!。」

その間もずっと、ドロシーと仲間たちは深い森を歩き続けていた。道には相変わらず黄色いれんがが敷かれていたが、枯れ枝や落ち葉にすっかり覆われ、少しも歩きよくなかった。

森のこのあたりには、鳥がほとんどいなかった。鳥は日ざしのたっぷり降りそそぐ、開けた土地を好むからだ。そのかわり、ときどき木々の間に隠れた野獣が、低くうなるのが聞こえた。何の声かわからないドロシーは、そのたびに胸がどきどきした。トトにはわかっていたので、ドロシーのすぐそばを歩き、ほえ返すことさえしなかった。

「あとどれくらいで」とドロシーはブリキのきこりに尋ねた。「森を出られるの?」

「わからないよ」と答えが返った。「エメラルドの都へは行ったことがないんだ。ただ、ぼくが子供のころ、父が一度行った。危険な土地を通る長い旅だったけれど、オズの住む都に近づくと、美しい土地になると言っていたよ。でも、油差しがあるかぎり、ぼくは怖くない。かかしを傷つけられるものもないし、きみの額には、よい魔女のキスの印がある。それが危険から守ってくれるよ。」

「でも、トトは?」とドロシーは心配そうに言った。「この子は何が守ってくれるの?」

「危なくなったら、ぼくたちが守ってあげなくちゃ」とブリキのきこりは答えた。

そう言ったとたん、森から恐ろしいほえ声が響き、次の瞬間、大きなライオンが道へ飛び出してきた。前足でひと打ちすると、かかしはくるくる転がって道の端まで飛ばされた。続いて、鋭い爪でブリキのきこりを襲った。きこりは道に倒れて動かなくなったが、ライオンが驚いたことに、ブリキには傷一つつかなかった。

敵の姿が見えたので、小さなトトはほえながらライオンへ駆け寄った。大きな獣が、犬にかみつこうと口を開けた。そのとき、トトが殺されると思ったドロシーは、自分の危険も忘れて飛び出した。そしてライオンの鼻を力いっぱい平手で打ち、こう叫んだ。

「トトにかみついちゃだめ! そんなに大きいくせに、かわいそうな小さな犬をかもうとするなんて、恥ずかしくないの!」

「かみついてはいないよ」とライオンは、たたかれた鼻を前足でこすりながら言った。

「でも、かもうとしたじゃない」とドロシーは言い返した。「あなたなんて、体が大きいだけの臆病者よ。」

「わかっているさ」とライオンは恥ずかしそうにうつむいた。「ずっと前からわかっている。でも、どうしようもないんだ。」

「そんなこと、わたしにはわからないわ。かわいそうなかかしみたいな、詰め物の人をたたくなんて!」

「あの人は詰め物なの?」とライオンは驚いて尋ねた。ドロシーがかかしを助け起こし、ぽんぽんたたいて形を整えるのを見ていた。

「もちろん、詰め物よ」とドロシーは、まだ怒って答えた。

「だから、あんなに簡単に転がったんだね」とライオンは言った。「ぐるぐる回ったから、びっくりしたよ。もう一人も詰め物かい?」

「いいえ」とドロシーは言った。「ブリキでできているの。」

そして、きこりも助け起こした。

「だから、爪が鈍りそうになったんだ」とライオンは言った。「ブリキを引っかいたときには、背筋がぞくっとしたよ。きみがそんなに大事にしている小さな動物は、何なの?」

「わたしの犬、トトよ」とドロシーは答えた。

「ブリキ製? それとも詰め物?」とライオンが尋ねた。

「どちらでもないわ。ええと、その……お肉の犬よ」とドロシーは言った。

「そうか。変わった動物だね。よく見ると、ずいぶん小さい。こんな小さなものにかみつこうなんて、ぼくみたいな臆病者しか考えないよ」とライオンは悲しそうに続けた。

「どうして臆病なの?」とドロシーは不思議そうに、その大きな獣を見て尋ねた。小さな馬ほどもあるライオンだった。

「それが謎なんだ」とライオンは答えた。「生まれつきなんだろうね。森のほかの動物たちは、当然ぼくが勇敢だと思っている。どこでもライオンは百獣の王とされているからね。大声でほえれば、生き物はみんな怖がって道をあけるとわかったんだ。人間に出会うたび、ぼくはひどくおびえた。でも、ほえると、いつも相手の方が一目散に逃げていった。ゾウやトラやクマが戦いを挑んできたら、ぼくの方が逃げただろう。そんなに臆病なんだ。でも、ぼくのほえ声を聞くと、みんな逃げようとする。もちろん、ぼくは逃がしてやるのさ。」

「でも、それじゃいけないよ。百獣の王が臆病じゃ困る」とかかしは言った。

「わかっているよ」とライオンは、しっぽの先で涙をぬぐった。「それがいちばん悲しいんだ。おかげで、ぼくの暮らしはとても不幸なんだよ。でも、危険が近づくと、心臓がどきどきしはじめるんだ。」

「心臓の病気かもしれないね」とブリキのきこりが言った。

「そうかもしれない」とライオンは言った。

「もしそうなら」とブリキのきこりは続けた。「喜ぶべきだよ。心臓がある証拠だからね。ぼくには心がないから、心臓の病気にもなれないんだ。」

「もしかすると」とライオンは考え深げに言った。「ぼくも心がなければ、臆病じゃなくなるのかな。」

「脳みそはあるの?」とかかしが尋ねた。

「あると思うよ。見て確かめたことはないけれど」とライオンは答えた。

「ぼくは偉大なオズのところへ、脳みそをもらいに行くんだ」とかかしは言った。「頭の中は、わらばかりだからね。」

「ぼくは心をもらいに行く」ときこりが言った。

「わたしは、トトとわたしをカンザスへ帰してもらうの」とドロシーも付け加えた。

「オズは、ぼくに勇気をくれると思うかい?」と臆病なライオンが尋ねた。

「ぼくに脳みそをくれるのと同じくらい簡単さ」とかかしが言った。

「ぼくに心をくれるのともね」とブリキのきこりが言った。

「わたしをカンザスへ帰してくださるのともね」とドロシーが言った。

「それなら、よければぼくもいっしょに行くよ」とライオンは言った。「勇気がかけらもない暮らしなんて、とても耐えられないから。」

「大歓迎よ」とドロシーは答えた。「あなたがいれば、ほかの野獣が近寄らないもの。そんなに簡単に怖がらせられるなら、きっとあなた以上に臆病なのね。」

「本当にそうなんだ」とライオンは言った。「でも、それでぼくが勇敢になるわけじゃない。自分が臆病だとわかっているかぎり、ぼくは不幸なんだよ。」

こうして一行は、また旅に出た。ライオンはドロシーの隣で、堂々と歩いた。トトは初め、この新しい仲間を認めようとしなかった。大きなあごに挟まれて、押しつぶされそうになったことを忘れられなかったのだ。だが、しだいに安心するようになり、やがてトトと臆病なライオンは、よい友達になった。

その日の残りは、旅の平穏を乱すような出来事もなく過ぎた。ただ一度、ブリキのきこりが、道をはっていた甲虫を踏んで、かわいそうに殺してしまった。生き物を傷つけないよう、いつも気をつけていたきこりは、ひどく悲しんだ。歩きながら、悲しみと後悔の涙をいくつもこぼした。涙はゆっくり顔を伝い、あごのちょうつがいに流れこんで、そこをさびつかせた。しばらくしてドロシーが何か尋ねても、きこりは口を開けられなかった。あごがしっかりさびついていたのだ。ひどくおびえ、身ぶりで何度も助けを求めたが、ドロシーにはわからなかった。ライオンも、何がいけないのか見当がつかなかった。けれど、かかしがドロシーのかごから油差しを取り、あごに油を差したので、まもなく前と同じように話せるようになった。

「これでよくわかったよ」ときこりは言った。「足元を見て歩かなくちゃ。もう一度虫を殺してしまったら、きっとまた泣いてしまう。泣くとあごがさびて、話せなくなるんだから。」

それからは、道に目を向け、たいそう注意深く歩いた。小さなアリがせっせと歩いていると、傷つけないようにまたいで通った。ブリキのきこりは、自分に心がないことをよく知っていた。だから、どんなものにも残酷なことや意地悪をしないよう、念入りに気を配っていたのだ。

「心のあるきみたちには」と言った。「導いてくれるものがあるから、悪いことをせずにすむ。でも、ぼくには心がないから、とても気をつけなければならない。オズが心をくれれば、もちろん、こんなに気をもまなくてもよくなるだろうけどね。」


その晩は近くに家がなかったので、森の大木の下で野宿するしかなかった。木は枝葉を厚く広げ、夜露をよく防いでくれた。ブリキのきこりが斧でたくさんの薪を作り、ドロシーは立派なたき火をおこした。暖まると、寂しさも少し和らいだ。トトと二人で最後のパンを食べてしまい、朝ごはんをどうすればよいか、もうわからなかった。

「よかったら」とライオンが言った。「森へ行って、シカを仕留めてこよう。火で焼いて食べるといい。きみたちは変わった好みで、火を通したものの方が好きなんだからね。そうすれば、すばらしい朝ごはんになるよ。」

「やめて! お願いだから」とブリキのきこりが頼んだ。「かわいそうなシカを殺したら、ぼくはきっと泣いてしまう。そしたら、またあごがさびつくよ。」

だが、ライオンは森へ行って、自分の夕食を見つけてきた。それが何だったのか、だれも知らなかった。ライオンが話さなかったからだ。かかしは、実のたくさんなった木を見つけ、ドロシーのかごいっぱいに詰めてくれた。これなら当分、おなかをすかせずにすむ。ドロシーは、かかしがとても親切で気が利くと思ったが、その不器用な拾い方には、大いに笑ってしまった。詰め物の手はひどくぎこちなく、木の実は小さかったので、かごへ入れるのと同じくらい、ぽろぽろ落としてしまうのだ。けれど、かかしはかごがいっぱいになるまで、どれほど時間がかかっても気にしなかった。その間は火から離れていられたからだ。火の粉がわらへ飛びこんで、燃え上がるのが怖かった。だから炎からたっぷり距離を取り、近づいたのは、ドロシーが寝るとき、枯れ葉をかけてやるためだけだった。枯れ葉のおかげで、ドロシーはぬくぬくと暖かく、朝までぐっすり眠った。

夜が明けると、ドロシーはさらさら流れる小川で顔を洗った。それからまもなく、一行はエメラルドの都へ向かって出発した。

その日は、一行にとって波乱に満ちた一日となるのだった。一時間も歩かないうちに、道を横切る大きな裂け目に出くわした。左右どちらを見ても、見渡すかぎり森を二つに分けていた。ひどく幅が広く、縁までそっと近づいてのぞくと、たいへん深いこともわかった。底には、とがった大岩がいくつもあった。両側は切り立ち、だれも下りられなかった。一瞬、旅はここで終わりかと思われた。

「どうしましょう?」とドロシーは途方に暮れた。

「まるで思いつかない」とブリキのきこりは言った。ライオンはふさふさしたたてがみを振り、考えこむ顔をした。けれど、かかしは言った。

「ぼくたちは飛べない。それは確かだ。この大きな裂け目を下りることもできない。だから、跳び越せないなら、ここにとどまるしかないね。」

「ぼくなら跳び越せると思う」と臆病なライオンが言った。頭の中で、注意深く距離を測っていた。

「それなら大丈夫」とかかしが答えた。「一人ずつ背中に乗せて、みんなを向こうへ運んでくれればいい。」

「じゃあ、やってみよう」とライオンは言った。「だれから行く?」

「ぼくが行く」とかかしが言った。「もし跳び越せなかったら、ドロシーは死んでしまうし、ブリキのきこりは下の岩でひどくへこんでしまう。でも、ぼくが乗っていれば、たいしたことはない。落ちても、ちっともけがをしないからね。」

「ぼく自身は、落ちるのがたまらなく怖いんだけど」と臆病なライオンは言った。「でも、やってみるしかないんだろうね。さあ、背中に乗って。試してみよう。」

かかしはライオンの背中に座った。大きな獣は裂け目の縁まで歩き、身を低くした。

「走ってから跳ばないの?」とかかしが尋ねた。

「ライオンは、そういう跳び方をしないんだ」と答えた。そして、ぐんと跳び上がると、空中を一直線に飛び、無事に向こう岸へ着地した。あまりにたやすく跳んだので、みんな大喜びした。かかしが背中から下りると、ライオンはまた裂け目を跳び越えて戻ってきた。

次はドロシーが行くことにした。トトを抱いてライオンの背中に乗り、片手でたてがみをしっかりつかんだ。次の瞬間、空を飛んでいるように感じた。そう思う間もなく、無事に向こう側へ着いていた。ライオンは三度目に戻ってブリキのきこりを運んだ。それからみんな、ライオンを休ませるために少し腰を下ろした。大跳躍のせいで息が切れ、走りすぎた大きな犬のように、はあはあしていたからだ。

こちら側の森は、ひどく木が込み合い、暗く陰気だった。ライオンが休み終わると、また黄色いれんがの道を歩きだした。だれも口には出さなかったが、いつか森を抜け、明るい日ざしの下へ出られるのだろうかと、それぞれ考えていた。不安に追い打ちをかけるように、やがて森の奥から奇妙な声が聞こえた。ライオンは、このあたりにはカリダーが住んでいるのだと、小声で教えた。

「カリダーって、何?」とドロシーが尋ねた。

「クマのような体に、トラのような頭を持つ、恐ろしい獣だよ」とライオンは答えた。「爪がひどく長くて鋭くて、ぼくがトトを殺せるくらいたやすく、ぼくを真っ二つにできるんだ。カリダーは本当に怖いよ。」

「怖がるのも無理ないわ」とドロシーは答えた。「きっと恐ろしい獣なのね。」

ライオンが返事をしようとしたとき、また道を横切る裂け目に突き当たった。今度はあまりに広く深かったので、ライオンにも、跳び越すのは無理だとすぐにわかった。

そこでみんな腰を下ろし、どうするか相談した。かかしは一生懸命考えた末に言った。

「裂け目のすぐそばに、大きな木があるよ。ブリキのきこりが切って、向こう岸へ倒してくれれば、その上を歩いて渡れる。」

「すばらしい考えだ」とライオンは言った。「頭の中にわらじゃなくて脳みそがあるんじゃないかと、思いたくなるね。」

きこりはすぐに取りかかった。斧がたいそう鋭かったので、木はまもなく、あと少しで切り倒せるところまで切れた。そこでライオンが力強い前足を幹に当て、力いっぱい押した。大木はゆっくり傾き、向こう岸へ梢を渡して、どしんと裂け目の上に倒れた。

その変わった橋を渡りはじめたばかりのとき、鋭いうなり声に、みんなが顔を上げた。恐ろしいことに、クマの体とトラの頭を持つ二頭の大きな獣が、こちらへ走ってきた。

「カリダーだ!」と臆病なライオンは言い、震えだした。

「早く!」とかかしが叫んだ。「向こうへ渡ろう!」

「木は、すさまじい音を立てて谷底へ落ちた。。」

トトを抱いたドロシーが先に渡り、ブリキのきこり、かかしと続いた。ライオンは、たしかに怖かったが、カリダーに向き直った。そして、ものすごく大きな恐ろしい声でほえた。ドロシーは悲鳴を上げ、かかしは後ろへひっくり返った。獰猛な獣たちさえ、ぴたりと止まって、驚いてライオンを見た。

だが、自分たちの方がライオンより大きく、しかも相手は一頭、こちらは二頭だと思い出すと、カリダーはまた突進してきた。ライオンは木を渡り、振り返って様子をうかがった。獣たちは一瞬もためらわず、木の上を渡りはじめた。ライオンはドロシーに言った。

「もうだめだ。あの鋭い爪で、きっとずたずたにされる。でも、ぼくのすぐ後ろにいて。生きているかぎり戦うから。」

「ちょっと待って!」とかかしが叫んだ。どうするのがいちばんよいか考えていたのだ。そして、こちら側の岸に乗っている木の端を切り落とすよう、きこりに頼んだ。ブリキのきこりは、すぐに斧を振るった。二頭のカリダーがほとんど渡りきろうとした、まさにそのとき、木はすさまじい音を立てて谷底へ落ちた。うなり続ける醜い獣たちもいっしょに落ち、底の鋭い岩に打ちつけられて、二頭とも粉々になった。

「やれやれ」と臆病なライオンは、長く安堵の息をついた。「もう少し生きていられそうだね。よかったよ。生きていないというのは、きっと、ひどくいやなことだろうから。あいつらがあまり怖かったので、まだ胸がどきどきしているよ。」

「ああ」とブリキのきこりは悲しそうに言った。「ぼくにも、どきどきする心があればいいのに。」

この出来事で、一行はますます森を抜けたくなった。あまりに速く歩いたので、ドロシーは疲れてしまい、ライオンの背中に乗せてもらわなければならなかった。うれしいことに、進むほど木々はまばらになった。午後になると、突然、幅広い川が目の前に現れ、勢いよく流れていた。向こう岸には、美しい土地を通る黄色いれんがの道が見えた。緑の草地には鮮やかな花が点々と咲き、道沿いには、おいしそうな実をたわわにつけた木々が並んでいた。そのすばらしい土地を目の前にして、みんなはたいそう喜んだ。

「どうやって川を渡るの?」とドロシーが尋ねた。

「簡単さ」とかかしは答えた。「ブリキのきこりにいかだを作ってもらえば、向こう岸へ浮かんでいけるよ。」

そこで、きこりは斧を取り、いかだにする小さな木を切りはじめた。その間に、かかしは川岸で、見事な果物がいっぱいなった木を見つけた。一日じゅう木の実しか食べていなかったドロシーは大喜びして、よく熟れた果物をたっぷり食べた。

だが、ブリキのきこりほど働き者で、疲れ知らずでも、いかだを作るには時間がかかる。夜になっても仕事は終わらなかった。そこで木の下に居心地のよい場所を見つけ、朝までぐっすり眠った。ドロシーはエメラルドの都と、まもなく自分を家へ帰してくれる、よい魔法使いオズの夢を見た。


翌朝、小さな旅の一行は、すっかり元気を取り戻し、希望に満ちて目を覚ました。ドロシーは川辺の木から取った桃やスモモで、お姫様のような朝食を楽しんだ。

後ろには、何度もくじけそうになりながら、無事に抜けてきた暗い森があった。けれど目の前には、日ざしに満ちた美しい土地が広がり、エメラルドの都へおいでと手招きしているようだった。

たしかに、今は幅広い川が、その美しい土地との間を隔てていた。けれど、いかだはもうすぐできあがる。ブリキのきこりがあと数本の丸太を切り、木のくぎでつなぎ合わせると、出発の用意が整った。ドロシーはいかだのまんなかに座り、トトを抱いた。臆病なライオンが乗ると、大きく重いため、いかだはひどく傾いた。けれど、かかしとブリキのきこりが反対側に立ち、釣り合いを取った。二人は長いさおを手に持ち、いかだを押して進めようとしていた。

初めは順調だった。だが、川のまんなかへ来ると、急流がいかだを下流へ押し流し、黄色いれんがの道から、どんどん遠ざかっていった。水も深くなり、長いさおが底に届かなくなった。

「これはまずい」とブリキのきこりは言った。「岸へたどり着けなければ、西の悪い魔女の国へ流されてしまう。そうしたら魔法をかけられ、奴隷にされるよ。」

「そうなれば、脳みそがもらえない」とかかしが言った。

「ぼくは勇気がもらえない」と臆病なライオンが言った。

「ぼくは心がもらえない」とブリキのきこりが言った。

「わたしはカンザスへ帰れなくなるわ」とドロシーが言った。

「どうにかして、必ずエメラルドの都へ行かなくちゃ」とかかしは続けた。そして長いさおを思いきり押したので、先が川底の泥にしっかり刺さってしまった。抜くことも手を離すことも間に合わないうちに、いかだは流され、かわいそうなかかしだけが、川のまんなかでさおにつかまって取り残された。

「さようなら!」とかかしは後を追って叫んだ。みんなは置き去りにするのがとてもつらかった。ブリキのきこりは泣きはじめたが、さいわい、さびつくことを思い出し、ドロシーのエプロンで涙をふいた。

もちろん、かかしにとっては大変な災難だった。

「初めてドロシーに会ったときより、ひどいことになった」と考えた。「あのときはトウモロコシ畑の棒に刺さっていたから、少なくとも、カラスを追い払うふりくらいはできた。でも川のまんなかで棒につかまっているかかしなんて、何の役にも立たない。やっぱり、ぼくはいつまでも脳みそを持てないんだろうな!」

いかだは流れを下り、かわいそうなかかしは、はるか後ろに遠ざかった。するとライオンが言った。

「助かるために、何かしなくちゃ。しっぽの先をしっかりつかんでいてくれれば、ぼくが岸まで泳いで、いかだを引っ張れると思う。」

そう言って水に飛びこみ、ブリキのきこりがしっぽをしっかりつかむと、ライオンは岸へ向かって力いっぱい泳ぎはじめた。あれほど大きなライオンにも、骨の折れる仕事だった。それでも、やがて急流から抜け出せた。そこでドロシーが、きこりの長いさおを取り、いかだを岸へ押すのを手伝った。

ようやく岸へ着き、美しい緑の草の上に下りたときには、みんなへとへとだった。しかも、エメラルドの都へ続く黄色いれんがの道から、ずいぶん下流へ流されてしまったことも、わかっていた。

「さて、どうしよう?」とブリキのきこりが尋ねた。ライオンは日ざしで体を乾かそうと、草の上に横になった。

「どうにかして、道へ戻らなくちゃ」とドロシーは言った。

「川岸に沿って歩いて、道へ出るのがいちばんだろう」とライオンが言った。

そこで、休み終えるとドロシーはかごを取り、一行は草の生えた岸辺を歩きはじめた。川に流されて離れた道へ、戻っていくのだ。花も果樹も多く、日ざしが気持ちを明るくしてくれる、美しい土地だった。かわいそうなかかしを思う悲しささえなければ、とても楽しかったことだろう。

