賢者の贈り物
The Gift of the Magi
- 出版年
- 1905年
- 作者
- O・ヘンリー
- 翻訳
- 開原 藍誠
- 概要
- クリスマスの贈り物を準備する貧しい若き夫婦が、互いのために大切にしていた宝物を犠牲にする物語である。献身的な愛がもたらす皮肉で切ない結末と、その先にある真の幸福について描いている。
O・ヘンリー 作
1ドル87セント。それで全部だった。しかも、そのうち60セントは1セント銅貨。食料品屋や八百屋や肉屋でしつこく値切り、けちだと言わんばかりの無言の非難に頬を熱くしながら、1枚、2枚とためた銅貨だった。デラは三度、数え直した。1ドル87セント。しかも、明日はクリスマスだ。
みすぼらしい小さな長椅子に身を投げて、声をあげて泣く。それ以外にできることは、どう見てもなかった。そこでデラはそうした。この一件から、人生についてひとつの教訓が導かれる。人生は泣き声と鼻すすりと笑顔でできていて、いちばん多いのは鼻すすりだ、ということだ。
この家の女主人が、第一段階から第二段階へと少しずつ落ち着いてゆくあいだに、住まいのほうを見ておこう。週8ドルの家具つきアパート。筆舌に尽くしがたいとまでは言わないが、それを描写する言葉のほうまでが、物乞い取締班に見つかりはしないかと周囲をうかがいそうなありさまだった。
階下の玄関には、手紙が一通も入りそうにない郵便受けと、どんな人間が指で押しても鳴らせそうにない呼び鈴のボタンがあった。そのそばには、「ジェームズ・ディリンガム・ヤング」と名を記した札も添えられていた。
この「ディリンガム」が堂々と風にひるがえっていたのは、名の持ち主が週30ドルの給料をもらっていた、かつての豊かな時代だった。今では収入が20ドルにしぼみ、名前のほうも、つつましく控えめな「D」に縮めようかと本気で考えていた。けれど、ジェームズ・ディリンガム・ヤング氏が帰宅して階上の自分の部屋に着くと、先ほどデラとしてご紹介したジェームズ・ディリンガム・ヤング夫人は、「ジム」と呼んで、力いっぱい抱きしめるのだった。それは、たいへん結構なことだ。
デラはひとしきり泣き終えると、白粉をつけた布で頬を整えた。窓辺に立ち、灰色の裏庭の灰色の塀の上を歩く灰色の猫を、ぼんやりと眺めた。明日はクリスマス・デーだというのに、ジムへの贈り物を買うお金は、たった1ドル87セント。何か月も、節約できるかぎりの1セントをためてきて、この結果だった。週20ドルでは、たいした暮らしはできない。出費は計算していた額を上回っていた。いつだってそうなるものだ。ジムへの贈り物に使えるのは、たった1ドル87セント。大切な、大切なジムへの贈り物なのに。何かすてきなものを、とあれこれ思い描きながら、どれほど幸せな時間を過ごしてきたことか。上等で、めったになくて、確かな値打ちのあるもの――ジムのものになるという栄誉に、ほんの少しでもふさわしいものを。
部屋の窓と窓のあいだには、細長い姿見が掛かっていた。週8ドルのアパートにある姿見をご覧になったことがあるだろうか。よほど細身で身のこなしのすばやい人なら、縦長の細切れになって映る自分の姿を次々と見てつなぎ合わせ、どんな格好をしているか、かなり正確に知ることができる。ほっそりしたデラは、その技を身につけていた。
突然、デラは窓からくるりと身をひるがえし、鏡の前に立った。目はまぶしいほど輝いていたが、わずか二十秒のうちに、顔からは血の気が引いていた。すばやく髪をほどき、長いままに垂らした。
さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング夫妻には、ふたりが心から誇りにしている宝物が二つあった。ひとつは、祖父から父へ、そしてジムへと受け継がれてきた金時計。もうひとつは、デラの髪だった。もしも採光用の吹き抜けをはさんだ向かいの部屋にシバの女王が住んでいたなら、デラはある日、わざと窓から髪を垂らして乾かしたことだろう。女王陛下の宝石や贈り物を、見劣りさせてやるために。もしもソロモン王がこの建物の管理人で、地下室に財宝を山と積んでいたなら、ジムは前を通るたびに時計を取り出したことだろう。王がねたましさのあまり、ひげを引っ張るところを見たいばかりに。
こうして今、デラの美しい髪は、茶色の水の滝さながらに波うち、輝きながら、その体を包んで流れ落ちた。膝の下まで届く髪は、それだけでほとんど一着の衣服になっていた。やがてデラは、落ち着かない手つきですばやく髪を結い直した。ただ一度、一分ほどためらって立ち尽くし、そのあいだに一粒、二粒の涙が、すり切れた赤い絨毯に落ちた。