みんなはできるだけ急いで歩いた。ドロシーが立ち止まったのは、美しい花を摘むための一度きりだった。しばらくすると、ブリキのきこりが叫んだ。

「見て!」

みんなが川を見ると、かかしが水のまんなかでさおにつかまり、いかにも寂しそうに、悲しげな顔をしていた。

「どうすれば助けてあげられるの?」とドロシーが尋ねた。

ライオンもきこりも、わからずに首を横に振った。そこで岸に座り、かかしを切なげに見つめていた。すると一羽のコウノトリが飛んできた。一行を見つけ、水際に下りてひと休みした。

「あなたたちはだれ? どこへ行くの?」とコウノトリが尋ねた。

「わたしはドロシー」と答えた。「こちらは友達の、ブリキのきこりと臆病なライオンよ。エメラルドの都へ行くところなの。」

「ここは、その道じゃないわ」とコウノトリは長い首をひねり、奇妙な一行をじっと見た。

「わかっているわ」とドロシーは答えた。「でも、かかしとはぐれてしまって、どうやって連れ戻すか考えているの。」

「どこにいるの?」とコウノトリが尋ねた。

「あそこの、川の中よ」とドロシーは答えた。

「あんなに大きくて重そうでなければ、連れてきてあげるんだけど」とコウノトリは言った。

「少しも重くないわ」とドロシーは勢いこんだ。「中身はわらなの。連れ戻してくれたら、わたしたち、どんなにか感謝するわ。」

「では、やってみましょう」とコウノトリは言った。「でも、重すぎて運べないとわかったら、また川へ落とすしかないわよ。」

大きな鳥は空へ舞い上がり、水の上を飛んで、かかしのつかまるさおまで来た。そして大きな爪で腕をつかみ、空中へ運び上げた。そのまま、ドロシーとライオンとブリキのきこりとトトが座る岸へ連れ帰った。

仲間のもとへ戻れたかかしは、あまりにうれしくて、みんなを抱きしめた。ライオンもトトも抱きしめた。それから歩きだすと、愉快でたまらず、一歩ごとに「トル・デ・リ・デ・オー!」と歌った。

「一生、川の中にいなければならないかと思ったよ」と言った。「でも、親切なコウノトリが助けてくれた。脳みそを手に入れたら、またコウノトリを探して、何かお返しをしよう。」

「気にしなくていいのよ」と、そばを飛んでいたコウノトリが言った。「困っている人を助けるのは好きなの。でも、もう行かなくちゃ。巣で子供たちが待っているから。無事にエメラルドの都へ着いて、オズが助けてくれるといいわね。」

「ありがとう」とドロシーは答えた。親切なコウノトリは空へ舞い上がり、まもなく見えなくなった。

「コウノトリは、かかしを空中へ運び上げた。。」

一行は色鮮やかな鳥の歌を聞き、美しい花を眺めながら歩いた。花はだんだん密に咲くようになり、地面をじゅうたんのように覆っていた。黄、白、青、紫の大きな花が咲き、真っ赤なケシも大きな群れを作っていた。その色はあまりに鮮やかで、ドロシーは目がくらみそうだった。

「きれいねえ」とドロシーは、ぴりっとした花の香りを吸いこみながら言った。

「そうなんだろうね」とかかしは答えた。「脳みそがあれば、もっと好きになれると思うよ。」

「心さえあれば、ぼくも愛せるのに」とブリキのきこりが付け加えた。

「ぼくは昔から花が好きだった」とライオンは言った。「いかにも弱くて、はかなそうだからね。でも森には、こんな鮮やかな花はないよ。」

進むにつれ、大きな真っ赤なケシはますます増え、ほかの花は減っていった。やがて一行は、広いケシの野原のまんなかにいた。さて、この花がたくさん集まっていると、香りが強すぎて、吸いこんだ者が眠りに落ちることは、よく知られている。そして、花の香りが届かないところへ運び出してもらわなければ、そのまま永遠に眠り続けるのだ。だが、ドロシーはそれを知らなかったし、まわりじゅうの真っ赤な花から逃れることもできなかった。まもなく、まぶたが重くなり、座って休んで眠らずにはいられなくなった。

けれど、ブリキのきこりは、そうさせなかった。

「日が暮れる前に、急いで黄色いれんがの道へ戻らなくちゃ」と言い、かかしも賛成した。そこで歩き続けたが、ついにドロシーは立っていられなくなった。意思に反して目が閉じ、自分がどこにいるかも忘れ、ケシの間に倒れて、ぐっすり眠りこんだ。

「どうしよう?」とブリキのきこりが尋ねた。

「ここへ置いておけば、死んでしまう」とライオンは言った。「花の香りが、ぼくたちみんなの命を奪うんだ。ぼくも、もう目を開けていられない。犬は、すっかり眠っているよ。」

そのとおりだった。トトも小さな主人のそばに倒れていた。けれど、かかしとブリキのきこりは、生身ではないので、花の香りに苦しめられなかった。

「早く走って」とかかしはライオンに言った。「この命取りの花畑から、一刻も早く出るんだ。ドロシーはぼくたちが連れていく。でも、きみが眠ってしまったら、大きすぎて運べない。」

ライオンは力を振りしぼり、全速力で駆けだした。たちまち見えなくなった。

「手でいすを作って、運ぼう」とかかしは言った。二人はトトを抱き上げ、ドロシーのひざに乗せた。それから手を組んで座面を、腕でひじ掛けを作り、眠る女の子を間に乗せ、花の中を運んでいった。

歩いても歩いても、まわりに広がる命を奪う花のじゅうたんは、果てがないようだった。川の曲がりに沿って進むと、とうとう仲間のライオンが、ケシの間で眠りこんでいるのを見つけた。大きな獣も花にはかなわず、ついに力尽きて倒れたのだ。ケシ畑の終わりまでは、あと少しだった。その先には、かぐわしい草の生える、美しい緑の野原が広がっていた。

「ぼくたちには、どうにもできない」とブリキのきこりは悲しそうに言った。「あまりに重くて持ち上がらない。ここに残して、永遠に眠らせておくしかないんだ。せめて、とうとう勇気を手に入れた夢でも見てくれればいいけれど。」

「残念だよ」とかかしは言った。「あんなに臆病なのに、とてもいい仲間だった。でも、先へ行こう。」

二人は眠るドロシーを、川辺の美しい場所へ運んだ。そこはケシ畑から十分に離れていて、もう花の毒を吸いこまずにすんだ。柔らかな草の上にそっと寝かせ、さわやかな風が目を覚まさせてくれるのを待った。


「もう、黄色いれんがの道も遠くないはずだ」と、ドロシーのそばに立ったかかしが言った。「川に流された距離と同じくらい、戻ってきたからね。」

ブリキのきこりが返事をしようとすると、低いうなり声が聞こえた。ちょうつがいで滑らかに動く頭を回すと、見知らぬ獣が草地を跳ねて、こちらへ来るのが見えた。それは、黄色い大きなヤマネコだった。耳を頭に伏せ、大きく開けた口には、恐ろしい歯が二列に並んでいた。赤い目は火の玉のように燃えていたので、きこりは何かを追っているのだと思った。近づいてくると、獣の前を走る小さな灰色の野ネズミが見えた。きこりには心がなかったが、あんなにかわいらしく、何の害もない生き物を殺そうとするのは、いけないことだとわかった。

そこできこりは斧を振り上げ、ヤマネコが駆け抜ける瞬間、さっと一撃を加えた。首は胴からきれいに切り離され、二つになった獣は、きこりの足元へ転がった。

敵から解放された野ネズミは、ぴたりと止まった。それからゆっくりきこりに近づき、細く高い声で言った。

「ああ、ありがとう! 命を助けてくださって、本当にありがとうございます。」

「どうか、お礼なんて」ときこりは答えた。「ぼくには心がないので、助けを必要とするものは、みんな助けるように気をつけているんです。たとえ、ただのネズミでもね。」

「ただのネズミですって!」と小さな動物は憤然と叫んだ。「わたくしは女王です。すべての野ネズミを治める女王なのですよ!」

「それは、失礼しました」ときこりはおじぎした。

「ですから、わたくしを救ったあなたの行いは、勇敢なばかりでなく、偉大なものでもあるのです」と女王は付け加えた。

そのとき、何匹ものネズミが、小さな足で力いっぱい走ってくるのが見えた。女王を見つけると、口々に叫んだ。

「女王陛下をご紹介しよう。。」

「ああ、陛下! 殺されてしまわれたかと思いました! あの大きなヤマネコから、どうやってお逃げになったのですか?」そして、頭で逆立ちするかと思うほど深く、小さな女王におじぎした。

「この変わったブリキの方が」と女王は答えた。「ヤマネコを倒し、わたくしの命を救ってくださったのです。これからは、みなこの方にお仕えして、どんな小さな望みにも従いなさい。」

「かしこまりました!」とネズミたちは声をそろえて、甲高く叫んだ。ところが、次の瞬間、四方へ逃げ散った。眠りから覚めたトトが、まわりじゅうのネズミを見て、うれしそうにひと声ほえ、群れのまんなかへ飛びこんだからだ。カンザスにいたころから、トトはネズミを追うのが大好きで、悪いことだとは思ってもいなかった。

だが、ブリキのきこりが犬を抱き上げ、しっかり押さえて、ネズミたちに呼びかけた。「戻っておいで! 戻っておいで! トトには何もさせないよ。」

それを聞くと、ネズミの女王が草むらから頭を出し、おずおずと尋ねた。

「本当に、かみつきませんか?」

「ぼくが、そうさせません」ときこりは言った。「だから怖がらないで。」

ネズミたちは一匹ずつ、そろそろ戻ってきた。トトはもうほえなかったが、きこりの腕から抜け出そうともがいた。相手がブリキだとよく知っていなければ、かみついていただろう。やがて、ひときわ大きなネズミが口を開いた。

「女王さまの命を救っていただいたお礼に、何かお役に立てることはありませんか?」

「思い当たらないな」ときこりは答えた。だが、考えようとしても頭がわらだらけで考えられずにいたかかしが、すぐに言った。

「ああ、あるよ。ケシ畑で眠っている友達の、臆病なライオンを助けてほしいんだ。」

「ライオン!」と小さな女王は叫んだ。「わたくしたち、みんな食べられてしまいますわ。」

「いいえ、大丈夫」とかかしはきっぱり言った。「このライオンは臆病なんです。」

「本当に?」と女王が尋ねた。

「自分でそう言っています」とかかしは答えた。「それに、ぼくたちの友達を傷つけたりしません。助けるのを手伝ってくれたら、みなさんにやさしくするよう約束します。」

「わかりました」と女王は言った。「あなたを信じましょう。でも、どうすればよいのですか?」

「あなたを女王と呼び、命令に従うネズミは、たくさんいますか?」

「ええ、何千匹も」と女王は答えた。

「それなら、できるだけ早く、みんなをここへ呼んでください。一匹ずつ、長いひもを持ってくるように。」

女王はお供のネズミたちを振り返り、すぐにすべての民を呼び集めるよう命じた。命令を聞くやいなや、ネズミたちは全速力で四方へ走り去った。

「さあ」とかかしはブリキのきこりに言った。「川辺の木のところへ行って、ライオンを乗せられる台車を作ってくれ。」

きこりはすぐ木々のところへ行き、仕事に取りかかった。太い枝から葉や小枝を切り落とし、手早く台車を作った。木のくぎで組み立て、太い幹を短く切って四つの車輪にした。仕事は速く、見事だったので、ネズミたちが集まりはじめるころには、台車はすっかりできあがっていた。

ネズミはあらゆる方角から、何千匹もやって来た。大きなネズミ、小さなネズミ、その中間のネズミ。どのネズミも、口にひもをくわえていた。ちょうどそのころ、ドロシーが長い眠りから覚め、目を開いた。草の上に寝ていて、まわりには何千匹ものネズミが立ち、おずおずとこちらを見ているので、たいそう驚いた。けれど、かかしがすべてを説明した。それから、威厳のある小さなネズミに向き直って言った。

「女王陛下をご紹介しよう。」

ドロシーがまじめな顔でうなずくと、女王も優雅に身をかがめてあいさつした。それから二人は、すっかり仲よくなった。

かかしときこりは、ネズミたちの持ってきたひもで、台車につなぐ作業を始めた。ひもの片端をそれぞれの首に巻き、もう片端を台車に結んだ。もちろん、台車は、それを引くどのネズミよりも千倍大きかった。それでも、全員をつなぎ終えると、いともたやすく引けるようになった。かかしとブリキのきこりが乗っても大丈夫だった。奇妙な小さな馬たちは、二人を乗せて、ライオンの眠る場所まで、すいすい引いていった。

ライオンは重く、たいへんな苦労をしたが、どうにか台車に乗せることができた。すると女王は、急いで出発を命じた。ケシの中に長くいすぎると、ネズミたちも眠ってしまうと恐れたからだ。

初めは、いくら数が多くても、小さなネズミたちには、重い荷を積んだ台車をほとんど動かせなかった。けれど、きこりとかかしが後ろから押すと、うまく進むようになった。まもなくライオンはケシ畑を抜け、緑の野原へ運び出された。そこでようやく、毒のある花の香りのかわりに、かぐわしい新鮮な空気を吸えるようになった。

ドロシーが迎えに来て、仲間の命を救ってくれた小さなネズミたちに、心からお礼を言った。大きなライオンがすっかり好きになっていたので、助かって本当にうれしかった。

それからネズミたちは台車のひもを外してもらい、草の間を駆け抜け、それぞれの家へ帰っていった。最後まで残ったのは女王だった。

「また力が必要になったら」と女王は言った。「野原へ出て、お呼びください。声を聞きつけて、お助けにまいります。では、さようなら!」

「さようなら!」とみんなが答えた。女王は走り去った。ドロシーは、トトが後を追って怖がらせないよう、しっかり抱いていた。

その後、一行はライオンのそばに座り、目を覚ますのを待った。かかしが近くの木から果物を取ってきてくれたので、ドロシーはそれを昼ごはんにした。


臆病なライオンが目を覚ますまでには、しばらくかかった。長いことケシの間に横たわり、命を奪う香りを吸いこんでいたからだ。けれど、目を開けて台車から転がり下りると、まだ生きていることを知り、大喜びした。

「力いっぱい走ったんだけど」と、座ってあくびをしながら言った。「花にはかなわなかった。どうやって出してくれたんだい?」

みんなは野ネズミのことを話し、惜しみなく力を貸して、命を救ってくれたのだと教えた。臆病なライオンは笑って言った。

「自分はとても大きくて恐ろしいものだと、ずっと思っていた。それなのに、花みたいな小さなものに殺されそうになって、ネズミみたいな小さな動物に命を救われたんだね。なんて不思議なんだろう! さて、みんな、これからどうする?」

「黄色いれんがの道を見つけるまで、先へ進むのよ」とドロシーは言った。「そうしたら、エメラルドの都へ向かって歩けるわ。」

ライオンはすっかり元気になり、いつもの調子を取り戻していたので、一行はまた旅に出た。柔らかでみずみずしい草を踏んで歩くのは、とても気持ちがよかった。まもなく黄色いれんがの道へ出ると、偉大なオズの住むエメラルドの都へ、ふたたび向かった。

今度の道は滑らかに整えられ、あたりの景色も美しかった。暗い木陰に多くの危険が潜んでいた森を、遠く後ろに残してこられたことが、一行にはうれしかった。道ばたには、また柵が現れた。ただし、今度は緑に塗られていた。いかにも農夫の住まいらしい小さな家に来ると、その家も緑だった。午後の間、そうした家を何軒も通りすぎた。ときどき人々が戸口へ出てきて、何か尋ねたそうに眺めた。けれど、近寄ったり話しかけたりする者はいなかった。大きなライオンを、ひどく恐れていたからだ。人々はみな美しいエメラルドグリーンの服を着て、マンチキンと同じようなとんがり帽子をかぶっていた。

「ここはオズさまの土地に違いないわ」とドロシーは言った。「きっと、エメラルドの都も近いのね。」

「そうだね」とかかしは答えた。「ここでは何もかも緑だ。マンチキンの国では、青が好まれていたのに。でも、人々はマンチキンほど親切そうじゃない。今夜泊まるところが見つからないかもしれないね。」

「果物のほかのものも食べたいわ」とドロシーは言った。「トトだって、きっとおなかがぺこぺこよ。次の家に寄って、話してみましょう。」

そこで、かなり大きな農家に着くと、ドロシーは臆せず戸口へ進み、戸をたたいた。女の人が外をのぞけるだけ戸を開け、言った。

「何の用だい、お嬢ちゃん。それに、どうしてそんな大きなライオンを連れているの?」

「よかったら、一晩泊めていただきたいの」とドロシーは答えた。「このライオンは、友達で、旅の仲間なの。絶対に危害を加えたりしません。」

「おとなしいのかい?」と女の人は、戸をもう少し開けた。

「ええ」とドロシーは言った。「それに、とても臆病なの。あなたが怖がるより、ライオンの方が、もっとあなたを怖がるわ。」

「そうかい」と女の人は考えこみ、もう一度ライオンをのぞいてから言った。「それなら、お入り。夕ごはんも寝るところも、用意してあげよう。」

一行は家に入った。中には女の人のほかに、子供が二人と男の人が一人いた。男は脚にけがをして、隅の長いすに横たわっていた。みんな、この変わった一行にたいそう驚いた様子だった。女の人が忙しく食卓を整える間、男が尋ねた。

「みんな、どこへ行くんだい?」

「エメラルドの都よ」とドロシーは言った。「偉大なオズさまに会いに行くの。」

「それはまた!」と男は叫んだ。「オズさまが会ってくださると、わかっているのかい?」

「会ってくださらないの?」とドロシーは尋ね返した。

「あのお方は、だれもご自分の前に通さないという話だよ。わたしはエメラルドの都へ何度も行った。美しく、すばらしいところだ。だが、偉大なオズさまにお目にかかる許しは、一度もいただけなかった。会ったことのある人間も、だれ一人知らないんだ。」

「外へお出かけにはならないの?」とかかしが尋ねた。

「一度もない。毎日、宮殿の大きな玉座の間におられる。お仕えする者さえ、じかにお顔を拝めないのだよ。」

「どんなお姿なの?」とドロシーが尋ねた。

「それが、なんとも言えなくてね」と男は考え深げに答えた。「オズさまは偉大な魔法使いだから、好きな姿になれるのだ。鳥のようだと言う者もいれば、ゾウのようだと言う者も、ネコのようだと言う者もいる。美しい妖精や、ブラウニー[訳注:家に住みついて家事を手伝うとされる、小人の妖精]、そのほかお好きな姿で現れることもあるそうだ。だが、本来の姿のオズさまが何者なのか、それを知る人間は一人もいない。」

「とても不思議ね」とドロシーは言った。「でも、どうにかしてお目にかからなくちゃ。そうでなければ、ここまで旅したのが無駄になってしまうわ。」

「どうして、恐るべきオズさまに会いたいんだい?」と男が尋ねた。

「脳みそをもらいたいんです」とかかしは勢いこんで言った。

「ああ、それならオズさまには、たやすいことだ」と男は言い切った。「必要以上にたくさんの脳みそをお持ちだからね。」

「ぼくは心をもらいたいんです」とブリキのきこりは言った。

「それも、お困りにはならない」と男は続けた。「オズさまは、あらゆる大きさと形の心を、たくさん集めておいでだから。」

「ぼくは勇気をもらいたい」と臆病なライオンが言った。

「オズさまは玉座の間に、大きなつぼいっぱいの勇気を置いておられる」と男は言った。「あふれ出さないよう、金の皿でふたをしてあるそうだ。きっと喜んで分けてくださるよ。」

「わたしはカンザスへ帰してもらいたいの」とドロシーは言った。

「カンザスって、どこだい?」と男は驚いて尋ねた。

「わからないの」とドロシーは悲しそうに答えた。「でも、わたしの家があるところよ。どこかにあるのは確かだわ。」

「それはそうだろうね。まあ、オズさまには何でもできる。きっとカンザスも見つけてくださるだろう。だが、その前にお目にかからなければならない。それが難しい。あの偉大な魔法使いは、人に会うのを好まれないし、たいてい何でもお望みどおりになるからね。ところで、おまえは何がほしいんだい?」と、今度はトトに話しかけた。トトはしっぽを振るだけだった。不思議なことに、トトはしゃべれなかったのだ。

「ライオンは、おかゆを少し食べた。。」

女の人が、夕食ができたと呼んだので、みんな食卓を囲んだ。ドロシーはおいしいおかゆと、皿いっぱいのスクランブルエッグ、それにおいしい白パンを食べ、食事を楽しんだ。ライオンもおかゆを少し食べたが、好きにはなれなかった。これはエンバクでできていて、エンバクは馬の食べ物であって、ライオンの食べ物ではないと言った。かかしとブリキのきこりは、何も食べなかった。トトは何でも少しずつ食べ、また立派な夕食にありつけたのを喜んだ。

女の人はドロシーにベッドを貸してくれた。トトはそのそばに寝そべり、ライオンは眠りを邪魔されないよう、部屋の戸口を守った。かかしとブリキのきこりは、隅に立って一晩じゅう静かにしていた。もちろん、眠ることはできなかったのだが。

翌朝、日が昇るとすぐに一行は出発した。ほどなく、行く手の空に、美しい緑の光が見えた。

「あれがエメラルドの都に違いないわ」とドロシーは言った。

歩くにつれ、緑の光はますます明るくなった。いよいよ旅の終わりが近づいたようだった。それでも、都を囲む大きな城壁に着いたのは、午後になってからだった。城壁は高く厚く、鮮やかな緑色だった。