古びた茶色の上着を、さっとはおる。古びた茶色の帽子を、きゅっとかぶる。スカートをひるがえし、目にはまだまぶしい光を宿したまま、デラは戸口を飛び出し、階段を駆け下りて通りへ出た。
足を止めた店の看板には、こうあった。「マダム・ソフロニー。各種髪製品取り扱い。」
デラは階段を二階まで駆け上がり、息を切らしながら気持ちを落ち着けた。マダムは大柄で、ひどく色白で、冷ややかで、「ソフロニー」という名から受ける印象とは、およそ違っていた。
「わたしの髪、買っていただけますか?」とデラは尋ねた。
「髪なら買うよ」とマダムは言った。「帽子を取りな。どんな髪か見せてごらん。」
茶色の滝が、波うちながら流れ落ちた。
「20ドルだね」とマダムは、慣れた手つきで豊かな髪を持ち上げながら言った。
「早く、お金をください」とデラは言った。
ああ、それからの二時間は、ばら色の翼をつけて、踊るように過ぎていった。比喩のごたまぜはご勘弁を。デラはジムへの贈り物を求めて、店という店を探し回っていた。
とうとう見つけた。それは間違いなく、ジムだけのために作られたものだった。ほかの誰のためでもない。どの店にも、これと同じものはなかった。何しろ、どの店も隅から隅まで探したのだ。それは、簡素で品のよいデザインの、プラチナの懐中時計用の鎖だった。けばけばしい飾りではなく、ものそのものの確かさで、その値打ちを正しく物語っていた――よいものとは、みなそうあるべきなのだ。これなら、あの時計にもふさわしい。ひと目見たとたん、これはジムのものにならなければ、とデラにはわかった。ジムに似ていた。物静かで、確かな値打ちがある――どちらも、そう言い表せた。デラは21ドルを払い、残った87セントを持って家路を急いだ。この鎖を時計につければ、ジムはどんな人たちと一緒にいても、堂々と時間を気にして時計を取り出せる。あれほど立派な時計なのに、鎖代わりの古い革ひもを気にして、こっそり時間を見ることがあったのだ。
家に着くころには、デラの浮き立つ気持ちも少し収まり、思慮分別が戻ってきた。髪を巻くこてを取り出し、ガスに火をつけ、愛情と気前のよさがもたらした惨状の修復に取りかかった。これはいつだって大仕事なのだ、みなさん。とてつもない大仕事なのである。
四十分もたたないうちに、頭は小さくぴったりと巻いた巻き毛でいっぱいになり、驚くほど、学校をさぼった男の子そっくりになっていた。デラは鏡に映る自分の姿を、長いこと、念入りに、厳しい目で見つめた。
「ジムがひと目見てわたしを殺さずにいてくれたとしても」とデラはひとりごとを言った。「もう一度よく見たら、コニー・アイランド[訳注:ニューヨークの海辺にある歓楽地]の踊り子みたいだって言うわね。でも、どうすればよかったの――ああ、1ドル87セントで、ほかにどうしろっていうの?」
7時にはコーヒーもいれ終わり、ストーブの奥ではフライパンが熱くなって、あとは骨つき肉を焼くばかりになっていた。
ジムは決して遅れなかった。デラは時計の鎖を二つに折り返して手に握り、いつもジムが入ってくる戸口のそばの、テーブルの角に腰かけた。やがて、ずっと下の階段の上り口からジムの足音が聞こえ、デラの顔は一瞬、さっと青ざめた。デラには、日々のごくささやかなことにも、心の中で短い祈りをささげる癖があった。今も小声で祈った。「神さま、どうか、まだわたしをきれいだと思ってくれますように。」
戸が開き、ジムが入ってきて、後ろ手に閉めた。やせていて、ひどく深刻な顔をしていた。気の毒に、まだ二十二歳なのに、もう家族を養う重荷を背負っているとは! 新しいオーバーが必要だったし、手袋も持っていなかった。
ジムは戸口を入ったところで立ち止まり、ウズラのにおいをかぎつけたセッター犬のように、ぴたりと動かなくなった。目はデラに注がれていたが、その目に浮かぶ表情は読み取れず、デラは恐ろしくなった。怒りでも、驚きでも、とがめる色でも、恐怖でもなかった。覚悟していたどんな感情とも違っていた。ジムはただ、その不思議な表情を浮かべたまま、じっとデラを見つめていた。
デラはテーブルからするりと下り、ジムに駆け寄った。
「ねえ、ジム」とデラは声をあげた。「そんな目で見ないで。髪を切って売ったの。あなたに贈り物ひとつしないでクリスマスを過ごすなんて、とてもできなかったんだもの。また伸びるわ――気にしないでくれるでしょう? こうするしかなかったの。わたしの髪、伸びるのがとっても早いのよ。『メリー・クリスマス!』って言って、ジム。楽しく過ごしましょうよ。あなたに、どんなにすてきな――どんなにきれいですてきな贈り物を買ってきたか、まだ知らないでしょう。」