黄色いれんがの道の終わる、目の前のところに、大きな門があった。エメラルドが一面にはめこまれ、日の光にあまりにきらめくので、描かれたかかしの目さえ、まぶしく感じるほどだった。

門のわきに呼び鈴があった。ドロシーがボタンを押すと、中から銀のように澄んだ音が響いた。すると大きな門がゆっくり開いた。一行が通り抜けると、高いアーチ形の天井を持つ部屋に出た。壁には数えきれないエメラルドが輝いていた。

目の前には、マンチキンと同じくらいの小柄な男が立っていた。頭から足先まで緑ずくめで、肌まで緑がかっていた。わきには、大きな緑の箱があった。

ドロシーたちを見ると、男は尋ねた。

「エメラルドの都に、何のご用ですか?」

「偉大なオズさまに会いに来ました」とドロシーは言った。

男はその答えにたいそう驚き、腰を下ろして考えこんだ。

「オズさまに会いたいと言われたのは、何年ぶりでしょう」と、困ったように首を振った。「あのお方は強大で、恐ろしいお方です。つまらない、ばかげた用事で、偉大な魔法使いの深いお考えを邪魔しに来たのなら、お怒りになって、みなさんを一瞬で滅ぼすかもしれませんよ。」

「ばかげた用事でも、つまらない用事でもありません」とかかしは答えた。「大切なことなんです。それに、オズさまはよい魔法使いだと聞いています。」

「そのとおりです」と緑の男は言った。「エメラルドの都を、賢く立派に治めておられます。けれど、不正直な者や、好奇心から近づく者には、たいそう恐ろしいお方です。お顔を拝みたいと願い出る者など、めったにおりません。わたしは門番です。偉大なオズさまに会いたいとおっしゃるからには、宮殿へお連れしなければなりません。ただし、まず眼鏡をかけていただきます。」

「どうして?」とドロシーが尋ねた。

「眼鏡をかけなければ、エメラルドの都のまばゆい輝きで、目が見えなくなるからです。都の住人でさえ、昼も夜もかけています。眼鏡はすべて鍵をかけて留めます。都ができたとき、オズさまがそうお命じになったのです。外せる鍵は、わたしの持つもの一つきりです。」

男が大きな箱を開けると、中にはあらゆる大きさと形の眼鏡が詰まっていた。どれにも緑色のレンズが入っていた。門番はドロシーにぴったりの一つを見つけ、かけてやった。眼鏡には金の帯が二本ついていた。それを頭の後ろへ回し、門番が首にかけた鎖の先の小さな鍵で、二本を一つに留めた。こうなると、ドロシーが外したくても外せなかった。けれど、もちろん都の輝きで目が見えなくなるのはいやだったので、何も言わなかった。

緑の男は、かかし、ブリキのきこり、ライオン、そして小さなトトにも、合う眼鏡をかけてやった。どれもしっかり鍵で留めた。

それから門番は自分の眼鏡をかけ、宮殿へ案内する用意ができたと言った。壁のくぎから大きな金の鍵を取り、もう一つの門を開けた。一行は後について門をくぐり、エメラルドの都の通りへ出た。


緑の眼鏡で目を守っていても、ドロシーと仲間たちは、初め、このすばらしい都の輝きに目がくらんだ。通りには美しい家々が並んでいた。すべて緑の大理石でできていて、いたるところに、きらきら光るエメラルドがはめこまれていた。足元の舗道も同じ緑の大理石で、石の継ぎ目にはエメラルドが隙間なく並び、日の光を浴びて輝いていた。窓ガラスは緑色だった。都の上に広がる空さえ緑がかり、日ざしも緑だった。

男も女も子供も、たくさんの人が歩き回っていた。みんな緑の服を着て、肌も緑がかっていた。ドロシーと奇妙な取り合わせの仲間たちを、不思議そうな目で眺めた。子供たちはライオンを見ると、みな逃げて母親の後ろへ隠れたが、だれも一行に話しかけなかった。通りには店がたくさんあり、ドロシーが見ると、売っているものは何もかも緑だった。緑の飴や緑のポップコーン、緑の靴、緑の帽子、さまざまな緑の服が並んでいた。あるところでは、男が緑のレモネードを売っていた。子供たちがそれを買うとき、緑のペニー貨で払うのも見えた。

馬も、そのほかの動物も、まったくいないようだった。男たちは緑の小さな荷車を前に押して、荷物を運んでいた。だれもが幸せで、満ち足り、豊かに暮らしているように見えた。

門番は通りを案内し、都のちょうどまんなかにある大きな建物へ連れていった。そこが偉大な魔法使いオズの宮殿だった。戸口の前には、緑の軍服を着て、長い緑のひげを生やした兵隊が立っていた。

「よそから来た方々です」と門番は兵隊に言った。「偉大なオズさまに、お目にかかりたいそうです。」

「中へどうぞ」と兵隊は答えた。「お取り次ぎいたしましょう。」

一行は宮殿の門を通り、広い部屋へ案内された。緑のじゅうたんが敷かれ、エメラルドを飾った美しい緑の家具が置かれていた。兵隊は入る前に、全員の足を緑のマットでぬぐわせた。みんなが座ると、丁寧に言った。

「どうぞおくつろぎください。玉座の間の扉まで行って、みなさんのお着きをオズさまにお伝えしてまいります。」

兵隊が戻るまで、一行は長いこと待たなければならなかった。ようやく帰ってくると、ドロシーが尋ねた。

「オズさまに会えたの?」

「いいえ」と兵隊は答えた。「わたしは一度もお姿を見たことがありません。ついたての向こうにいらっしゃるお方にお話しして、ご用件をお伝えしました。お望みなら、お会いくださるそうです。ただし、一人ずつ入ること。そして一日に一人しかお通しになりません。ですから、みなさんには数日、宮殿にお泊まりいただきます。旅の疲れをゆっくり休められるよう、お部屋へご案内させましょう。」

「ありがとう」とドロシーは答えた。「オズさまは、とてもご親切なのね。」

兵隊が緑の笛を吹くと、すぐに、美しい緑の絹の長衣を着た少女が入ってきた。きれいな緑の髪と緑の目をしていた。ドロシーの前で深くおじぎをして言った。

「こちらへどうぞ。お部屋へご案内します。」

ドロシーはトト以外の友達に別れを告げ、犬を抱いて緑の少女についていった。七つの廊下を通り、三つの階段を上がると、宮殿の表側にある部屋へ着いた。世界一かわいらしい小部屋だった。柔らかく心地よさそうなベッドには、緑の絹のシーツと、緑のビロードの掛け布がかかっていた。部屋のまんなかには小さな噴水があり、緑の香水を空中へ吹き上げていた。しぶきは、美しい彫刻を施した緑の大理石の水盤へ落ちていた。窓辺には美しい緑の花が飾られ、棚には小さな緑の本が一列に並んでいた。後でドロシーが開いてみると、変わった緑の絵がいっぱいで、あまりのおかしさに笑ってしまった。

衣装棚には、絹やサテンやビロードでできた緑の服がたくさん入っていた。どれもドロシーにぴったりだった。

「どうぞ、ご自分のおうちのようにお過ごしください」と緑の少女は言った。「何かご用があれば、ベルを鳴らしてくださいね。明日の朝、オズさまからお呼びがあります。」

少女はドロシーを残して、ほかの仲間たちのところへ戻った。そして、それぞれを部屋へ案内した。みんな、宮殿のとても居心地のよい場所に泊まることになった。もちろん、かかしには、この心づかいも無駄だった。部屋に一人になると、戸口を入ったすぐの場所に、ぼんやり突っ立ち、朝を待ったからだ。横になっても休まるわけではなく、目を閉じることもできなかった。そこで一晩じゅう、部屋の隅で巣を張る小さなクモを見つめていた。まるで、そこが世界でも指折りのすばらしい部屋だということなど、関係ないようだった。ブリキのきこりは、生身だったころの習慣を覚えていたので、ベッドに横になった。だが眠れないため、関節がよく動くのを確かめようと、一晩じゅう曲げ伸ばしして過ごした。ライオンは森の枯れ葉の寝床の方が好みで、部屋に閉じこめられるのは好きではなかった。けれど、そんなことで気をもむほど愚かではない。ベッドへ飛び乗り、ネコのように丸くなると、のどを鳴らしながら、すぐに眠ってしまった。

翌朝、朝食がすむと緑の少女が迎えに来た。そして、緑の織り模様のあるサテンの、とりわけ美しい服をドロシーに着せてくれた。ドロシーは緑の絹のエプロンをつけ、トトの首に緑のリボンを結んだ。それから、偉大なオズの玉座の間へ出かけた。

初めに大広間へ出た。そこには、豪華な衣装をまとった宮廷の紳士淑女が、たくさんいた。この人たちには、おしゃべりするほかに仕事がなかった。けれど、オズに会うことは許されないのに、毎朝、玉座の間の外へ来て待つのだった。ドロシーが入ると、みんな物珍しそうに眺め、一人がささやいた。

「本当に、恐るべきオズさまのお顔をごらんになるの?」

「もちろんよ」とドロシーは答えた。「会ってくださるなら。」

「ええ、お会いくださいます」と、用件を取り次いだ兵隊が言った。「ただ、お目にかかりたいと頼まれるのは、お好きではないのです。実は初め、お怒りになって、来たところへ追い返せとおっしゃいました。それから、あなたがどんな姿をしているかお尋ねになりました。銀の靴のことを申し上げると、たいそう興味をお持ちになったのです。最後に額の印をお伝えしたところ、お通しになるとお決めになりました。」

ちょうどそのときベルが鳴り、緑の少女がドロシーに言った。

「合図です。玉座の間へは、お一人でお入りください。」

少女が小さな扉を開けると、ドロシーは臆せず通り抜けた。そこは、すばらしい場所だった。高いアーチ形の天井を持つ、大きな丸い部屋で、壁も天井も床も、大粒のエメラルドで隙間なく覆われていた。天井の中央には、太陽のように明るい大きな光があり、エメラルドを驚くほど美しく輝かせていた。

けれど、ドロシーの目をいちばん引いたのは、部屋の中央にある、緑の大理石の大きな玉座だった。いすの形をしていて、ほかのものと同じく宝石がきらめいていた。その座のまんなかには、巨大な頭があった。支える胴体もなければ、腕も脚もなかった。髪は一本もなかったが、目も鼻も口もあり、いちばん大きな巨人の頭より、さらに大きかった。

ドロシーが驚きと恐ろしさで見つめていると、その目がゆっくり動き、鋭くじっとこちらを見た。それから口が動き、声が聞こえた。

「わしはオズ、偉大にして恐るべき者。そなたは何者だ。何ゆえ、わしを求める?」

その大きな頭から出るとは思えないほど、恐ろしくない声だった。ドロシーは勇気を出して答えた。

「わたしはドロシー、小さくて、おとなしい者です。助けていただきたくて来ました。」

目はまるまる一分間、考えこむようにドロシーを見つめた。それから声が言った。

「その銀の靴を、どこで手に入れた?」

「東の悪い魔女からです。わたしの家が上に落ちて、魔女が死んでしまったときに、もらいました」と答えた。

「額の印は、どこでつけてもらった?」と声は続けた。

「北のよい魔女が、お別れにキスをしてくれたところです。それから、あなたのもとへ行くようにと言いました」とドロシーは言った。

目はまた鋭くドロシーを見つめ、嘘をついていないことを見て取った。それからオズが尋ねた。

「わしに何をしてほしい?」

「エムおばさんとヘンリーおじさんのいる、カンザスへ帰してください」とドロシーは懸命に答えた。「この国はとてもきれいだけれど、わたしは好きになれません。それに、こんなに長く帰らないので、エムおばさんがきっとひどく心配しています。」

目が三度まばたきした。それから天井を見上げ、床を見下ろし、奇妙にぐるぐる回った。部屋の隅々まで見ているようだった。最後に、またドロシーを見た。

「なぜ、わしがそうしてやらねばならぬ?」とオズは尋ねた。

「あなたは強くて、わたしは弱いからです。あなたは偉大な魔法使いで、わたしは何もできない小さな女の子だから」と答えた。

「だが、東の悪い魔女を殺すだけの力はあったのだろう」とオズは言った。

「あれは、たまたまです」とドロシーは素直に答えた。「わたしには、どうしようもありませんでした。」

「よかろう」と頭は言った。「返事をしよう。わしに何の見返りも与えず、カンザスへ帰してもらえると思ってはならぬ。この国では、何かを得るには、だれもが代価を払わねばならない。わしの魔法で家へ帰りたければ、まず、わしのために一つ働いてもらおう。助けてくれれば、わしも助けてやる。」

「何をすればいいの?」とドロシーは尋ねた。

「西の悪い魔女を殺すのだ」とオズは答えた。

「そんなこと、できません!」とドロシーは、ひどく驚いて叫んだ。

「そなたは東の魔女を殺した。それに、強い魔法の宿る銀の靴をはいている。この国じゅうで、悪い魔女はもう一人しか残っておらぬ。その魔女が死んだと知らせに来たら、カンザスへ帰してやろう。それまでは、だめだ。」

ドロシーは、あまりの失望に泣きだした。目はまたまばたきし、気がかりそうに見つめた。まるで偉大なオズは、ドロシーがその気になりさえすれば、自分を助けられると思っているようだった。

「わたし、自分から何かを殺したことなんてありません」とすすり泣いた。「それに、殺したくなったとしても、どうやって悪い魔女を殺せるんですか? 偉大で恐ろしいあなたにもできないのに、どうしてわたしにできると思うの?」

「それは知らぬ」と頭は言った。「だが、返事は変わらぬ。悪い魔女が死ぬまで、おじさんとおばさんには会えない。覚えておくがよい。あの魔女は悪い――途方もなく悪いのだ。殺されて当然だ。さあ行け。務めを果たすまでは、二度と会いに来てはならぬ。」

ドロシーは悲しく玉座の間を出て、オズの言葉を聞こうと待っている、ライオンとかかしとブリキのきこりのもとへ戻った。

「もう望みはないわ」と悲しそうに言った。「西の悪い魔女を殺さなければ、オズさまは家へ帰してくださらないの。でも、そんなこと、絶対にできないわ。」

友達は気の毒に思ったが、助けるすべはなかった。ドロシーは自分の部屋へ戻り、ベッドに横になって、泣きながら眠ってしまった。

翌朝、緑のひげの兵隊が、かかしのところへ来て言った。

「おいでください。オズさまがお呼びです。」

かかしは後についていき、大きな玉座の間へ通された。見ると、エメラルドの玉座に、とびきり美しい女性が座っていた。薄い緑の絹をまとい、流れるような緑の髪に、宝石の冠を載せていた。肩からは、華やかな色の翼が生えていた。とても軽やかで、ほんのわずかな風にも、ひらひらと揺れた。

かかしは、この美しい姿の前で、わらの体でできるかぎり優雅におじぎした。すると女性は、やさしい目を向けて言った。

「わたしはオズ、偉大にして恐るべき者。あなたは何者で、何を求めて来たのです?」

ドロシーの話した巨大な頭を見るつもりでいたかかしは、たいそう驚いた。それでも勇気を出して答えた。

「ぼくは、わらを詰めただけのかかしです。ですから脳みそがありません。わらのかわりに脳みそを頭へ入れていただきたくて来ました。そうすれば、この国のほかの人たちと同じ、立派な人間になれると思うのです。」

「なぜ、わたしがそうしてあげなければならないのです?」と女性は尋ねた。

「あなたは賢く、力があり、ほかにはだれも助けてくれないからです」とかかしは答えた。

「わたしは、見返りなしに願いをかなえることはありません」とオズは言った。「けれど、これだけは約束しましょう。わたしのために西の悪い魔女を殺してくれたら、脳みそをたっぷり授けます。それはたいそう優れた脳みそで、あなたはオズの国じゅうで、いちばん賢い者になるでしょう。」

「魔女を殺すよう、ドロシーに頼んだのでは?」とかかしは驚いて言った。

「そのとおりです。だれが殺しても、かまいません。けれど魔女が死ぬまでは、願いをかなえるつもりはありません。さあ、お行きなさい。あれほどほしがっている脳みそを受け取るにふさわしい働きをするまで、二度と来てはなりません。」

かかしは悲しく友達のもとへ戻り、オズの言葉を伝えた。ドロシーは、偉大な魔法使いが、自分の見た頭ではなく、美しい女性だったと知って驚いた。

「それでも」とかかしは言った。「あの人には、ブリキのきこりと同じくらい、心が必要だよ。」

翌朝、緑のひげの兵隊がブリキのきこりのところへ来て言った。

「オズさまがお呼びです。ついてきてください。」

ブリキのきこりは後に続き、大きな玉座の間へ来た。オズが美しい女性なのか、頭なのか、わからなかったが、美しい女性であってほしいと願った。「だって」と心の中で言った。「頭なら、きっと心はもらえない。頭そのものには心がないから、ぼくに同情できないもの。でも、美しい女性なら、心をくださるよう懸命に頼もう。女性はみんな、やさしい心を持っているというからね。」

だが、大きな玉座の間に入ると、頭も女性もいなかった。オズは、ひどく恐ろしい獣の姿になっていたのだ。ゾウほども大きく、緑の玉座は、その重さにやっと耐えているようだった。頭はサイに似ていたが、顔には目が五つあった。胴からは五本の長い腕が生え、細長い脚も五本あった。全身を厚い縮れ毛が覆い、これ以上恐ろしい怪物は、想像もできそうになかった。そのとき心がなかったのは、きこりにとって幸いだった。もしあれば、恐ろしさで激しく打ち鳴らされていたことだろう。だが、ただのブリキなので、ひどくがっかりはしたものの、少しも怖くはなかった。

「おれはオズ、偉大にして恐るべき者だ」と獣は、ほえ声そのもののような声で言った。「おまえは何者だ。何を求めて来た?」

「その目は、考えこむようにドロシーを見つめた。。」

「ぼくはブリキでできたきこりです。そのため心がなく、人を愛せません。ほかの人と同じになれるよう、心をお与えください。」

「なぜ、おれがそうせねばならぬ?」と獣は問いつめた。

「ぼくがお願いしていて、その願いをかなえられるのは、あなただけだからです」ときこりは答えた。

オズは低くうなったが、荒々しい声で言った。

「本当に心がほしいなら、それに値する働きをするのだ。」

「どんな?」ときこりは尋ねた。

「ドロシーを助け、西の悪い魔女を殺せ」と獣は答えた。「魔女が死んだら、おれのところへ来い。そうすれば、オズの国じゅうで、いちばん大きく、やさしく、愛情深い心を与えてやる。」

ブリキのきこりは、悲しく友達のところへ戻るしかなかった。そして、見てきた恐ろしい獣の話をした。偉大な魔法使いが、いくつもの姿になれることに、みんなはたいそう驚いた。ライオンが言った。

「ぼくが行ったとき獣だったら、力いっぱいほえて、頼みを全部聞き入れるほど怖がらせてやる。美しい女性だったら、飛びかかるふりをして、言うことを聞かせよう。巨大な頭なら、こっちの思うままさ。みんなの願いをかなえると約束するまで、部屋じゅう転がしてやる。だから、元気を出して。まだ、きっとうまくいくよ。」

翌朝、緑のひげの兵隊はライオンを大きな玉座の間へ案内し、オズの御前へ入るよう告げた。

ライオンはすぐに戸を通り抜け、あたりを見回して驚いた。玉座の前にあったのは、火の玉だった。あまりに激しく、まばゆく燃えていたので、まともに見ていられないほどだった。初めは、オズがうっかり火をつけられて、燃えているのだと思った。けれど近づこうとすると、ひげが焦げるほど熱かったので、震えながら戸口の近くまで後ずさりした。

すると、火の玉から低く静かな声が聞こえた。こう言った。

「わしはオズ、偉大にして恐るべき者。そなたは何者だ。何ゆえ、わしを求める?」

ライオンは答えた。

「ぼくは、何もかもが怖い、臆病なライオンです。勇気をいただきたくて来ました。そうすれば、人々が呼ぶとおり、本当の百獣の王になれます。」

「なぜ、わしが勇気を与えねばならぬ?」とオズは問いつめた。

「すべての魔法使いの中で、あなたがいちばん偉大で、この願いをかなえる力があるのは、あなただけだからです」とライオンは答えた。

火の玉は、しばらく激しく燃えた。それから声が言った。

「悪い魔女が死んだ証拠を持ってこい。そのとき、ただちに勇気を与えよう。だが魔女が生きているかぎり、そなたは臆病者のままだ。」

ライオンはその言葉に腹を立てたが、何も言い返せなかった。黙って立ち、火の玉を見つめていると、ますます猛烈に熱くなったので、背を向けて部屋から飛び出した。友達が待っていてくれて、ほっとした。そして、魔法使いとの恐ろしい面会を話して聞かせた。

「これから、どうしましょう?」とドロシーは悲しそうに尋ねた。

「できることは一つしかない」とライオンは答えた。「ウィンキーの国へ行き、悪い魔女を探し出して倒すんだ。」

「でも、できなかったら?」とドロシーが言った。

「ぼくは、いつまでも勇気がもらえない」とライオンが言った。

「ぼくは、いつまでも脳みそがもらえない」とかかしも言った。

「ぼくは、いつまでも心がもらえない」とブリキのきこりが言った。

「わたしは、エムおばさんとヘンリーおじさんに、もう会えないわ」とドロシーは言い、泣きだした。

「お気をつけて!」と緑の少女が叫んだ。「涙が緑の絹の服に落ちると、染みになってしまいます。」

ドロシーは涙をぬぐって言った。

「やってみるしかないのね。でも、たとえエムおばさんに会うためでも、だれかを殺したくはないわ。」

「ぼくもいっしょに行くよ。でも、臆病すぎて魔女は殺せない」とライオンが言った。

「ぼくも行く」とかかしは言った。「でも、ばかだから、あまり役には立てないだろうね。」

「ぼくには、たとえ魔女でも傷つけようという心がない」とブリキのきこりは言った。「でも、きみたちが行くなら、必ずいっしょに行くよ。」

こうして、翌朝出発することになった。きこりは緑の砥石で斧を研ぎ、関節という関節に、十分油を差してもらった。かかしは新しいわらを詰め直した。ドロシーは、もっとよく見えるよう、かかしの目に絵の具を塗り直した。とても親切な緑の少女は、ドロシーのかごにおいしいものをいっぱい詰め、トトの首に緑のリボンで小さな鈴をつけてくれた。

一行は早く床につき、夜明けまでぐっすり眠った。宮殿の裏庭に住む緑のおんどりの鳴き声と、緑の卵を産んだめんどりの、こっこっという声で目を覚ました。

「緑のひげの兵隊が、一行を通りへ案内した。。」


緑のひげの兵隊は、一行をエメラルドの都の通りに案内し、門番の住む部屋まで連れていった。門番は眼鏡の鍵を外し、大きな箱へ戻した。それから丁寧に、一行のために門を開けた。

「どの道が、西の悪い魔女のところへ続いているの?」とドロシーが尋ねた。

「道はありません」と門番は答えた。「あちらへ行きたがる者など、だれもいませんから。」

「それなら、どうやって見つければいいの?」

「それは簡単です」と男は答えた。「あなたがたがウィンキーの国へ入ったと知れば、魔女の方から見つけて、みなさんを奴隷にしますよ。」

「そうはいかないかもしれません」とかかしは言った。「ぼくたちは魔女を倒すつもりですから。」

「ああ、それなら話は別です」と門番は言った。「これまで魔女を倒した者はおりませんので、当然、ほかのみんなと同じく奴隷にされるのだと思いました。けれど、お気をつけなさい。魔女は邪悪で凶暴です。おとなしく倒されてはくれないかもしれません。日の沈む西へ進み続ければ、必ず会えます。」

一行は礼を言い、別れを告げ、西へ向かった。柔らかな草地には、ヒナギクやキンポウゲがところどころに咲いていた。ドロシーは、まだ宮殿で着た美しい絹の服を着ていた。けれど驚いたことに、もう緑ではなく、真っ白になっていた。トトの首のリボンも緑色を失い、ドロシーの服と同じくらい白かった。

エメラルドの都は、まもなくはるか後ろになった。進むにつれ、土地は荒れ、丘が多くなった。この西の国には畑も家もなく、地面は耕されていなかった。

午後には、太陽が熱く顔を照らした。日陰を作る木は一本もなかった。日が暮れる前に、ドロシーとトトとライオンは疲れ、草の上に横たわって眠った。きこりとかかしが見張りをした。

さて、西の悪い魔女には、目が一つしかなかった。だが、その目は望遠鏡ほどの力を持ち、どこでも見通せた。城の戸口に座っていた魔女は、たまたまあたりを見回し、仲間に囲まれて眠るドロシーを見つけた。ずいぶん遠くにいたのだが、自分の国へ入ってきたことに腹を立て、首に下げた銀の笛を吹いた。

たちまち、四方から大きなオオカミの群れが駆け集まった。長い脚と、獰猛な目と、鋭い牙を持っていた。

「あいつらのところへ行け」と魔女は言った。「ずたずたに引き裂いておしまい。」

「奴隷にはなさらないので?」とオオカミの頭が尋ねた。

「いらないよ」と魔女は答えた。「一人はブリキ、一人はわら。一人は小娘、もう一頭はライオンだ。どいつも働き者にはならない。細切れにしてかまわないよ。」

「承知しました」とオオカミは言い、全速力で駆けだした。ほかのオオカミも後に続いた。

さいわい、かかしもきこりも起きていて、オオカミが来る音を聞きつけた。

「ここは、ぼくの出番だ」ときこりは言った。「後ろへ下がって。来るやつを迎え撃つよ。」

よく研いだ斧をつかんだ。先頭のオオカミが襲いかかると、きこりは腕を振るい、首を胴から切り落とした。オオカミは即死した。斧を振り上げる間に、次のオオカミが来た。それも、きこりの鋭い刃の下に倒れた。オオカミは四十頭いた。四十回、オオカミが倒され、最後にはすべて、きこりの前で死骸の山になっていた。

きこりは斧を置き、かかしの隣に座った。かかしは言った。

「見事な戦いだったよ、友よ。」

二人は翌朝、ドロシーが目を覚ますまで待った。毛むくじゃらのオオカミが山積みになっているのを見て、ドロシーはたいそうおびえたが、ブリキのきこりが一部始終を話した。助けてくれたお礼を言ってから、朝食にした。食べ終えると、一行はまた旅に出た。

同じ朝、悪い魔女も城の戸口へ来て、遠くまで見通せる一つ目で外を眺めた。オオカミがみな死んでいて、よそ者たちがまだ自分の国を歩いているのが見えた。前にもまして腹を立て、銀の笛を二度吹いた。

すぐに、空を暗くするほどの大群をなして、野生のカラスが飛んできた。悪い魔女はカラスの王に言った。

「今すぐ、あのよそ者どものところへ飛んでいけ。目をつつき出し、ずたずたに引き裂いておしまい。」

カラスは一つの大群となって、ドロシーたちへ飛んでいった。近づいてくるのを見て、ドロシーは怖くなった。けれど、かかしが言った。

「ここは、ぼくの戦いだ。そばに伏せていれば、けがはさせないよ。」

かかし以外は、みんな地面に伏せた。かかしは立ったまま、両腕を広げた。カラスたちはそれを見ると、いつもかかしを見るときのように怖がり、それ以上近づこうとしなかった。だが、カラスの王は言った。

「あれは詰め物の人形にすぎない。おれが目をつつき出してやる。」

王が飛びかかると、かかしは頭をつかみ、死ぬまで首をひねった。次に別のカラスが襲いかかると、その首もひねった。カラスは四十羽いた。かかしは四十回首をひねり、最後にはすべて、そばで死んでいた。それから仲間に起きるよう呼びかけ、また旅を続けた。

悪い魔女がふたたび外を見て、カラスまで山積みになっているのを知ると、すさまじく怒り、銀の笛を三度吹いた。

たちまち空中に大きな羽音が響き、黒いハチの群れが飛んできた。「よそ者どもを刺し殺しておいで!」と魔女は命じた。ハチは向きを変え、ドロシーたちの歩くところへ、すばやく飛んでいった。けれど、きこりは近づくのを見つけていたし、かかしは手を打つ方法を決めていた。

「ぼくのわらを抜いて、ドロシーと犬とライオンの上にまいて」ときこりに言った。「そうすれば、ハチは刺せない。」

きこりはそのとおりにした。ドロシーはライオンに寄り添って横になり、トトを腕に抱いた。わらが、その上をすっかり覆った。

ハチが来ても、刺せる相手はきこりしか見当たらなかった。そこで一斉に襲いかかったが、ブリキにぶつかって、針が全部折れてしまった。きこりは、少しも傷つかなかった。ハチは針が折れると生きられないので、黒いハチはそれでおしまいだった。砕いた石炭の小さな山のように、きこりのまわりにびっしり散らばった。

ドロシーとライオンは起き上がった。ドロシーはきこりを手伝い、かかしにわらを詰め戻して、すっかり元どおりにした。それから、一行はまた歩きだした。

黒いハチが、砕いた石炭のように小さな山になっているのを見ると、悪い魔女は怒りのあまり、地団駄を踏み、髪をかきむしり、歯ぎしりした。そして、奴隷にしているウィンキーを十二人呼び、鋭い槍を渡して、よそ者を倒しに行けと命じた。

ウィンキーは勇敢な人々ではなかったが、言いつけには従わなければならなかった。そこで列をなして進み、ドロシーの近くまで来た。するとライオンが大声でほえ、飛びかかったので、かわいそうなウィンキーたちは、ひどくおびえ、一目散に逃げ帰った。

城へ戻ると、悪い魔女は革ひもでさんざん打ちすえ、仕事へ追い返した。それから腰を下ろし、次にどうするか考えた。よそ者を倒す計画が、ことごとく失敗したわけがわからなかった。けれど、邪悪なだけでなく強い力もある魔女だったので、まもなく手を決めた。

戸棚の中に、金の帽子があった。ぐるりと一周、ダイヤモンドとルビーが並んでいた。この金の帽子には魔法がかかっていた。持ち主は、空飛ぶサルを三度呼び出すことができ、サルはどんな命令にも従うのだ。だが、だれであろうと、この奇妙な生き物に命じられるのは三度までだった。悪い魔女は、すでに二度、帽子の魔法を使っていた。一度目はウィンキーを奴隷にし、その国の支配者になったときだった。そのとき、空飛ぶサルが力を貸した。二度目は、偉大なオズ自身と戦い、西の国から追い払ったときだった。このときもサルが力を貸した。金の帽子を使えるのは、あと一度しかない。だから、ほかの力をすべて使い果たすまでは、使いたくなかった。だが今は、獰猛なオオカミも、野生のカラスも、毒針のハチも失い、奴隷たちも臆病なライオンに追い払われた。ドロシーたちを倒す方法は、もう一つしか残っていなかった。

そこで悪い魔女は、戸棚から金の帽子を取り出し、頭にかぶった。

それから左足一本で立ち、ゆっくり言った。「エッペ、ペッペ、カッケ!」

次に右足一本で立ち、言った。「ヒッロ、ホッロ、ヘッロ!」

最後に両足で立ち、大声で叫んだ。「ジッジー、ズッジー、ジック!」

すると魔法が働きはじめた。空が暗くなり、低いとどろきが響いた。無数の翼が風を切り、けたたましいしゃべり声と笑い声が起こった。やがて暗い空から太陽が顔を出すと、悪い魔女はサルの群れに囲まれていた。どのサルも、肩に巨大で力強い翼を一対ずつ持っていた。

ひときわ大きな一匹が、頭らしかった。魔女のそばへ飛んできて言った。

「お呼びになるのは、これが三度目、最後です。何をお命じになりますか?」

「あたしの国にいるよそ者どものところへ行き、ライオンを除いて、みんな殺しておしまい」と悪い魔女は言った。「あの獣は、ここへ連れてくるんだ。馬のように馬具をつけて、働かせてやりたいからね。」

「仰せのとおりに」と頭は言った。そして、空飛ぶサルは盛んにしゃべり、騒ぎながら、ドロシーたちの歩いている場所へ飛んでいった。

何匹かのサルがブリキのきこりをつかみ、空へ運び上げた。とがった岩がびっしりと並ぶ土地の上まで来ると、かわいそうなきこりを落とした。きこりは、はるかな高さから岩に落ち、ひどくひしゃげ、へこんで、動くこともうめくこともできなくなった。

別のサルたちは、かかしを捕まえた。長い指で、服と頭から、わらを残らず引き抜いた。そして帽子と長靴と服を小さくひとまとめにし、高い木のてっぺんの枝へ投げこんだ。

残りのサルはライオンに丈夫な縄をかけ、体と頭と脚へ、何重にも巻きつけた。ライオンは、かむことも引っかくことも、もがくことさえできなくなった。サルたちは持ち上げると、そのまま魔女の城へ飛んでいった。ライオンは、逃げられないよう高い鉄柵で囲まれた、小さな庭に入れられた。

けれど、ドロシーには何も危害を加えなかった。ドロシーはトトを抱いて立ち、仲間たちの悲しい運命を見つめながら、次は自分の番だと思っていた。空飛ぶサルの頭が、毛むくじゃらの長い腕を伸ばし、醜い顔に恐ろしい笑いを浮かべて飛んできた。だが、額にあるよい魔女のキスの印を見ると、はたと止まり、ほかのサルに手を出すなと合図した。

「サルたちは、ライオンの体に何重にも縄を巻いた。。」

「この子には手出しできない」と仲間に言った。「善の力に守られているからだ。その力は、悪の力よりも強い。おれたちにできるのは、悪い魔女の城へ運んで、そこに置いてくることだけだ。」

サルたちは注意深く、やさしくドロシーを抱き上げ、空をすばやく運んだ。城へ着くと、正面の戸口の段に下ろした。それから頭が魔女に言った。

「できるかぎり、ご命令に従いました。ブリキのきこりとかかしは壊し、ライオンは庭につないであります。女の子と、腕に抱いた犬には、手を出せませんでした。われわれを従える力は、これで終わりです。もう二度とお会いすることはないでしょう。」

すると空飛ぶサルたちは、盛んに笑い、しゃべり、騒ぎながら空へ舞い上がり、まもなく見えなくなった。

悪い魔女は、ドロシーの額の印を見ると、驚くと同時に不安になった。空飛ぶサルも、自分自身も、この子を少しも傷つけられないと、よく知っていたからだ。足元に目を落とし、銀の靴を見ると、恐怖に震えだした。そこに宿る強大な魔法を知っていたのだ。初めは、ドロシーから逃げ出したくなった。けれど、ふと少女の目をのぞくと、その奥にある心が、いかにも無邪気だとわかった。そして、銀の靴が与えてくれるすばらしい力を、本人は知らないのだと見抜いた。悪い魔女は、ひそかに笑って思った。「まだ、奴隷にはできる。自分の力の使い方を知らないんだからね。」

それから、厳しく荒々しい声でドロシーに言った。

「ついておいで。言いつけは何でも守るんだよ。さもないと、ブリキのきこりやかかしと同じように、おまえもおしまいにしてやるからね。」

ドロシーは後について、城の美しい部屋をいくつも通り、台所へ来た。魔女はそこで、鍋ややかんを磨き、床を掃き、火に薪をくべて絶やさないよう命じた。

ドロシーはおとなしく仕事に取りかかり、できるだけ一生懸命働こうと決めた。悪い魔女が、殺さないことにしてくれて、ほっとしていたからだ。

ドロシーがせっせと働いている間に、魔女は中庭へ行き、臆病なライオンに馬のような馬具をつけようと思った。出かけたくなったとき、いつでも車を引かせたら、さぞ愉快だろう。だが門を開けると、ライオンが大声でほえ、猛烈な勢いで飛びかかってきたので、魔女は怖くなり、外へ逃げて、また門を閉めた。

「馬具をつけられないなら」と魔女は、門の格子越しにライオンへ言った。「飢えさせてやる。言うことを聞くまで、何も食べさせないよ。」

それからは、閉じこめたライオンに食べ物を運ばなかった。ただ、毎日正午になると門へ来て尋ねた。

「馬のように馬具をつけられる気になったかい?」

そのたびに、ライオンは答えた。

「いやだ。ここへ入ってきたら、かみつくぞ。」

ライオンが魔女の言いなりにならずにすんだのは、毎晩、魔女が眠っているあいだに、ドロシーが戸棚から食べ物を運んでやったからだ。食事を終えると、ライオンはわらの寝床に横たわり、ドロシーもその隣に寝そべって、ふさふさした柔らかな豊かな髪に頭をのせた。そうしてふたりは、つらい身の上を話し合い、なんとか逃げ出す手立てを考えるのだった。けれど、城を抜け出す方法はどうしても見つからなかった。城にはいつも黄色いウィンキーたちが見張りに立っていたからだ。みんな悪い魔女の奴隷で、魔女が恐ろしいあまり、その言いつけに逆らえなかったのである。

ドロシーは昼のあいだ、こき使われた。魔女はいつも手にしている古ぼけた傘を振り上げて、ぶつぞと何度も脅した。けれど本当は、ドロシーの額にしるしがあるので、手を出す勇気はなかった。そんなこととは知らないドロシーは、自分とトトの身を案じて、びくびくしていた。一度、魔女が傘でトトをぶつと、勇敢な小犬は飛びかかり、お返しに魔女の脚にかみついた。かまれたところから血は出なかった。魔女はあまりにも邪悪だったので、体の中の血は、もう何年も前にすっかり干からびていたのだ。

カンザスへ帰ってエムおばさんに会うことが、ますます難しくなったとわかるにつれ、ドロシーの毎日は悲しいものになっていった。何時間も激しく泣きつづけることもあった。そんなとき、トトは足もとに座ってドロシーの顔を見上げ、悲しげにくんくん鳴いて、小さな飼い主へのいたわりを示した。トトにしてみれば、ドロシーさえ一緒なら、カンザスにいようとオズの国にいようと、かまわなかった。けれどドロシーが悲しんでいるのはわかったので、トトまで悲しくなるのだった。

さて、悪い魔女は、ドロシーがいつも履いている銀の靴を、どうしても自分のものにしたがっていた。手下のハチもカラスもオオカミも、山のように折り重なって死に、干からびかけていたし、金の帽子の力も使い果たしてしまった。けれど銀の靴さえ手に入れば、失ったものを全部合わせても及ばないほどの力が得られるのだ。魔女は靴を盗もうとたくらみ、ドロシーが脱ぐことはないかと、じっと見張っていた。だがドロシーは、そのきれいな靴が大のお気に入りで、夜寝るときとお風呂に入るときのほかは、決して脱がなかった。魔女は暗がりが大の苦手だったので、夜、ドロシーの部屋へ靴を取りに入ることはできなかった。そして暗がり以上に水を恐れていたから、ドロシーがお風呂に入っているときも、決して近づかなかった。実際、この年老いた魔女は水に触れることがなく、どんなことがあっても、水が体にかからないようにしていたのである。

だが、この悪者はたいへんな知恵者でもあり、とうとう欲しいものを手に入れるための悪だくみを思いついた。台所の床の真ん中に鉄の棒を置き、魔法を使って、人の目には見えなくしたのだ。そこを通りかかったドロシーは、見えない棒につまずき、手足を投げ出してばったり倒れた。たいしたけがはしなかったが、転んだはずみに銀の靴が片方脱げてしまった。ドロシーが手を伸ばすより早く、魔女はその靴をひったくり、自分のやせこけた足に履いてしまった。

悪だくみがうまくいって、魔女は大喜びだった。片方の靴を持っているかぎり、魔法の力の半分は自分のものになる。たとえドロシーがその使い方を知っていたとしても、その力で魔女に立ち向かうことはできなくなったのだ。

かわいい靴を片方取られてしまったドロシーは腹を立て、魔女に言った。

「わたしの靴を返して!」

「返すものか」と魔女は言い返した。「これはもうあたしの靴だ。おまえのじゃないよ。」

「なんて悪い人なの!」とドロシーは叫んだ。「わたしの靴を取るなんて、そんなことしていいわけないでしょう。」

「何と言おうが、返さないよ」と魔女はあざ笑った。「そのうち、もう片方だって取り上げてやるからね。」

それを聞いて、ドロシーはかんかんに怒った。すぐそばにあった水入りのバケツを持ち上げ、魔女めがけてざぶりとかけたので、魔女は頭から足の先まで、びしょぬれになった。

たちまち魔女は、恐怖の叫び声を上げた。そして、ドロシーが不思議そうに見つめる目の前で、その体は縮み、崩れはじめた。

「なんてことをしてくれたんだ!」と魔女は金切り声を上げた。「もうじき、あたしは溶けてなくなっちまう!」

「ごめんなさい、本当に」とドロシーは言った。目の前で魔女が黒砂糖のように溶けてゆくので、心底おびえていたのだ。

「水をかけたら、あたしはおしまいだって、知らなかったのかい?」と魔女は、絶望に打ちひしがれ、泣きわめくような声で尋ねた。

「知らなかったわ」とドロシーは答えた。「知っているはずないでしょう?」

「ああ、あと少しで、あたしはすっかり溶けてしまう。そうなれば、この城はおまえひとりのものだ。これまで悪いことをしてきたけれど、おまえみたいな小娘に溶かされて、悪事もこれっきりになるとは思わなかったよ。見ておいで――さあ、もうおしまいだ!」

そう言い終えると、魔女はどろどろの茶色い塊になって崩れ落ち、きれいな台所の板張りの床に広がりはじめた。本当に溶けて跡形もなくなってしまったのを見届けると、ドロシーはもう一杯バケツに水をくみ、その汚れの上にかけた。そして、何もかも戸口の外へ掃き出した。魔女のいたあとにただひとつ残った銀の靴を拾い上げると、布できれいに拭いて乾かし、また自分の足に履いた。ようやく好きなようにできる身になったドロシーは、中庭へ駆け出した。西の悪い魔女はもういなくなり、自分たちはもう、見知らぬ国のとらわれの身ではないのだと、ライオンに知らせるためだった。


悪い魔女がバケツ一杯の水で溶けてしまったと聞いて、臆病なライオンは大喜びした。ドロシーはすぐにおりの鍵を開け、ライオンを自由にしてやった。ふたりは一緒に城へ入り、ドロシーはまずウィンキーたちを全員呼び集めて、もう奴隷ではないと告げた。

黄色いウィンキーたちは、みんな大喜びだった。長いあいだ、悪い魔女のためにこき使われ、いつも残酷な仕打ちを受けてきたからだ。その日、人々はごちそうを食べたり踊ったりして祝い、のちのちまで、この日を祝日として大切にした。

「友だちのかかしとブリキのきこりが一緒にいてくれたら」とライオンは言った。「ぼくはもう、何も言うことはないんだけど。」

「ふたりを助けられないかしら?」とドロシーは心配そうに尋ねた。

「やってみることはできるよ」とライオンは答えた。

そこで、ふたりは黄色いウィンキーたちを呼び、友だちを助けるのを手伝ってくれないかと頼んだ。ウィンキーたちは、奴隷の身から解き放ってくれたドロシーのためなら、喜んで力を尽くすと答えた。ドロシーはいちばん物知りそうなウィンキーを何人か選び、みんなで出発した。その日一日と、次の日もいくらか歩いて、一行は岩だらけの平原に着いた。そこには、全身がへこみ、折れ曲がったブリキのきこりが倒れていた。そばに斧もあったが、刃はさび、柄は短く折れていた。

ウィンキーたちは、きこりをそっと抱き上げ、黄色い城へ連れ帰った。道すがら、ドロシーは大切な友だちの痛ましい姿に涙をこぼし、ライオンも沈んだ、悲しそうな顔をしていた。城に着くと、ドロシーはウィンキーたちに言った。

「みなさんの中に、ブリキ職人さんはいる?」

「ええ、いますとも。とても腕のいい職人が何人かおります」と、みんなは答えた。

「では、その人たちを呼んできてください」とドロシーは言った。職人たちが道具を全部かごに入れてやって来ると、ドロシーは尋ねた。

「ブリキ職人たちは、三日四晩、働きつづけた。。」

「ブリキのきこりのへこんだところを直して、曲がった体を元どおりにして、壊れたところをはんだでつないでもらえますか?」

職人たちはきこりを念入りに調べ、これなら以前と同じくらい、きちんと直せそうだと答えた。そこで城の大きな黄色い部屋のひとつを仕事場にし、三日四晩、働きつづけた。ブリキのきこりの脚も胴も頭も、金づちでたたき、ねじり、曲げ、はんだづけし、磨き、また打ち直した。そうしてとうとう元の姿に戻り、関節も以前と同じように動くようになった。たしかに、つぎ当てをしたところは何か所かあったが、職人たちの仕事は見事だった。それに、きこりは見栄を張るたちではなかったので、つぎ当てなど少しも気にしなかった。

やっと歩けるようになったきこりは、ドロシーの部屋へ行き、助けてくれたお礼を言った。あまりのうれしさに喜びの涙を流したので、ドロシーは関節がさびないよう、エプロンで一粒一粒、丁寧に顔から拭き取ってやらなければならなかった。ドロシー自身も、大切な友だちとの再会がうれしくて、あとからあとから涙をこぼしたが、こちらの涙は拭き取る必要がなかった。ライオンはといえば、しっぽの先で何度も目をぬぐったものだから、しっぽがびしょびしょになってしまい、中庭へ出て、乾くまで日に当てなければならなかった。

「かかしもここに戻ってきてくれたら」と、これまでの出来事をドロシーからすっかり聞き終えたブリキのきこりは言った。「ぼくはもう、何も言うことはないんだけど。」

「探しに行かなくちゃ」とドロシーは言った。

そこでウィンキーたちに手助けを頼み、その日一日と、次の日もいくらか歩いて、空飛ぶサルたちがかかしの服を枝に放り投げた、高い木のところまでやって来た。

それはとても背の高い木で、幹はつるつるしていて、誰にも登れそうになかった。だが、きこりはすぐに言った。

「ぼくが切り倒すよ。そうすれば、かかしの服が取れる。」

さて、ブリキ職人たちがきこりの体を直していたあいだに、金細工師のウィンキーが、純金で斧の柄を作り、折れた古い柄の代わりに取りつけてくれていた。ほかの者たちは、さびがすっかり落ちるまで刃を磨いたので、磨き上げた銀のようにぴかぴかになっていた。

言うが早いか、ブリキのきこりは木を切りはじめた。ほどなく木はすさまじい音を立てて倒れ、かかしの服も枝から落ち、地面に転がった。

ドロシーは服を拾い上げ、ウィンキーたちに城へ運んでもらった。そこで、きれいなわらをたっぷり詰めると――ほら、かかしはすっかり元どおりになったではないか。助けてくれたみんなに、何度も何度もお礼を言った。

こうしてみんなが再びそろい、ドロシーと仲間たちは黄色い城で、楽しい数日を過ごした。城には、気持ちよく暮らすのに必要なものが何でもそろっていた。だがある日、ドロシーはエムおばさんを思い出して、言った。

「オズのところへ戻って、約束を果たしてもらわなくちゃ。」

「そうだね」ときこりは言った。「とうとう心がもらえるんだ。」

「ぼくも脳みそがもらえる」と、かかしがうれしそうに付け加えた。

「ぼくは勇気をもらえる」とライオンは、しみじみと言った。

「そして、わたしはカンザスへ帰れるんだわ!」とドロシーは手をたたいて叫んだ。「ねえ、明日、エメラルドの都へ出発しましょう!」

みんなは、そうすることに決めた。翌日、ウィンキーたちを呼び集めて、別れを告げた。ウィンキーたちは一行が去るのを悲しんだ。とりわけブリキのきこりが大好きになっていたので、ここに残って、自分たちと西の黄色い国を治めてほしいと頼んだ。それでも一行の決心が固いと知ると、ウィンキーたちはトトとライオンに金の首輪をひとつずつ贈った。ドロシーにはダイヤモンドをちりばめた美しい腕輪を、かかしにはつまずかずに歩けるよう金の握りのついた杖を、ブリキのきこりには金の模様をはめ込み、宝石を飾った銀の油差しを贈った。

旅の仲間たちはひとりずつ心を込めてお礼を述べ、腕が痛くなるほど、みんなと握手を交わした。

ドロシーは旅の食料をかごに詰めようと、魔女の戸棚を開けた。そこで金の帽子を見つけたので、かぶってみると、頭にぴったりだった。金の帽子の魔法については何も知らなかったが、きれいだったので、それをかぶっていくことにし、日よけ帽子のほうをかごに入れた。

こうして旅支度を終えると、一行はエメラルドの都へ向けて出発した。ウィンキーたちは三度の歓声を上げ、旅の幸運を幾重にも祈って、みんなを見送った。


覚えているだろうか。悪い魔女の城とエメラルドの都のあいだには、道らしい道どころか、小道さえなかった。四人が魔女を捜しにやって来たときには、魔女が一行を見つけ、空飛ぶサルを差し向けて連れてこさせたのだった。キンポウゲと黄色いヒナギクの広大な花畑を、自分たちで道を探して帰るのは、運んでもらうより、ずっと難しかった。もちろん、朝日の昇る東へまっすぐ進めばよいことはわかっていたし、歩きはじめの方向も合っていた。だが、昼になって太陽が真上に来ると、どちらが東で、どちらが西なのか、わからなくなった。それで、広い花畑の中で道に迷ってしまったのである。それでも一行は歩きつづけ、夜になると月が出て、明るく照らしてくれた。そこで、よい香りのする黄色い花のあいだに横になり、朝までぐっすり眠った――かかしとブリキのきこりを除いては。

翌朝、太陽は雲に隠れていた。それでもみんなは、進む方角がちゃんとわかっているかのように、また歩きはじめた。

「どんどん歩いていけば」とドロシーは言った。「いつかはきっと、どこかに着くはずよ。」

ところが、何日たっても、目の前に見えるのは黄色い花畑ばかりだった。かかしは少し不平を言いはじめた。

「やっぱり、道に迷ったんだよ」と、かかしは言った。「なんとか帰り道を見つけてエメラルドの都にたどり着かないと、ぼくはいつまでたっても脳みそがもらえない。」

「ぼくも心がもらえない」とブリキのきこりは言い切った。「オズのところへ着くまで、とても待ちきれそうにないよ。それに、どう考えたって、この旅は長すぎる。」

「ほら、ぼくにはね」と臆病なライオンは情けない声を出した。「どこにもたどり着かないのに、いつまでも歩きつづけるだけの勇気がないんだ。」

とうとうドロシーも気落ちしてしまった。草の上に腰を下ろして仲間たちを見ると、仲間たちも座り込んでドロシーを見た。トトも、生まれて初めて、頭のそばを飛んでいくチョウを追いかける気になれないほど疲れていた。そこで舌を出して、はあはあと息をしながら、これからどうするの、とでも言いたげにドロシーを見つめた。

「野ネズミたちを呼んでみたらどうかしら」とドロシーは言った。「エメラルドの都への道を、教えてくれるかもしれないわ。」

「そうだ、きっと教えてくれる!」とかかしは叫んだ。「どうして、もっと早く思いつかなかったんだろう?」

ドロシーは、野ネズミの女王にもらってから、いつも首にかけていた小さな笛を吹いた。数分もすると、小さな足音がぱたぱたと聞こえてきて、灰色の小さなネズミたちが大勢駆け寄ってきた。その中には女王もいた。女王は、細く高い小声で尋ねた。

「お友だちのみなさん、何かお役に立てることはありますか?」

「道に迷ってしまったんです」とドロシーは言った。「エメラルドの都がどこにあるか、教えていただけますか?」

「もちろんです」と女王は答えた。「でも、ずいぶん遠くに来てしまいましたね。あなたがたはずっと、都を背にして歩いていたのですから。」

そのとき女王はドロシーの金の帽子に気づき、言った。「どうして帽子の呪文を使って、空飛ぶサルを呼ばないのですか? 一時間もかからずに、オズの都へ運んでくれますよ。」

「呪文があるなんて知りませんでした」とドロシーは驚いて答えた。「どんな呪文なんですか?」

「金の帽子の内側に書いてあります」と野ネズミの女王は答えた。「でも、空飛ぶサルを呼ぶのなら、わたくしたちは逃げなくてはなりません。あのサルたちはいたずら好きで、わたくしたちをいじめるのが大好きなのです。」

「わたしにもひどいことをするんじゃないかしら?」とドロシーは心配そうに尋ねた。

「いいえ、大丈夫。帽子をかぶっている人の言いつけには、従わなければならないのです。では、ごきげんよう!」

そう言うと、女王はさっと駆け去り、姿を消した。ほかのネズミたちも、あわててそのあとを追った。

ドロシーは金の帽子の内側をのぞき、裏地に何やら言葉が書いてあるのを見つけた。これが呪文に違いないと思い、やり方を注意深く読んでから、帽子をかぶった。

「エッペ、ペッペ、カッケ!」と、左足だけで立って唱えた。

「何だって?」と、ドロシーが何をしているのかわからないかかしが尋ねた。

「ヒッロ、ホッロ、ハロー!」

今度は右足だけで立ち、ドロシーは続けた。

「やあ、こんにちは!」とブリキのきこりが、落ち着いて返事をした。

「サルたちはドロシーを抱き上げ、そのまま飛び立った。。」

「ジッジ、ズッジ、ジック!」と、今度は両足で立ってドロシーが言った。これで呪文はおしまいだった。すると、大きな鳴き声と羽ばたきの音が聞こえ、空飛ぶサルの一団がやって来た。王様はドロシーの前で深々とおじぎをして、尋ねた。

「ご命令は何でしょう?」

「エメラルドの都へ行きたいの」とドロシーは言った。「道に迷ってしまったんです。」

「お運びいたしましょう」と王様が答えるやいなや、二匹のサルがドロシーを腕に抱き、そのまま飛び立った。ほかのサルはかかしときこりとライオンを抱え、小さなサルが一匹、必死にかみつこうとするトトをつかまえて、あとを追った。

かかしとブリキのきこりは、以前、空飛ぶサルたちにひどい目にあわされたことを覚えていたので、はじめのうちはかなりおびえていた。だが、今度は危害を加えるつもりがないとわかり、やがてすっかり愉快な気分で空の旅を楽しんだ。はるか下に見える、美しい庭や森を眺めるのは、実に気持ちがよかった。

ドロシーは、とりわけ大きな二匹のサルのあいだに、ゆったりと腰かけていた。そのうちの一匹は王様だった。二匹は手を組んで椅子を作り、ドロシーを傷つけないよう気をつけていた。

「どうして金の帽子の呪文に従わなくてはいけないの?」とドロシーは尋ねた。

「話せば長くなります」と王様は笑って答えた。「ですが、まだ先は長いですから、お望みなら道中の暇つぶしにお話ししましょう。」

「ぜひ聞かせて」とドロシーは答えた。

「昔、われわれは自由でした」と王様は語りはじめた。「広い森で楽しく暮らし、木から木へ飛び移り、木の実や果物を食べ、誰を主人と呼ぶこともなく、好きなようにしていたのです。中には少々いたずらが過ぎる者もいて、舞い降りては翼のない動物のしっぽを引っ張ったり、鳥を追いかけたり、森を歩く人々に木の実を投げつけたりもしました。ですが、われわれには悩みなどなく、幸せで、愉快なことが大好きで、毎日を心ゆくまで楽しんでいました。もう何年も前、オズが雲の中から現れて、この国を治めるようになるより、ずっと昔のことです。

「そのころ、この国のはるか北のほうに、美しい王女が住んでいました。王女はたいそう力のある魔法使いでもありました。その魔法はすべて人々を助けるために使われ、善良な人に危害を加えたことなど、一度もありませんでした。名をガイレットといい、大きなルビーの塊を積み上げた、見事な宮殿に住んでいたのです。誰もが王女を愛していました。けれど王女には、自分が愛せる相手が見つからないという、大きな悲しみがありました。男たちはみな、王女ほど美しく賢い人の伴侶になるには、あまりにも愚かで、姿かたちもよくなかったのです。ところが、とうとう王女は、顔立ちがよく、男らしく、年に似合わず賢い少年を見つけました。ガイレットは、その子が大人になったら夫にしようと決め、ルビーの宮殿へ引き取りました。そして魔法の力を残らず使って、どんな女性も望まずにはいられないほど、強く、善良で、魅力のある若者に育てたのです。クエララという名のその少年は、成人するころには、国でいちばん心正しく、賢い男だと言われるようになりました。その男らしく美しい姿を、ガイレットは深く愛し、急いで結婚式の支度を整えました。

「そのころ、ガイレットの宮殿の近くの森に住む空飛ぶサルたちの王は、わたしの祖父でした。祖父はごちそうよりも、いたずらが好きだったのです。結婚式を間近に控えたある日、祖父が仲間と飛んでいると、クエララが川辺を歩いているのが見えました。桃色の絹と紫のビロードでできた豪華な衣装を身につけていたので、祖父は、ひとつからかってやろうと思ったのです。祖父がひと声かけると、仲間たちは舞い降りてクエララをつかまえ、川の真ん中まで抱えて運んでから、水の中へ落としました。

「『さあ、男前さん、泳いでごらん』と祖父は叫びました。『その服に水じみがつかなかったか、確かめるんだな』。クエララは賢い若者ですから、ちゃんと泳ぎましたし、幸運に恵まれてきたからといって、少しも甘やかされた男にはなっていませんでした。水面に顔を出すと笑い、岸まで泳いでいきました。けれどガイレットが駆けつけてみると、絹もビロードも、川の水で台なしになっていたのです。

「王女はたいへん怒りました。もちろん、誰の仕業かはわかっていましたから、空飛ぶサルを一匹残らず目の前へ連れてこさせました。そして最初は、翼を縛って、クエララにしたのと同じように、川へ放り込めと命じたのです。ですが祖父は必死で許しを乞いました。翼を縛られて川へ落とされれば、サルたちはみな溺れてしまうとわかっていたからです。クエララも優しい言葉をかけて取りなしてくれたので、とうとうガイレットは命だけは助けてくれました。ただし、それから先ずっと、空飛ぶサルは金の帽子の持ち主の命令を、三度ずつ聞かなければならないという条件をつけました。この帽子はクエララへの結婚祝いに作らせたもので、王女の国の半分にあたるほどの費用がかかったと言われています。もちろん祖父も、ほかのサルたちも、すぐにその条件をのみました。こうしてわれわれは、相手が誰であろうと、金の帽子の持ち主のために三度だけ、奴隷として仕えなければならなくなったのです。」

「それから、みんなはどうなったの?」と、話にすっかり夢中になったドロシーが尋ねた。

「金の帽子の最初の持ち主はクエララでしたから」と猿の王様は答えた。「初めてわれわれに命令したのもクエララでした。花嫁がわれわれの姿を見るのも嫌がったので、結婚したあと、森に全員を呼び集め、これからはガイレットが二度と空飛ぶサルを目にせずにすむ場所にいろ、と命じたのです。われわれもみなガイレットが怖かったので、喜んで従いました。

「それから、金の帽子が西の悪い魔女の手に渡るまでは、ほかに何もする必要はありませんでした。魔女はわれわれに命じてウィンキーたちを奴隷にし、その後、オズ自身を西の国から追い払わせました。そして今、金の帽子はあなたのものです。ですからあなたには、三度、われわれに命令する権利があるのです。」

猿の王様が話し終えたとき、ドロシーが下を見ると、行く手にはエメラルドの都の、緑に輝く城壁が見えた。サルたちの飛ぶ速さに驚きながらも、ようやく旅を終えられるのがうれしかった。サルたちは都の門の前に一行をそっと下ろした。王様はドロシーに深々とおじぎをすると、さっと飛び去り、仲間たちも残らずあとに続いた。

「楽しい空の旅だったわ」とドロシーは言った。

「うん、おかげで、あっという間に困り事も片づいた」とライオンは答えた。「きみがあのすばらしい帽子を持ってきてくれて、本当によかった!」


四人の旅人はエメラルドの都の大きな門へ歩み寄り、呼び鈴を鳴らした。何度か鳴らすと門が開き、以前会った、あの門番が顔を出した。

「おや! また戻ってきたのですか?」と門番は驚いて尋ねた。

「見てのとおりさ」とかかしは答えた。

「ですが、西の悪い魔女のところへ行ったのではありませんか。」

「ちゃんと行ってきたよ」とかかしは言った。

「それなのに、魔女が帰してくれたのですか?」と門番は不思議そうに尋ねた。

「引き止めようがなかったんだよ。溶けてしまったからね」とかかしは説明した。

「溶けた! それは、それは、実によい知らせです」と門番は言った。「いったい誰が溶かしたのです?」

「ドロシーだ」とライオンは重々しく答えた。

「なんということでしょう!」と門番は叫び、ドロシーの前で、それはそれは深く頭を下げた。

それから一行を小さな部屋へ案内し、前と同じように、大きな箱から眼鏡を取り出して、みんなの顔にかけ、鍵をかけた。その後、一行は門をくぐってエメラルドの都へ入った。西の悪い魔女を溶かしたと門番から聞いた人々は、こぞって旅の仲間たちのまわりに集まり、大群となってオズの宮殿までついてきた。

扉の前では、あの緑のひげの兵隊が相変わらず見張りに立っていたが、今度はすぐに通してくれた。美しい緑の少女が再び出迎え、偉大なオズが会ってくれるまで休めるようにと、それぞれ以前の部屋へ案内した。

兵隊は、ドロシーたちが悪い魔女を倒して戻ってきたという知らせを、すぐオズに届けさせた。だが返事はなかった。一行は、偉大な魔法使いなら、ただちに呼んでくれるものと思っていたが、呼び出しはなかった。翌日も、その翌日も、さらに次の日も、何の知らせもなかった。待つのは退屈で、気がめいるばかりだった。苦労や奴隷暮らしを味わうところへ送り出しておきながら、こんな粗末な扱いをするとは、と、とうとうみんな腹を立てた。そこでかかしは、緑の少女に頼んで、もう一度オズに伝言を届けてもらった。今すぐ会わせてくれないなら、空飛ぶサルを呼んで力を借り、約束を守るつもりがあるのか確かめさせてもらう、と。この伝言を聞いた魔法使いはひどくおびえ、翌朝九時四分に玉座の間へ来るようにと伝えた。以前、西の国で空飛ぶサルに出会ったことがあり、二度と会いたくなかったのだ。

四人の旅人は、それぞれオズが約束してくれた贈り物のことを考えながら、眠れない夜を過ごした。ドロシーだけは一度うとうとしたが、そのときカンザスにいる夢を見た。夢の中では、エムおばさんが、かわいい子が家へ帰ってきてくれて、どんなにうれしいかと話していた。

翌朝九時きっかりに、緑のひげの兵隊が迎えに来た。その四分後、一行はそろって、偉大なオズの玉座の間へ入った。

もちろん、みんなはそれぞれ、以前会ったときと同じ姿の魔法使いが現れるものと思っていた。ところが、部屋を見回しても誰もいなかったので、ひどく驚いた。みんなは扉のそばを離れず、互いにさらにぴったりと身を寄せ合った。誰もいない部屋の静けさは、これまで見たどんなオズの姿よりも、恐ろしかったからだ。

やがて、大きな丸天井のてっぺん近くのどこかから、声が聞こえてきた。その声は、厳かに言った。

「われこそはオズ、偉大にして恐ろしき者である。何の用あって、われを訪ねる?」

みんなはもう一度、部屋の隅々まで見回した。それでも誰の姿も見えなかったので、ドロシーが尋ねた。

「どこにいらっしゃるの?」

「われは、どこにでもいる」と声は答えた。「だが、普通の人間の目に、わが姿は見えぬ。話ができるよう、これより玉座に腰を下ろそう。」

たしかに、そのときから声は、玉座そのものから聞こえてくるようだった。そこで一行は玉座へ近づき、横一列に並んだ。そしてドロシーが言った。

「オズさま、約束を果たしていただきに来ました。」

「何の約束だ?」とオズは尋ねた。

「悪い魔女を倒したら、わたしをカンザスへ帰してくださると約束しました」とドロシーは言った。

「ぼくには脳みそをくださると約束しました」とかかしは言った。

「ぼくには心をくださると約束しました」とブリキのきこりは言った。

「ぼくには勇気をくださると約束しました」と臆病なライオンは言った。

「悪い魔女は、本当に滅びたのか?」と声が尋ねた。その声が、少し震えているようにドロシーには思えた。

「ええ」とドロシーは答えた。「わたしがバケツ一杯の水で溶かしました。」

「なんと」と声は言った。「ずいぶん急な話だ。では、明日また来るがよい。考える時間が必要なのだ。」

「考える時間なら、もうたっぷりあったでしょう」とブリキのきこりは怒って言った。

「もう一日だって待ちません」とかかしは言った。

「わたしたちとの約束を守ってください!」とドロシーは叫んだ。

ライオンは、この魔法使いを少し脅かしたほうがよさそうだと思い、大きな声で、ひときわ激しくほえた。その声があまりにも恐ろしかったので、トトはびっくりして飛びのき、部屋の隅にあったついたてを倒してしまった。ついたてが大きな音を立てて倒れると、みんなはそちらを向いた。そして次の瞬間、そろって目を丸くした。今までついたてに隠れていた場所に、小柄なおじいさんが立っていたのだ。頭ははげ、顔にはしわが刻まれていた。そのおじいさんも、一行に負けず劣らず驚いているらしかった。ブリキのきこりは斧を振り上げ、おじいさんへ駆け寄って叫んだ。

「おまえは誰だ?」

「わしはオズ、偉大にして恐ろしき者じゃ」と小柄なおじいさんは震える声で言った。「じゃが、たたかんでくれ――お願いじゃ、たたかんでくれ! ――何でも言うとおりにするから。」

仲間たちは、驚きと戸惑いの入り交じった目で、おじいさんを見つめた。

「オズは大きな頭だと思っていたわ」とドロシーは言った。

「ぼくは美しい女の人だと思っていた」とかかしは言った。

「ぼくは恐ろしい獣だと思っていた」とブリキのきこりは言った。

「ぼくは火の玉だと思っていたぞ」とライオンは叫んだ。

「いや、みんな違うんじゃ」とおじいさんは、しおらしく言った。「あれは、ふりをしておっただけじゃ。」

「ふりをしていたの!」とドロシーは叫んだ。「偉大な魔法使いじゃないの?」

「しっ、お嬢ちゃん」とおじいさんは言った。「そんな大きな声を出さんでおくれ。誰かに聞かれたら、わしはおしまいじゃ。わしは、偉大な魔法使いということになっておるんじゃよ。」

「でも、違うの?」とドロシーは尋ねた。

「まるっきり違うんじゃ、お嬢ちゃん。わしは、ただの人間じゃ。」

「ただの人間どころじゃない」とかかしは、悲しそうな声で言った。「きみは、いかさま師だ。」

「そのとおり!」とおじいさんは、まるでうれしいことでもあるかのように、両手をもみ合わせて言い切った。「わしはいかさま師じゃ。」

「でも、そんなの、ひどすぎる」とブリキのきこりは言った。「ぼくの心は、どうなるんだい?」

「ぼくの勇気は?」とライオンは尋ねた。

「ぼくの脳みそは?」とかかしは嘆き、上着の袖で涙をぬぐった。

「そのとおり! わしはいかさま師じゃ。。」

「親愛なる友人たちよ」とオズは言った。「どうか、そんなささいなことを言わんでおくれ。わしのことを考えてくれ。正体がばれて、どれほど困り果てておることか。」

「あなたがいかさま師だって、ほかの人は知らないの?」とドロシーは尋ねた。

「知っているのは、おまえさんたち四人と、わしだけじゃ」とオズは答えた。「長いことみんなをだましてきたから、ずっとばれずにすむものと思っておった。おまえさんたちを玉座の間へ通したのが、大きな間違いじゃった。ふだんは、この国の者にさえ会わんことにしておる。それでみんな、わしを恐ろしいものだと思っているのじゃ。」

「でも、わからないわ」とドロシーは困惑して言った。「どうして、わたしには大きな頭に見えたの?」

「あれは、わしの仕掛けのひとつじゃ」とオズは答えた。「さあ、こちらへおいで。何もかも説明しよう。」

オズは玉座の間の奥にある小さな部屋へ案内し、みんなもあとについていった。オズが指さした隅には、大きな頭が置いてあった。紙を何重にも重ねて作られ、顔が丁寧に描いてあった。

「これを針金で天井からつるしたのじゃ」とオズは言った。「わしはついたての後ろに立ち、糸を引いて、目を動かしたり口を開けたりしていたのじゃよ。」

「でも、声はどうしたの?」とドロシーは尋ねた。

「ああ、わしは腹話術師でな」とおじいさんは言った。「自分の声を、好きな場所から聞こえるようにできるんじゃ。だから、お嬢ちゃんには、あの頭がしゃべっているように思えたのじゃよ。ほれ、ほかの者をだますのに使ったものも、ここにある。」

オズはかかしに、美しい女性に見せかけたときに着ていたドレスと仮面を見せた。ブリキのきこりには、あの恐ろしい獣の正体がわかった。ただ何枚もの毛皮を縫い合わせ、横がつぶれないよう、薄い板を入れたものだったのだ。火の玉も、にせ魔法使いが天井からつるしていたものだった。実は綿を丸めただけだったが、油を注ぐと激しく燃えた。

「まったく」とかかしは言った。「こんないかさまをして、恥ずかしいと思わなくちゃ。」

「思っておるとも、実に恥ずかしい」とおじいさんは悲しそうに答えた。「じゃが、そうするより仕方がなかったんじゃ。さあ、座っておくれ。椅子ならたくさんある。わしの身の上を話そう。」

そこでみんなは腰を下ろし、オズの話に耳を傾けた。

「わしはオマハで生まれてな――」

「あら、カンザスからそんなに遠くないわ!」とドロシーは叫んだ。

「そうじゃな。じゃが、ここからはずっと遠い」とオズは、ドロシーに向かって悲しげに首を振った。「大人になると腹話術師になり、名人について、みっちり修業を積んだ。どんな鳥や獣の声でも、まねができるのじゃよ。」

そこで子ネコそっくりの声で鳴いてみせたので、トトは耳をぴんと立て、どこにいるのかと、あたりを見回した。「しばらくするとな」とオズは続けた。「それにも飽きて、気球乗りになったのじゃ。」

「それは何をする人?」とドロシーは尋ねた。

「サーカスのある日に気球で空へ上がり、見物人を大勢集めて、入場料を払ってサーカスを見てもらうようにする人間じゃ」とオズは説明した。

「ああ」とドロシーは言った。「わかったわ。」

「さて、ある日、気球で上がったところ、綱がねじれてしまって、下りられなくなったのじゃ。気球は雲のはるか上まで昇り、とうとう上空の風に乗って、何マイルも何マイルも遠くへ運ばれていった。わしは一昼夜、空を旅した。二日目の朝、目を覚ますと、気球は見知らぬ美しい国の上を漂っておった。

「気球はゆっくり下りたので、わしはけがひとつしなかった。じゃが、まわりには見知らぬ人々が大勢おった。わしが雲から降りてきたのを見て、偉大な魔法使いだと思い込んだのじゃ。もちろん、わしはそのまま、そう思わせておいた。みんなわしを恐れ、望むことは何でもしてくれると約束したからのう。

「ちょっとした楽しみになればと思い、それに親切な人たちの手を遊ばせておくのも何だから、この都と宮殿を建てるよう命じたのじゃ。みんな、喜んで立派に仕上げてくれた。あたりが緑にあふれて美しかったので、エメラルドの都と名づけることにした。さらに、その名にふさわしくなるように、みんなに緑の眼鏡をかけさせ、何もかも緑に見えるようにしたのじゃよ。」

「でも、ここにあるものは、本当に全部緑なんじゃないの?」とドロシーは尋ねた。

「ほかの町と変わらんよ」とオズは答えた。「じゃが、緑の眼鏡をかけていれば、当然、見るものは何でも緑に見える。エメラルドの都を建てたのは、もうずいぶん昔のことじゃ。気球でここへ来たとき、わしは若者じゃったが、今ではすっかり年老いてしまった。国の人々も、あまりに長く緑の眼鏡をかけておるものだから、大半の者は、ここが本当にエメラルドの都なのだと思っておる。たしかに美しい場所ではあるよ。宝石や貴金属、それに幸せに暮らすのに必要な、よいものが何でもそろっておる。わしは人々に親切にしてきたし、みんなもわしを好いてくれておる。じゃが、この宮殿が建ってからは、ずっと閉じこもって、誰にも会わんようにしてきたのじゃ。

「とりわけ恐ろしかったのは魔女たちじゃった。わしには魔法の力など少しもないのに、魔女たちは本当に不思議なことができると、すぐにわかったからじゃ。この国には四人の魔女がおり、それぞれ北と南と東と西に住む人々を治めておった。幸い、北と南の魔女はよい魔女で、わしに危害を加えないとわかっておった。じゃが、東と西の魔女はひどく邪悪でな。わしが自分たちより強いと思っていなければ、きっと殺されていたじゃろう。それでもわしは長年、身のすくむ思いで魔女たちを恐れて暮らしてきた。じゃから、お嬢ちゃんの家が東の悪い魔女の上に落ちたと聞いて、どんなにうれしかったか、わかるじゃろう。お嬢ちゃんが訪ねてきたとき、もうひとりの魔女も片づけてくれるのなら、何でも約束するつもりじゃった。じゃが、こうして溶かしてくれた今、恥ずかしい話じゃが、わしには約束を果たせんのじゃ。」

「あなたって、とても悪い人だと思うわ」とドロシーは言った。

「いやいや、お嬢ちゃん。わしは、本当はとてもよい人間なのじゃ。ただ、魔法使いとしては、とんでもない落第者じゃと認めねばならん。」

「ぼくに脳みそはくれないの?」とかかしは尋ねた。

「おまえさんには必要ない。毎日、何かを学んでおるではないか。赤ん坊には脳みそがあるが、ほとんど何も知らん。知識をもたらすのは経験だけじゃ。そして、長く生きれば生きるほど、経験は必ず増えてゆく。」

「たしかに、そうかもしれない」とかかしは言った。「でも、脳みそをもらえなければ、ぼくは悲しくてたまらないよ。」

にせ魔法使いは、かかしをじっと見つめた。

「よかろう」と、ため息をついて言った。「さっきも言ったように、魔法使いとしては大した腕ではない。じゃが、明日の朝、ここへ来れば、頭に脳みそを詰めてやろう。ただし、使い方までは教えられんぞ。それは自分で見つけるのじゃ。」

「ああ、ありがとう――本当にありがとう!」とかかしは叫んだ。「使い方なら、自分で見つけるよ。心配しないで!」

「それで、ぼくの勇気は?」とライオンは不安そうに尋ねた。

「おまえさんには、勇気なら十分にあるはずじゃ」とオズは答えた。「足りないのは、自分を信じる心だけじゃ。危険を目の前にして、怖くならない生き物などおらん。怖くても危険に立ち向かうのが、本当の勇気というものじゃ。そして、その勇気なら、おまえさんはたっぷり持っておる。」

「そうかもしれないけれど、やっぱり怖いんだ」とライオンは言った。「怖いということを忘れさせてくれる勇気をもらわなければ、ぼくは本当に悲しくてたまらないよ。」

「よかろう。明日、その勇気をやろう」とオズは答えた。

「ぼくの心はどうなるの?」とブリキのきこりは尋ねた。

「ああ、心か」とオズは答えた。「それなら、欲しがるほうが間違っておると思うがのう。心というものは、たいていの人を不幸にする。おまえさんは気づいておらんが、心を持たずにすんでいるのは幸運なのじゃよ。」

「それは考え方次第だと思う」とブリキのきこりは言った。「ぼくなら、心さえもらえれば、どんな不幸も文句ひとつ言わずに引き受けるよ。」

「わかった」とオズはおとなしく答えた。「明日ここへ来るがよい。心をやろう。もう何年も魔法使いを演じてきたんじゃ。もう少し続けても、かまわんじゃろう。」

「それじゃあ」とドロシーは言った。「わたしはどうしたらカンザスへ帰れるの?」

「それは、考えねばならんのう」とおじいさんは答えた。「二、三日、考える時間をおくれ。砂漠を越えておまえさんを運ぶ方法を、なんとか見つけてみよう。そのあいだは、みんなわしの客人じゃ。宮殿にいるかぎり、国の者たちが世話をし、どんな小さな望みでもかなえてくれる。わしが力を貸す代わりに――大した力ではないが――頼みたいことが、ひとつだけある。わしの秘密を守り、いかさま師だということは誰にも言わんでおくれ。」

みんなは、知ったことは何も口にしないと約束し、晴れやかな気分で自分たちの部屋へ戻った。ドロシーさえも、自分が「偉大にして恐ろしきいかさま師」と呼ぶその人が、カンザスへ帰す方法を見つけてくれるのではないかと、希望を持った。もしそうしてくれるなら、何もかも許すつもりだった。


翌朝、かかしは仲間たちに言った。

「お祝いしてくれよ。とうとうオズのところへ、脳みそをもらいに行くんだ。帰ってくるころには、ぼくもほかの人たちと同じになっているよ。」

「わたしは今までのあなたが、ずっと好きだったわ」とドロシーは素直に言った。

「かかしを好きでいてくれるなんて、きみは優しいね」と、かかしは答えた。「でも、新しい脳みそが生み出す、すばらしい考えを聞いたら、きっともっとぼくを好きになってくれるよ。」

それから、かかしは陽気な声でみんなに別れを告げ、玉座の間へ行き、扉をたたいた。

「入りなさい」とオズは言った。

かかしが中へ入ると、小柄なおじいさんは窓辺に座り、深く考え込んでいた。

「脳みそをもらいに来たんだけど」と、かかしは少し不安そうに言った。

「ああ、そうじゃったな。そこの椅子にお座り」とオズは答えた。「すまんが、頭を外させてもらうぞ。脳みそを正しい場所に入れるには、そうせねばならんのでな。」

「かまわないよ」とかかしは言った。「つけ直したときに、もっとよい頭になっているのなら、どうぞ遠慮なく外してくれ。」

そこで魔法使いは、かかしの頭を外し、中のわらを全部出した。それから奥の部屋へ入り、ふすま[訳注:小麦をひいたときに出る皮などのくず]を一杯取り、たくさんのピンや針と混ぜ合わせた。よく振ってかき混ぜると、その混ぜ物をかかしの頭の上のほうへ詰め、動かないように、残りの隙間にはわらを詰めた。そうして頭を体につけ直すと、かかしに言った。

「これから、おまえさんは立派な人物になるぞ。ふすま入りの、まっさらな脳みそを、たっぷり入れてやったからな[訳注:原文では「ふすま」を表すbranと「真新しい」を表すbrand-newをかけている]。」

いちばんの願いがかなったかかしは、うれしくて、誇らしくてたまらなかった。オズに心からお礼を言い、仲間たちのところへ戻った。

ドロシーは興味深そうに、かかしを見つめた。頭のてっぺんが、脳みそで大きく膨らんでいた。

「どんな気分?」とドロシーは尋ねた。

「『本当に賢くなった気がするよ』とかかしは言った。。」

「本当に賢くなった気がするよ」と、かかしは真剣に答えた。「この脳みそに慣れたら、何でもわかるようになるだろうな。」

「どうして頭から針やピンが突き出しているんだい?」とブリキのきこりは尋ねた。

「頭の切れが鋭い証拠さ」とライオンは言った。

「さて、ぼくもオズのところへ行って、心をもらわなくちゃ」と、きこりは言った。そして玉座の間へ歩いていき、扉をたたいた。

「入りなさい」とオズが呼びかけたので、きこりは中へ入り、言った。

「心をもらいに来ました。」

「よかろう」とおじいさんは答えた。「じゃが、心を正しい場所へ入れるには、胸に穴を開けねばならん。痛くなければよいのじゃが。」

「大丈夫です」ときこりは答えた。「何も感じませんから。」

そこでオズは、ブリキを切るはさみを持ってきて、きこりの左胸に、小さな四角い穴を開けた。それから引き出しのついたたんすへ行き、かわいらしい心を取り出した。すっかり絹でできていて、中にはおがくずが詰めてあった。

「きれいじゃろう?」とオズは尋ねた。

「本当に!」と、きこりは大喜びで答えた。「でも、優しい心ですか?」

「もちろん、とびきり優しいとも!」とオズは答えた。そしてきこりの胸に心を入れ、切り取った四角いブリキを元に戻し、切り口をきれいにはんだづけした。

「さあ」とオズは言った。「これでおまえさんにも、誰だって誇りに思うような心ができたぞ。胸につぎ当てをしてすまんが、こればかりは仕方がなかったのじゃ。」

「つぎ当てなんて、かまいません」と、幸せいっぱいのきこりは叫んだ。「本当にありがとうございます。このご親切は、一生忘れません。」

「礼には及ばんよ」とオズは答えた。

それからブリキのきこりは仲間たちのもとへ戻り、みんなはその幸運を喜び、心から祝った。

今度はライオンが玉座の間へ歩いていき、扉をたたいた。

「入りなさい」とオズは言った。

「勇気をもらいに来ました」とライオンは部屋へ入りながら告げた。

「よかろう」とおじいさんは答えた。「持ってきてやろう。」

オズは戸棚へ行き、高い棚へ手を伸ばして、四角い緑の瓶を下ろした。そして美しい彫刻の施された、緑がかった金の皿に、中身を注いだ。それを臆病なライオンの前へ置くと、ライオンは気に入らないらしく鼻を近づけて、くんくんとにおいをかいだ。魔法使いは言った。

「飲みなさい。」

「これは何ですか?」とライオンは尋ねた。

「そうじゃな」とオズは答えた。「おまえさんの体の中に入れば、勇気じゃよ。もちろん知ってのとおり、勇気とは、いつも人の内にあるものじゃ。だから、飲み込むまでは、まだ勇気とは呼べんのじゃよ。そういうわけで、なるべく早く飲むことを勧めるぞ。」

ライオンはもうためらわず、皿が空になるまで飲み干した。

「さて、どんな気分じゃ?」とオズは尋ねた。

「勇気が満ちあふれています」とライオンは答え、うれしそうに仲間たちのところへ戻って、自分の幸運を知らせた。

ひとり残ったオズは、かかしとブリキのきこりとライオンに、それぞれが欲しいと思っていたものを、うまく与えてやれたと考え、にっこりした。「いかさま師にもなるというものじゃ」とオズは言った。「誰が考えてもできっこないことを、みんながわしにやらせようとするんじゃからな。かかしもライオンもきこりも、わしには何でもできると思い込んでいたから、幸せにしてやるのは簡単じゃった。じゃが、ドロシーをカンザスへ帰すには、思い込みだけではすまん。どうすればよいのか、わしにはさっぱりわからん。」


三日間、ドロシーにはオズから何の知らせもなかった。仲間たちはみんな幸せで満ち足りていたが、ドロシーにとっては悲しい日々だった。かかしは、自分の頭にはすばらしい考えが詰まっていると言ったが、どんな考えかは話そうとしなかった。自分以外には理解できないとわかっていたからだ。ブリキのきこりは歩き回るたびに、胸の中で心がかたかた鳴るのを感じた。そして、生身の人間だったころに持っていた心より、ずっと優しく、思いやりのある心だとわかったと、ドロシーに話した。ライオンは、この世に怖いものはひとつもないと宣言し、人間の軍隊でも、恐ろしいカリダーが一ダースいても、喜んで立ち向かってみせると言った。

こうして小さな一行は、ドロシーを除いてみな満足していた。ドロシーだけは、以前にも増してカンザスへ帰りたくてたまらなかった。

四日目、待ちに待ったオズの呼び出しがあり、ドロシーは大喜びした。玉座の間へ入ると、オズは愛想よく言った。

「お座り、お嬢ちゃん。この国から出してやる方法が、見つかったようじゃよ。」

「カンザスへ帰れるの?」とドロシーは身を乗り出した。

「いや、カンザスとなると、確かなことは言えん」とオズは言った。「どちらの方角にあるのか、見当もつかんのでな。じゃが、まずは砂漠を越えることじゃ。それさえできれば、家へ帰る道も簡単に見つかるはずじゃ。」

「どうやって砂漠を越えるの?」とドロシーは尋ねた。

「では、わしの考えを話そう」とおじいさんは言った。「ほれ、わしは気球でこの国へ来たじゃろう。お嬢ちゃんも竜巻に運ばれて、空を通ってきた。じゃから砂漠を越えるには、空を行くのがいちばんよいと思うのじゃ。さて、竜巻を起こす力など、わしには到底ない。じゃが、いろいろ考えた末、気球なら作れそうだと思ってな。」

「どうやって?」とドロシーは尋ねた。

「気球というものはな」とオズは言った。「絹でできておって、中のガスが漏れぬよう、のりが塗ってあるのじゃ。宮殿には絹がたっぷりあるから、気球を作ること自体は難しくない。じゃが、この国には、気球を浮かべるために中へ入れるガスが、どこにもないのじゃ。」

「浮かばないんだったら」とドロシーは言った。「作っても役に立たないわ。」

「そのとおりじゃ」とオズは答えた。「じゃが、浮かべる方法は、もうひとつある。熱い空気を入れるのじゃ。熱い空気はガスほど具合がよくない。空気が冷えると気球は下がって、砂漠へ落ちてしまうからのう。そうなったら、ふたりとも助からん。」

「ふたりとも!」とドロシーは叫んだ。「わたしと一緒に行くの?」

「もちろんじゃ」とオズは答えた。「こんないかさま師でいるのは、もううんざりじゃ。宮殿の外へ出れば、わしが魔法使いでないことなど、国の者たちにすぐ見破られてしまう。そうなれば、だましたといって腹を立てるじゃろう。だから一日じゅう、この部屋に閉じこもっておらねばならん。退屈でかなわんよ。お嬢ちゃんとカンザスへ帰って、またサーカスで働くほうが、よほどいい。」

「一緒に来てくれるなら、うれしいわ」とドロシーは言った。

「ありがとう」とオズは答えた。「では、絹を縫い合わせるのを手伝ってくれるかのう。さっそく気球作りに取りかかろう。」

そこでドロシーは針と糸を手に取り、オズが絹の布を細長く、ちょうどよい形に切るそばから、きれいに縫い合わせていった。まず薄緑の絹、その次は濃い緑、その次はエメラルド色という具合だった。オズは、身のまわりの緑色に濃淡をつけて、気球を作りたかったのだ。全部の布を縫い合わせるのに三日かかったが、でき上がったときには、長さ二十フィートを超える、大きな緑の絹袋になっていた。

それからオズは、空気が漏れないよう、内側に薄めたのりを塗った。そして、これで気球は完成だと告げた。

「じゃが、乗り込むかごが必要じゃな」とオズは言った。そこで緑のひげの兵隊に、大きな洗濯かごを持ってこさせ、何本もの綱で気球の下につないだ。

すべての準備が整うと、オズは国の人々に、雲の中に住む偉大な仲間の魔法使いを訪ねることになったと知らせた。その話はたちまち都じゅうに広まり、みんながその不思議な光景を見ようと集まってきた。

オズは気球を宮殿の前へ運び出すよう命じた。人々は、物珍しそうにそれを眺めた。ブリキのきこりは、すでに山のような薪を切っており、それに火をつけた。オズは気球の下の口を火の上にかざし、立ち昇る熱い空気が絹の袋に入るようにした。気球は次第に膨らみ、空中へ浮き上がって、ついには、かごがかろうじて地面に触れるだけになった。

そこでオズはかごに乗り込み、人々に向かって大きな声で言った。

「われはこれより、友を訪ねる旅に出る。留守のあいだは、かかしがこの国を治める。われに従うのと同じように、かかしに従うよう命じる。」

このころには、気球は地面につないだ綱を、ぐいぐい引っ張っていた。中の空気が熱く、外の空気よりずっと軽くなっていたので、空へ昇ろうとする力が強くなっていたのだ。

「さあ、ドロシー!」と魔法使いは叫んだ。「急ぐんじゃ。気球が飛んでいってしまうぞ!」

「トトがどこにもいないの」とドロシーは答えた。大切な小犬を置いていくわけにはいかなかった。トトは子ネコにほえようと、人混みの中へ駆け込んでいたのだ。ドロシーはようやく見つけると、抱き上げて気球へ走った。

あと数歩というところまで来て、オズがかごへ引き上げようと両手を差し出した、そのときだった。ぷつん! 綱が切れ、気球はドロシーを残して空へ舞い上がった。

「戻ってきて!」とドロシーは叫んだ。「わたしも行きたいの!」

「戻れんのじゃ、お嬢ちゃん」とオズはかごから呼びかけた。「さようなら!」

「さようなら!」と人々も叫んだ。みんなが空を見上げる中、魔法使いを乗せたかごは、刻一刻と、はるか高くへ昇っていった。

みんなが偉大な魔法使いオズの姿を見たのは、これが最後だった。もっとも、オズは無事にオマハへたどり着き、今もそこにいるのかもしれない。そこは誰にもわからない。それでも人々は、いつまでもオズを慕い、互いにこう言い合った。

「オズはいつも、われわれの友だった。ここにいるあいだに、この美しいエメラルドの都を築いてくださった。そして去るにあたっては、賢いかかしを、われわれの統治者として残してくださった。」

それでも人々は何日ものあいだ、偉大な魔法使いを失ったことを嘆き、慰められることはなかった。


カンザスの家へ帰る望みが消えてしまい、ドロシーは激しく泣いた。けれど、よくよく考えてみると、気球で飛んでいかなくてよかったとも思った。それに、オズがいなくなってしまったのが悲しかった。仲間たちも同じ気持ちだった。

ブリキのきこりがやって来て、言った。

「こんなすてきな心をくれた人がいなくなったのに、悲しまないなんて、本当に恩知らずだよ。オズが去ってしまったから、少し泣きたいんだ。さびないように、涙を拭いてくれないかな。」

「もちろんよ」とドロシーは答え、すぐにタオルを持ってきた。ブリキのきこりが数分間泣くあいだ、ドロシーは涙を注意深く見守り、タオルで拭き取ってやった。泣き終えると、きこりは丁寧にお礼を言い、万一に備えて、宝石つきの油差しで全身に念入りに油を差した。

今や、かかしはエメラルドの都の統治者だった。魔法使いではなかったが、人々はかかしを誇りに思っていた。「だって」と人々は言った。「詰め物でできた人が治めている都なんて、世界じゅうのどこにも、ほかにはないんだから。」

そして人々の知るかぎり、それはまったくそのとおりだった。

オズを乗せた気球が飛んでいった翌朝、四人の旅の仲間は玉座の間へ集まり、これからのことを話し合った。かかしは大きな玉座に座り、ほかのみんなは、その前にうやうやしく立っていた。

「ぼくたちも、そう運が悪いわけじゃない」と新しい統治者は言った。「この宮殿もエメラルドの都も、ぼくたちのものだし、好きなようにできるんだからね。ほんの少し前までは、お百姓さんのトウモロコシ畑で棒に掛かっていたのに、今はこの美しい都を治めている。そう考えると、ぼくは自分の境遇に大満足だよ。」

「ぼくも」とブリキのきこりは言った。「新しい心が、とても気に入っている。本当に、ぼくがこの世で欲しかったものは、それだけだったんだ。」

「ぼくとしては、これまで生きたどんな獣にも負けないほど勇敢になれたとわかって、満足しているよ。もっと勇敢なくらいかもしれないけれど」とライオンは控えめに言った。

「かかしは大きな玉座に座っていた。。」

「ドロシーさえ、エメラルドの都で暮らすことに満足してくれれば」とかかしは続けた。「みんな一緒に幸せになれるんだけどな。」

「でも、わたしはここで暮らしたくないの」とドロシーは叫んだ。「カンザスへ帰って、エムおばさんとヘンリーおじさんと暮らしたいのよ。」

「それなら、どうしたらいいんだろう?」ときこりは尋ねた。

かかしは、考えてみることにした。あまりにも一生懸命考えたので、脳みそからピンや針が突き出しはじめた。とうとう、かかしは言った。

「空飛ぶサルを呼んで、砂漠の向こうへ運んでもらったらどうだろう?」

「思いつかなかったわ!」とドロシーは喜んで言った。「それがいいわね。すぐに金の帽子を取ってくるわ。」

金の帽子を玉座の間へ持ってくると、ドロシーは魔法の言葉を唱えた。ほどなく空飛ぶサルの一団が、開いた窓から飛び込んできて、ドロシーのそばに並んだ。

「われわれをお呼びになるのは、これで二度目です」と猿の王様は、ドロシーにおじぎをして言った。「何をお望みでしょう?」

「わたしをカンザスへ運んでほしいの」とドロシーは言った。

だが猿の王様は首を横に振った。

「それはできません」と王様は言った。「われわれはこの国だけの生き物で、ここを離れることはできないのです。今まで、カンザスに空飛ぶサルがいたことは一度もありませんし、これからもないでしょう。そこは、われわれの住むところではありませんから。できることなら、何でも喜んでお力になります。ですが、砂漠を越えることはできません。では、さようなら。」

猿の王様はもう一度おじぎをすると、翼を広げ、窓から飛び去った。仲間たちも残らずあとに続いた。

ドロシーはがっかりして、今にも泣き出しそうだった。

「金の帽子の呪文を、むだに使ってしまったわ」とドロシーは言った。「空飛ぶサルには、助けてもらえないんだもの。」

「本当に残念だね!」と心の優しいきこりは言った。

かかしはまた考え込んでいた。頭があまりにも大きく膨らんだので、ドロシーは破裂するのではないかと心配になった。

「緑のひげの兵隊を呼んで」とかかしは言った。「知恵を借りてみよう。」

そこで兵隊が呼ばれ、おずおずと玉座の間へ入ってきた。オズが健在だったころは、扉の先へ入ることを一度も許されなかったのだ。

「この子は」とかかしは兵隊に言った。「砂漠を越えたいんだ。どうしたらいいだろう?」

「わたしにはわかりません」と兵隊は答えた。「砂漠を越えた者など、オズさまのほかには、誰もいないのですから。」

「誰か、わたしを助けてくれる人はいないの?」とドロシーは懸命に尋ねた。

「グリンダさまなら、できるかもしれません」と兵隊は言った。

「グリンダって誰だい?」とかかしは尋ねた。

「南の魔女です。すべての魔女の中で最も強い力を持ち、クアドリングたちを治めています。それに、お城は砂漠のすぐそばにありますから、越える方法をご存じかもしれません。」

「グリンダは、よい魔女なのよね?」とドロシーは尋ねた。

「クアドリングたちは、よい魔女だと思っています」と兵隊は言った。「誰にでも親切ですしね。長い年月を生きていらっしゃいますが、若さを保つすべをご存じの、美しい方だと聞いています。」

「どうしたら、そのお城へ行けるの?」とドロシーは尋ねた。

「道は、まっすぐ南へ続いています」と兵隊は答えた。「ですが、旅人には危険の多い道だと言われています。森には野獣がいますし、よそ者が自分たちの国を通るのを嫌う、奇妙な人々もいます。そのため、クアドリングは誰もエメラルドの都へ来ないのです。」

兵隊が退出すると、かかしは言った。

「危険はあっても、ドロシーは南の国へ行って、グリンダに助けを頼むのが、いちばんよさそうだね。ここにいたって、カンザスへは帰れないんだから。」

「また、よく考えたんだね」とブリキのきこりは言った。

「うん、考えたよ」とかかしは答えた。

「ぼくはドロシーと一緒に行く」とライオンは言い切った。「この都には飽きたし、また森や野原へ行きたいんだ。ほら、ぼくは本来、野生の獣だからね。それにドロシーには、守ってくれる仲間が必要だろう。」

「そのとおりだ」ときこりはうなずいた。「ぼくの斧が役に立つかもしれない。だから、ぼくも一緒に南の国へ行くよ。」

「いつ出発しようか?」とかかしは尋ねた。

「きみも行くのかい?」とみんなは驚いた。

「もちろん。ドロシーがいなかったら、ぼくは脳みそを手に入れられなかった。トウモロコシ畑の棒から下ろしてくれて、エメラルドの都へ連れてきてくれたんだからね。ぼくの幸運は、何もかもドロシーのおかげだ。だから、ちゃんとカンザスへ帰っていくまで、そばを離れないよ。」

「ありがとう」とドロシーは感謝を込めて言った。「みんな、本当に親切ね。でも、できるだけ早く出発したいわ。」

「明日の朝、出かけよう」とかかしは答えた。「さあ、みんなで支度をしよう。長い旅になるからね。」


翌朝、ドロシーはかわいい緑の少女に別れのキスをした。そして一行は、門まで見送りに来てくれた緑のひげの兵隊と、みんなで握手を交わした。門番はまた一行を見て、こんな美しい都を出て、わざわざ新しい苦労をしに行くとは、とたいへん不思議がった。それでもすぐに眼鏡の鍵を外し、緑の箱へ戻すと、旅の幸運を幾重にも祈ってくれた。

「今や、あなたはわれわれの統治者です」と門番はかかしに言った。「どうぞ、できるだけ早くお戻りください。」

「できるなら、必ず戻るよ」とかかしは答えた。「でも、その前に、ドロシーが家へ帰れるよう手伝わなくちゃ。」

ドロシーは気のよい門番に最後の別れを告げながら、言った。

「このすてきな都では、本当によくしていただきました。みなさん、とても親切でした。どんなにありがたかったか、とても言葉では言い表せません。」

「そんなことは、言わなくていいのですよ」と門番は答えた。「わたしたちは、あなたにずっといてほしいのです。ですが、カンザスへ帰るのが望みなら、その方法が見つかるよう祈っています。」

それから門番が外壁の門を開けると、一行は外へ歩み出し、旅を始めた。

仲間たちが南の国へ顔を向けると、明るい日差しが降り注いでいた。みんな最高の気分で、笑ったり、おしゃべりしたりしながら進んだ。ドロシーの胸には、家へ帰れるという希望が再びいっぱいになっていた。かかしとブリキのきこりは、ドロシーの役に立てるのがうれしかった。ライオンは新鮮な空気をうれしそうにかぎ、また野外へ出られた喜びに、しっぽを左右に振っていた。トトも一行のまわりを走り、ガやチョウを追いかけて、楽しそうにほえつづけた。

「都暮らしは、ぼくにはまるで向かないね」と、足取りも軽く歩きながらライオンは言った。「あそこにいたあいだに、ずいぶんやせてしまった。今は、ほかの獣たちに、どれほど勇敢になったか見せる機会が、待ち遠しいよ。」

「枝がしなり、かかしの体に巻きついた。。」

ここで一行は振り返り、エメラルドの都を最後にもう一度眺めた。見えるのは、緑の城壁の向こうにひしめく塔や尖塔と、ひときわ高くそびえるオズの宮殿の尖塔と丸屋根だけだった。

「考えてみれば、オズも、そんなに悪い魔法使いじゃなかったね」とブリキのきこりは、胸の中で心がかたかた鳴るのを感じながら言った。

「ぼくに脳みそをくれる方法を知っていたし、それも、とてもよい脳みそだった」とかかしは言った。

「ぼくにくれたのと同じ勇気を、自分も一杯飲んでおけば」とライオンが付け加えた。「オズだって勇敢な男になれたのにな。」

ドロシーは何も言わなかった。オズは自分との約束を守れなかったけれど、精いっぱいやってくれたのだから、もう許していた。本人が言ったとおり、魔法使いとしては駄目でも、よい人間だったのだ。

一日目は、エメラルドの都のまわりに、どこまでも広がる緑の野原と色鮮やかな花々のあいだを進んだ。その夜は、頭上に星だけを仰いで草の上に寝たが、実によく休むことができた。

朝になるとまた歩きつづけ、やがて深い森へ行き着いた。森は左右どちらにも、見渡すかぎり続いているようで、迂回することはできなかった。それに道に迷うのが怖かったので、旅の方角を変える気にもなれなかった。そこで一行は、森へ入りやすそうな場所を探した。

先頭に立っていたかかしは、とうとう、枝が広々と張り出して、その下をみんなで通れそうな大木を見つけた。そこで木へ歩み寄ったが、いちばん手前の枝の下へ入ったとたん、枝がしなって体に巻きついた。次の瞬間、かかしは宙へ持ち上げられ、仲間たちのほうへ頭から放り投げられた。

かかしはけがこそしなかったが、びっくりした。ドロシーが起こしてやったときには、少し目を回しているようだった。

「こっちにも、木のあいだに隙間があるぞ」とライオンが呼んだ。

「まず、ぼくに試させて」とかかしは言った。「ぼくなら、放り投げられても痛くないからね。」

そう言いながら別の木へ近づいたが、枝はたちまちかかしをつかまえ、また元のところへ投げ返した。

「おかしなこと!」とドロシーは叫んだ。「どうしましょう?」

「木々はぼくたちと戦って、旅を邪魔するつもりらしい」とライオンは言った。

「ぼくが試してみよう」ときこりは言い、斧を肩に担ぐと、最初にかかしをひどい目にあわせた木へ、ずんずん歩いていった。太い枝がつかまえようとしなってきたので、きこりは思いきり斧を振り下ろし、一刀で切り落とした。たちまち木は、痛みにもだえるようにすべての枝を震わせ、ブリキのきこりは無事にその下を通り抜けた。

「さあ、来るんだ!」ときこりはみんなに叫んだ。「早く!」

みんなは走り出し、けがもなく木の下を通り抜けた。ただトトだけは細い枝につかまり、激しく揺さぶられて悲鳴を上げた。だが、きこりがすぐに枝を切り落とし、小犬を助け出した。

森のほかの木々は、一行の邪魔をしようとしなかった。そこでみんなは、枝を曲げられるのは入口に並んだ木だけなのだろうと考えた。きっと森の警察官で、よそ者を入れないよう、あの不思議な力を与えられているのだ。

四人の旅人は木々のあいだを難なく歩き、森の反対側の端まで来た。そこで目の前に高い壁が現れたので、みんなは驚いた。どうやら白い陶器でできているらしく、皿の表面のようにつるつるしていて、一行の背丈より高かった。

「今度はどうしましょう?」とドロシーは尋ねた。

「ぼくがはしごを作るよ」とブリキのきこりは言った。「どうしたって、この壁を越えなくちゃならないからね。」


きこりが森で見つけた木を使ってはしごを作るあいだ、ドロシーは横になって眠った。長い道のりを歩いて、疲れていたのだ。ライオンも丸くなって眠り、トトはそのそばに寝そべった。

かかしは、きこりの仕事ぶりを眺めながら言った。

「どうしてここに壁があるのか、何でできているのか、さっぱりわからないな。」

「脳みそを休ませて、壁のことは気にしないでおきなよ」ときこりは答えた。「越えてみれば、向こうに何があるかわかるさ。」

しばらくすると、はしごが完成した。見た目は不格好だったが、丈夫だし、十分役に立つとブリキのきこりは確信していた。かかしはドロシーとライオンとトトを起こし、はしごができたと知らせた。最初に登ったのはかかしだったが、あまりに足もとがおぼつかなかったので、ドロシーがすぐ後ろからついていき、落ちないよう支えてやらなければならなかった。壁の上へ頭を出すと、かかしは言った。

「おや、まあ!」

「先へ進んでよ」とドロシーは声を上げた。

そこでかかしはもう少し登り、壁の上に腰を下ろした。ドロシーも頭を出すと、叫んだ。

「あら、まあ!」と、かかしとまったく同じように。

続いてトトが上がってきて、すぐにほえはじめたが、ドロシーが静かにさせた。

次にライオンがはしごを登り、最後にブリキのきこりが来た。だが、ふたりとも壁の向こうを見たとたん、「おや、まあ!」と叫んだ。みんなで壁の上に一列に座って見下ろすと、そこには不思議な光景が広がっていた。

「そこにいる人々は、みんな陶器でできていた。。」

目の前には、大きな盛り皿の底のように、なめらかで、つやつやした白い地面が、どこまでも広がっていた。あちこちに家がたくさん点在していたが、すべて陶器でできていて、ひときわ鮮やかな色で塗られていた。どの家も、とても小さく、いちばん大きなものでも、ドロシーの腰ほどの高さしかなかった。かわいい小さな納屋もあり、まわりには陶器の柵が巡らされていた。そして牛や羊、馬、ブタ、ニワトリが、あちこちで群れをなして立っていた。もちろん、みんな陶器でできていた。

だが、何よりも奇妙だったのは、この不思議な国に住む人々だった。乳しぼりの娘や羊飼いの娘たちは、鮮やかな色の胴衣を着て、長い服のあちこちに金色の水玉を散らしていた。王女たちは銀や金や紫の、それは華やかなドレスをまとっていた。羊飼いの男たちは、桃色と黄色と青の縦じまの膝丈ズボンをはき、靴には金の留め金をつけていた。王子たちは宝石つきの冠をかぶり、オコジョの毛皮のマントと、サテンの胴着を着ていた。ひだ飾りのついた服を着た、おかしな道化師たちもいた。頬には丸い赤い点があり、背の高い、とんがり帽子をかぶっていた。そして、何にもまして不思議なことに、人々は服に至るまで、すっかり陶器でできていたのだ。みんなたいへん小さく、いちばん背の高い人でも、ドロシーの膝までしかなかった。

はじめのうち、旅人たちを見ようとする者はひとりもいなかった。ただ一匹、頭がとびきり大きい、紫色の小さな陶器の犬だけが壁までやって来て、小さな声でほえ、それからまた走り去った。

「どうやって下りましょう?」とドロシーは尋ねた。

はしごは重すぎて、上へ引き上げられなかった。そこでかかしが壁から落ち、ほかのみんなは、硬い地面で足を痛めないよう、かかしの上へ飛び下りた。もちろん、頭に着地して足にピンが刺さらないよう、十分気をつけた。全員が無事に下りると、すっかりぺしゃんこになったかかしを起こし、わらをぽんぽんとたたいて、体を元の形に戻してやった。

「向こう側へ行くには、この不思議な国を横切らなくちゃ」とドロシーは言った。「真南以外へ進むのは、よくないでしょうから。」

一行は陶器の人々の国を歩きはじめた。最初に出会ったのは、陶器の牛の乳をしぼっている、陶器の乳しぼり女だった。近づくと、牛がいきなり脚を蹴り上げ、腰かけも、乳おけも、乳しぼり女まで蹴り倒した。みんな陶器の地面へ落ち、がちゃがちゃと大きな音を立てた。

ドロシーはぎょっとした。牛の脚が一本、ぽきりと折れ、乳おけはいくつもの小さな破片になっていた。かわいそうな乳しぼり女も、左の肘が欠けてしまっていた。

「ほら、ごらんなさい!」と乳しぼり女は怒って叫んだ。「なんてことをしてくれたの! 牛の脚が折れてしまったじゃないの。修理屋さんへ連れていって、のりでつけ直してもらわなくちゃ。ここへ来て、わたしの牛をおびえさせるなんて、いったい何のつもりなの?」

「本当にごめんなさい」とドロシーは答えた。「どうか許してください。」

だが、かわいい乳しぼり女は腹が立ちすぎて、返事もしなかった。むっつりと折れた脚を拾い上げ、牛を引いて去っていった。かわいそうな牛は、三本脚でよろよろと歩いた。立ち去るあいだも、乳しぼり女は欠けた肘を脇に抱え込み、何度も肩越しに振り返っては、不器用なよそ者たちを責めるようににらんだ。

ドロシーは、この不始末をひどく悲しんだ。

「ここでは、よほど気をつけなくちゃ」と心の優しいきこりは言った。「こんなにきれいで小さな人たちを、二度と元に戻らないほど傷つけてしまうかもしれない。」

もう少し行くと、ドロシーは、とても美しい衣装をまとった若い王女に出会った。王女はよそ者たちを見るなり、はっと立ち止まり、それから逃げ出した。

ドロシーは王女をもっとよく見たかったので、あとを追った。すると陶器の娘は叫んだ。

「追いかけないで! 追いかけないで!」

その小さな声があまりにもおびえていたので、ドロシーは足を止め、尋ねた。

「どうして?」

「だって」と王女も、安全な距離を置いて立ち止まり、答えた。「走ったら、転んで割れてしまうかもしれないもの。」

「でも、直してもらえるんじゃないの?」とドロシーは尋ねた。

「ええ、もちろん。でも、直したあとでは、前ほどきれいではなくなるのよ」と王女は答えた。

「そうでしょうね」とドロシーは言った。

「たとえば、道化師のジョーカーさん」と陶器の王女は続けた。「あの方は、しょっちゅう逆立ちをしようとするの。何度も何度も割れて、百か所も直してあるから、ちっともきれいじゃなくなってしまったわ。ほら、ちょうどこちらへいらっしゃるから、ご自分で見てごらんなさい。」

実際、陽気な小さな道化師が、こちらへ歩いてきた。ドロシーにも、よくわかった。赤や黄色や緑のきれいな服を着てはいたが、全身に縦横のひびが走り、何か所も修理されているのが、はっきり見て取れた。

道化師はポケットに手を突っ込み、頬を膨らませ、ふたりに向かって生意気そうに頭を振ると、言った。

「おきれいな、お姫さま
なぜそう、じろじろ見るのかな
あわれなジョーカーおじさんを
おすまし顔で、かちんこちん
まるで火かき棒を一本
ごくりと飲んだみたいだね!」
「お黙りなさい!」と王女は言った。「お客さまなのが、わからないの? 失礼のないようにしなくてはいけません。」

「こりゃ失敬、でも敬意のつもりでして」と道化師は言い切り、すぐさま逆立ちした。

「ジョーカーさんのことは、気になさらないで」と王女はドロシーに言った。「頭にずいぶんひびが入っているから、あんなにおかしくなってしまったの。」

「ええ、少しも気にしていないわ」とドロシーは言った。「でも、あなたは本当にきれいね」と続けた。「きっと、わたし、あなたを大好きになれると思う。カンザスへ連れて帰って、エムおばさんの暖炉の上の飾り棚に立ってもらえないかしら? わたしのかごに入れて、運んであげられるわ。」

「それでは、わたくしはとても不幸になってしまうわ」と陶器の王女は答えた。「ここ、自分たちの国では、みんな満ち足りて暮らし、好きなように話したり動き回ったりできるの。でも、誰でもここから連れ出されると、とたんに関節が固まって、ただまっすぐ立ち、きれいに見せることしかできなくなってしまうのよ。もちろん、暖炉の飾り棚や飾り戸棚、客間のテーブルの上にいるときは、それだけを求められているのですけれど、自分たちの国で暮らすほうが、ずっと楽しいの。」

「あなたを不幸にするなんて、絶対に嫌だわ!」とドロシーは叫んだ。「それなら、お別れだけ言うことにするわね。」

「ごきげんよう」と王女は答えた。

一行は陶磁器の国を、注意深く歩いた。小さな動物たちも人々も、よそ者に壊されるのを恐れて、行く手からさっと逃げた。一時間ほどで旅人たちは国の反対側へたどり着き、また別の陶器の壁に行き当たった。

だが、こちらは最初の壁ほど高くなかったので、みんなライオンの背中に乗って、どうにか上へよじ登ることができた。それからライオンは脚をぐっと縮め、壁の上へ跳び上がった。ところが、そのはずみに、しっぽで陶器の教会を倒し、粉々に壊してしまった。

「かわいそうなことをしたわ」とドロシーは言った。「でも、牛の脚と教会を壊しただけで、小さな人たちにそれ以上の迷惑をかけずにすんだのは、本当は運がよかったのかもしれない。みんな、あんなに壊れやすいんだもの!」

「本当だね」とかかしは言った。「ぼくはわらでできていて、そう簡単には壊れないから、ありがたいよ。世の中には、かかしであることより困ったこともあるんだね。」


陶器の壁から下りると、一行は、沼や湿地だらけの、嫌な土地に出た。背の高い草が、むっとするほど生い茂っていた。草が深く、泥の穴を隠していたので、少し進むにも落ちずに歩くのが難しかった。それでも慎重に足場を選び、無事に通り抜けて、ようやくしっかりした地面にたどり着いた。だが、その先の土地は、いっそう荒れ果てているようだった。長いあいだ、疲れきるほどやぶをかき分けて進むと、また森に入った。そこには、これまで見たこともないほど大きく、年老いた木々が生えていた。

「この森は、まったくすばらしい」とライオンは、うれしそうにあたりを見回して言った。「こんなに美しい場所は、見たことがないよ。」

「薄暗いところだね」とかかしは言った。

「そんなことはないさ」とライオンは答えた。「ぼくは一生ここで暮らしたいくらいだ。足もとの落ち葉が、なんて柔らかいんだろう。それに、この古い木々を覆うコケの、なんて豊かな緑だろう。どんな野獣だって、これ以上すてきな住まいは望めないよ。」

「今もこの森に、野獣がいるかもしれないわ」とドロシーは言った。

「きっといるだろうね」とライオンは答えた。「でも、あたりには一匹も見えないな。」

一行は森を歩きつづけたが、やがて暗くなりすぎて、先へ進めなくなった。ドロシーとトトとライオンは横になって眠り、きこりとかかしは、いつものように見張りをした。

朝になると、また出発した。いくらも進まないうちに、大勢の野獣がうなっているような、低い響きが聞こえてきた。トトは少し鼻を鳴らしたが、ほかのみんなは怖がらず、踏み固められた道を進んだ。やがて森の中の開けた場所へ出ると、そこには、ありとあらゆる獣が何百匹も集まっていた。トラ、ゾウ、クマ、オオカミ、キツネ、そして博物図鑑に載っているような動物が、ほかにもみんなそろっていた。ドロシーは一瞬、怖くなった。だがライオンは、動物たちは会議をしているのだと説明した。そのほえ声やうなり声からすると、よほど困ったことが起きているらしかった。

ライオンがそう話しているうちに、何匹かの獣がその姿に気づいた。すると大群は、まるで魔法にかかったように、ぴたりと静まった。いちばん大きなトラがライオンの前へ進み出て、おじぎをし、言った。

「ようこそ、百獣の王よ! よいところへおいでくださいました。われわれの敵と戦い、この森の動物たちすべてに、もう一度平和をもたらしてください。」

「何があったんだい?」とライオンは落ち着いて尋ねた。

「われわれは皆、危険にさらされております」とトラは答えた。「この森へ最近やって来た、恐ろしい敵のせいです。そいつは巨大なクモのような、とてつもない化け物で、胴はゾウほどもあり、脚は木の幹ほども長いのです。その長い脚が八本あって、森をはい回っては、一本の脚で動物をつかまえ、口へ引き寄せ、クモがハエを食べるように食べてしまいます。あの恐ろしいやつが生きているかぎり、われわれは誰ひとり安全ではありません。どうやって身を守ろうかと、会議を開いていたところへ、あなたがおいでになったのです。」

ライオンは少し考えた。

「この森には、ほかにライオンはいないのかい?」と尋ねた。

「おりません。以前はおりましたが、化け物にみな食べられてしまいました。それに、どのライオンも、あなたほど大きくも、勇敢でもありませんでした。」

「ぼくがその敵を倒したら、森の王として、ぼくに頭を下げ、従ってくれるかい?」とライオンは尋ねた。

「喜んで、そういたします」とトラは答えた。ほかの獣たちもみな、力いっぱい声をそろえてほえた。「従いますとも!」

「その大グモは、今どこにいるんだい?」とライオンは尋ねた。

「あちらの、オークの木々のあいだです」とトラは前脚で指し示した。

「ぼくの友だちを、大切にしてやってくれ」とライオンは言った。「ぼくはすぐに、化け物を倒しに行く。」

ライオンは仲間たちに別れを告げ、敵と戦うため、誇らしげに歩み去った。

ライオンが見つけたとき、大グモは横になって眠っていた。その姿はあまりにも醜く、ライオンは嫌悪に鼻をしかめた。脚はトラの話のとおり長く、胴には粗い黒い毛が生えていた。大きな口には、一フィートもある鋭い歯がずらりと並んでいた。だが、その頭と丸々した胴をつなぐ首は、ハチのくびれほども細かった。ライオンはそこを見て、どう攻撃すればよいかを悟った。起きているときより、眠っているときのほうが戦いやすいこともわかっていたので、大きく跳び上がり、化け物の背中へじかに飛び乗った。そして鋭い爪の並ぶ重い前脚をひと振りして、クモの頭を胴からたたき落とした。地面へ飛び下りると、長い脚が動かなくなるまで見守り、完全に死んだことを確かめた。

ライオンは森の獣たちが待つ広場へ戻り、誇らしげに言った。「もう敵を恐れることはないよ。」

すると獣たちは、王としてライオンにひれ伏した。ライオンは、ドロシーが無事にカンザスへの帰路につきしだい、ここへ戻ってみんなを治めると約束した。


「頭が勢いよく突き出し、かかしにぶつかった。。」

四人の旅人は、残りの森を無事に通り抜けた。薄暗い木立を出ると、目の前には急な丘があり、上から下まで、大きな岩に覆われていた。

「登るのは大変そうだね」とかかしは言った。「でも、どうしても越えなくちゃ。」

そこでかかしが先に立ち、ほかのみんながあとに続いた。いちばん手前の岩まで、もう少しというところで、荒々しい声が響いた。

「近づくな!」

「きみは誰だい?」とかかしは尋ねた。すると岩の向こうから頭が現れ、同じ声が言った。

「この丘は、おれたちのものだ。誰ひとり通すわけにはいかん。」

「でも、越えなくちゃならないんだ」とかかしは言った。「ぼくたちは、クアドリングの国へ行くところなんだよ。」

「だめだと言ったら、だめだ!」と声は答えた。そして岩陰から、一行がこれまで見た中で、いちばん奇妙な男が現れた。

男はひどく背が低く、ずんぐりしていた。大きな頭はてっぺんが平らで、しわだらけの太い首にのっていた。だが、腕がまったくなかった。それを見たかかしは、こんな無力そうな相手に、丘を登るのを邪魔されるはずはないと、少しも怖がらなかった。そこで、こう言った。

「言うとおりにできなくて悪いけれど、きみが嫌でも、ぼくたちはこの丘を越えなくちゃならないんだ」と、かかしは堂々と歩き出した。

稲妻のような速さで男の頭が突き出し、首がぐんと伸びた。平らな頭のてっぺんが、かかしの胴の真ん中へぶつかり、かかしは何度も何度も回転しながら、丘を転がり落ちた。頭は飛び出したのとほぼ同じ速さで体へ戻り、男は耳障りな笑い声を上げて言った。

「そう簡単にいくと思うなよ!」

ほかの岩陰からも、どっと騒々しい笑い声が上がった。ドロシーが見ると、丘の斜面には、腕のないハンマーヘッドたちが何百人もいて、どの岩の後ろにもひとりずつ立っていた。

かかしがひどい目にあったのを笑われて、ライオンはかんかんに怒った。雷のように響く大声でほえると、丘を駆け上がった。

またも頭がさっと飛び出した。大きなライオンは、まるで大砲の弾に撃たれたように、丘を転がり落ちた。

ドロシーは駆け下りてかかしを起こした。ライオンもそばへやって来て、あちこちを打って痛む体をかばいながら、言った。

「頭が飛び出す相手と戦っても、無駄だ。誰にもかなわないよ。」

「それじゃ、どうすればいいの?」とドロシーは尋ねた。

「空飛ぶサルを呼べばいい」とブリキのきこりは言った。「まだ、もう一度だけ命令できるだろう。」

「そうね」とドロシーは答え、金の帽子をかぶって、魔法の言葉を唱えた。サルたちはいつものように素早く、あっという間に一団そろって目の前に現れた。

「ご命令は何でしょう?」と猿の王様は深々とおじぎをして尋ねた。

「わたしたちを丘の向こうの、クアドリングの国へ運んで」とドロシーは答えた。

「かしこまりました」と王様は言った。たちまち空飛ぶサルたちは、四人の旅人とトトを抱き上げ、飛び立った。丘の上を通り過ぎるとき、ハンマーヘッドたちは悔しがってわめき、頭を空高く突き出した。だが空飛ぶサルたちには届かなかった。サルたちはドロシーと仲間たちを無事に丘の向こうへ運び、美しいクアドリングの国に下ろした。

「われわれをお呼びになれるのは、これが最後です」と王様はドロシーに言った。「では、さようなら。どうかお元気で。」

「さようなら。本当にありがとう」とドロシーは答えた。サルたちは空へ舞い上がり、またたく間に見えなくなった。

クアドリングの国は、豊かで幸せそうだった。実りかけた穀物の畑がどこまでも続き、そのあいだを、よく舗装された道が走っていた。美しい小川がさらさらと流れ、丈夫な橋が架かっていた。柵も家も橋も、みな鮮やかな赤に塗られていた。ウィンキーの国では黄色、マンチキンの国では青だったのと同じだった。クアドリングたちは背が低く、ふっくら太っていて、人のよさそうな丸顔をしていた。全身に赤い服をまとい、その赤が、緑の草や、黄色く色づきはじめた穀物の中で、ひときわ鮮やかに映えていた。

サルたちは農家の近くに一行を下ろしたので、四人はその家まで歩き、戸をたたいた。おかみさんが戸を開け、ドロシーが何か食べるものを頼むと、みんなにおいしい食事を出してくれた。三種類のケーキと四種類のクッキーまでついていて、トトには鉢に入れたミルクをくれた。

「グリンダのお城までは、どのくらいありますか?」とドロシーは尋ねた。

「そう遠くないよ」とおかみさんは答えた。「南へ行く道を進めば、じきに着くさ。」

親切なおかみさんにお礼を言うと、一行はまた歩きだした。畑のそばを通り、きれいな橋を渡っていくうちに、とても美しい城が目の前に現れた。門の前には、金の組みひもで縁取った立派な赤い制服を着た、若い娘が三人いた。ドロシーが近づくと、そのうちのひとりが尋ねた。

「何のために、南の国へ来たのですか?」

「ここを治めている、よい魔女に会いに来ました」とドロシーは答えた。「会わせていただけますか?」

「お名前を教えてください。グリンダさまがお会いになるか、伺ってきましょう。」

一行が名乗ると、娘の兵隊は城の中へ入っていった。ほどなく戻り、ドロシーたちは、すぐに中へ入るようにと伝えた。


「金の帽子を、わたくしにくださいね。。」

だが、グリンダに会う前に、一行は城の一室へ案内された。そこでドロシーは顔を洗い、髪をとかした。ライオンはたてがみを振ってほこりを落とし、かかしは自分の体をぽんぽんとたたいて、いちばん見栄えのよい形に整えた。きこりはブリキの体を磨き、関節に油を差した。

みんなの身なりがすっかり整うと、娘の兵隊について大きな部屋へ入った。そこでは魔女グリンダが、ルビーの玉座に座っていた。

グリンダは美しく、若々しく見えた。豊かな赤毛が、ゆるやかな巻き毛となって肩へ流れ落ちていた。ドレスは純白で、青い瞳がドロシーを優しく見つめていた。

「かわいいお嬢さん、何をしてあげましょう?」とグリンダは尋ねた。

ドロシーは魔女に、これまでのことをすべて話した。竜巻でオズの国へ運ばれてきたこと、仲間たちと出会ったいきさつ、そしてみんなでくぐり抜けた、不思議な冒険の数々を。

「今、わたしがいちばん望んでいるのは」とドロシーは付け加えた。「カンザスへ帰ることです。エムおばさんは、わたしに何かひどいことが起きたと思って、きっと喪服を着るでしょう。今年の作物が去年よりよくとれなかったら、ヘンリーおじさんには、喪服を買うお金なんてないと思うんです。」

グリンダは身をかがめ、この愛情深い少女が仰向けた、かわいい顔にキスをした。

「なんて優しい子でしょう」とグリンダは言った。「カンザスへ帰る方法を、きっと教えてあげられますよ。」

それから、こう付け加えた。

「でも、教えてあげたら、金の帽子をわたくしにくださいね。」

「喜んで!」とドロシーは叫んだ。「もう、わたしには役に立たないんですもの。それに、あなたが持てば、空飛ぶサルに三度命令できますわ。」

「ちょうどその三度、力を借りることになりそうですね」とグリンダは微笑んだ。

そこでドロシーが金の帽子を渡すと、魔女はかかしに言った。

「ドロシーが帰ったら、あなたはどうするのですか?」

「エメラルドの都へ戻ります」とかかしは答えた。「オズがぼくを統治者にしてくれたし、みんなも、ぼくを気に入ってくれていますから。ただ、ハンマーヘッドの丘をどうやって越えるか、それだけが心配なんです。」

「金の帽子を使って、空飛ぶサルたちに、エメラルドの都の門まであなたを運ぶよう命じましょう」とグリンダは言った。「こんなにすばらしい統治者を、人々から奪うわけにはいきませんもの。」

「ぼくは、本当にすばらしいんですか?」とかかしは尋ねた。

「あなたは、たぐいまれな方です」とグリンダは答えた。

そしてブリキのきこりに向き直り、尋ねた。

「ドロシーがこの国を離れたら、あなたはどうするのですか?」

きこりは斧にもたれ、少し考えた。それから言った。

「ウィンキーたちは、とても親切にしてくれました。悪い魔女が死んだあと、ぼくに国を治めてほしいと言ってくれたんです。ぼくもウィンキーたちが好きです。西の国へ帰れるものなら、いつまでもあの人たちを治めて暮らすのが、何よりの望みです。」

「空飛ぶサルへの二度目の命令は」とグリンダは言った。「あなたをウィンキーの国へ無事に運ぶことにしましょう。あなたの脳みそは、見たところ、かかしほど大きくないかもしれません。でも実際には、あなたのほうがよく輝いています――きれいに磨いてあればね。きっと賢く、立派にウィンキーたちを治められるでしょう。」

それから魔女は、ふさふさした毛の大きなライオンを見て、尋ねた。

「ドロシーが自分の家へ帰ったら、あなたはどうするのですか?」

「ハンマーヘッドの丘の向こうに」とライオンは答えた。「みごとな古い森があって、そこに住む獣たちが、ぼくを王にしてくれました。あの森へ戻れるなら、そこで一生、幸せに暮らせます。」

「空飛ぶサルへの三度目の命令は」とグリンダは言った。「あなたを、その森へ運ぶことにしましょう。そして金の帽子の力を使い果たしたら、猿の王様に帽子をあげます。そうすれば、王様も仲間たちも、その先は永遠に自由でいられますから。」

かかしとブリキのきこりとライオンは、よい魔女の親切に、心からお礼を述べた。ドロシーも叫んだ。

「あなたは本当に、美しいお姿と同じくらい、心もすばらしい方ね! でも、わたしがカンザスへ帰る方法は、まだ教えていただいていないわ。」

「あなたの銀の靴が、砂漠の向こうへ運んでくれますよ」とグリンダは答えた。「その力を知っていたら、この国へ来た最初の日に、エムおばさんのところへ帰れたのです。」

「でも、そうしたら、ぼくはこのすばらしい脳みそをもらえなかった!」とかかしは叫んだ。「一生、お百姓さんのトウモロコシ畑で過ごしていたかもしれない。」

「ぼくも、このすてきな心をもらえなかった」とブリキのきこりは言った。「世界が終わる日まで、森の中で立ったまま、さびついていたかもしれない。」

「ぼくも、いつまでも臆病者のままだった」とライオンは言った。「森じゅうのどの獣にも、ほめてもらえなかっただろう。」

「みんな、そのとおりだわ」とドロシーは言った。「こんなによい友だちの役に立てて、わたしはうれしい。でも今は、みんないちばん欲しかったものを手に入れたし、そのうえ治める国まであって幸せなんだから、わたしはカンザスへ帰りたいと思うの。」

「銀の靴には」と、よい魔女は言った。「すばらしい力があります。その中でも、とりわけ不思議なのは、世界じゅうのどこへでも、たった三歩で運んでくれることです。その一歩一歩も、まばたきする間に済んでしまいます。やることは簡単ですよ。かかとを三回打ち合わせ、行きたいところへ連れていくよう、靴に命じるだけです。」

「それなら」とドロシーは喜んで言った。「今すぐカンザスへ帰してもらいます。」

ドロシーはライオンの首に両腕を回してキスをし、大きな頭を優しくなでた。それからブリキのきこりにキスをした。きこりは、関節にとって、このうえなく危険なほど涙を流していた。かかしには、絵の具で描かれた顔にキスする代わりに、わらの詰まった柔らかい体を、ぎゅっと抱きしめた。愛しい仲間たちと別れるのが悲しくて、気づけばドロシー自身も泣いていた。

よい魔女グリンダは、ルビーの玉座から下りて、ドロシーに別れのキスをした。ドロシーは、自分にも仲間たちにも尽くしてくれた、数々の親切にお礼を言った。

それからドロシーは、神妙な面持ちでトトを抱き上げ、最後にもう一度、さようならと言った。そして靴のかかとを三回打ち合わせ、言った。

「エムおばさんのいる、おうちへ帰して!」


たちまちドロシーは、空中をくるくると回りながら飛んでいた。あまりの速さに、何も見えず、ただ耳もとを風がひゅうひゅうと通り過ぎるのを感じるだけだった。

銀の靴は、たった三歩進んだだけだった。それから急に止まったので、ドロシーは自分がどこにいるのかもわからないまま、草の上を何度も転がった。

やがて、ようやく体を起こし、あたりを見回した。

「まあ!」とドロシーは叫んだ。

そこは、広々としたカンザスの草原だった。そして、すぐ目の前には、竜巻で古い家が飛ばされたあと、ヘンリーおじさんが建てた新しい農家があった。ヘンリーおじさんは納屋の前庭で牛の乳をしぼっていた。トトはドロシーの腕から飛び出し、うれしそうにほえながら、納屋へ向かって駆けていった。

ドロシーは立ち上がり、自分が靴下だけになっているのに気づいた。銀の靴は空を飛んでいるあいだに脱げ、砂漠に落ちて、永遠に失われてしまったのだ。

エムおばさんは、キャベツに水をやろうと、ちょうど家から出てきたところだった。顔を上げると、ドロシーがこちらへ走ってくるのが見えた。

「まあ、わたしの大事な子!」とエムおばさんは叫び、ドロシーを抱きしめ、顔じゅうにキスをした。「いったい、どこから帰ってきたんだい?」

「オズの国からよ」とドロシーは真剣な顔で言った。「ほら、トトも一緒なの。ああ、エムおばさん! またおうちに帰れて、わたし、本当にうれしい!」