「髪を……切ったのか?」とジムは、やっとのことで尋ねた。懸命に頭を働かせても、まだその明白な事実にたどり着けずにいるかのようだった。
「切って、売ったの」とデラは言った。「でも、変わらず好きでいてくれるでしょう? 髪がなくたって、わたしはわたしじゃない。」
ジムは不思議そうに部屋を見回した。
「髪が、もうないっていうのか?」と、まるで何も考えられなくなったような顔で言った。
「探さなくていいのよ」とデラは言った。「売ったって言ってるでしょう――売って、もうここにはないの。ねえ、今夜はクリスマス・イブよ。優しくして。あなたのために売ったんだから。わたしの髪の毛は、一本残らず数えられていたのかもしれないけど[訳注:神には人の髪の毛までも数えられている、という聖書の言葉を踏まえる]」と、急に真剣な、優しい声になって続けた。「あなたを想う気持ちは、誰にも数えきれないわ。ねえジム、お肉を焼こうか?」
ジムは、はっと我に返ったようだった。大切なデラを腕の中に抱きしめた。ここはひとつ、十秒ほどよそを向いて、どうでもいいものをじっくり眺める心づかいをしよう。週8ドルと年100万ドル――そこにどんな違いがあるというのか。数学者や機知に富んだ人に尋ねれば、間違った答えが返ってくるだろう。東方の三博士は貴重な贈り物を携えてきたが、その中に、この問いの答えはなかった。この謎めいた断言の意味は、あとで明らかになる。
ジムはオーバーのポケットから包みを取り出し、テーブルの上に放った。
「デル、誤解しないでくれよ」とジムは言った。「髪を切ったり、そったり、洗ったりしたぐらいで、君を好きな気持ちが薄れるもんか。ただ、その包みを開けてみれば、さっき僕があんなに面くらったわけも、わかると思う。」
白い指がすばやくひもをほどき、紙を引き裂いた。続いて、われを忘れた歓喜の叫び。ところが、ああ、その喜びがくるりと裏返る女心。たちまち激しい涙と泣き声に変わってしまい、アパートの主は、すぐさま妻をなだめる力のすべてを総動員しなくてはならなかった。
そこにあったのは、あの飾り櫛だったのだ――両脇と後ろに挿す一そろいの櫛。ブロードウェイのショーウィンドーで、デラが長いこと、拝むように眺めていたものだった。美しい櫛だった。本物のべっ甲で、縁には宝石がちりばめられ、今は失われた美しい髪に、まさにぴったりの色合いだった。高価な品だとデラは知っていた。自分のものになるなどとは夢にも思わず、ただひたすら欲しいと、心の中で焦がれていた。それが今、自分のものになった。けれど、憧れの髪飾りをさらに美しく引き立てるはずの豊かな髪は、もうなかった。
それでもデラは櫛を胸に抱きしめ、やがてようやく、涙にかすむ目を上げて微笑み、こう言うことができた。「わたしの髪、すぐに伸びるのよ、ジム!」
それから、毛を焦がした子猫のようにぴょんと跳び上がり、「あっ、そうだ!」と叫んだ。
ジムはまだ、あのすばらしい贈り物を見ていなかった。デラは手のひらを開いて鎖を載せ、勢いこんで差し出した。鈍い光を放つ貴金属も、デラの明るく燃える心を映して、きらめくようだった。
「すてきでしょう、ジム? これを見つけるのに、町じゅう探し回ったのよ。これからは、一日に百回も時間を見なくちゃね。時計を貸して。つけたらどんなふうになるか、見たいの。」
ジムは時計を出す代わりに、長椅子にどさりと腰を落とし、頭の後ろで両手を組んで微笑んだ。
「デル」とジムは言った。「クリスマスの贈り物はしまっておいて、しばらく大切にとっておこう。今すぐ使うには、もったいないくらいすてきだからさ。君の櫛を買うお金を作るために、時計を売ったんだ。さあ、そろそろ肉を焼いてくれないか。」
東方の三博士は、ご存じのとおり、賢い人たちだった――たいそう賢い人たちで、飼い葉おけの幼子に贈り物を携えてきた。クリスマスに贈り物をするという習わしを生み出したのは、彼らである。賢い人たちなのだから、贈り物もきっと賢い品だったに違いない。ひょっとすると、品物が重なった場合には交換できるという特典までついていたかもしれない。さて、ここまで私は、あるアパートに暮らす、まだ子どものように愚かなふたりの、これといった事件もない物語を、つたない言葉でお聞かせしてきた。ふたりはまったく賢くないことに、相手のために、この家でいちばん大切な宝物を手放してしまった。けれど、今の世の賢い方々に、最後にひと言、こう言っておきたい。贈り物をするあらゆる人の中で、このふたりこそが、いちばん賢かったのだ。贈り物をする人、贈り物を受け取る人、そのすべての中で、このふたりのような人たちこそが、いちばん賢い。どこにあっても、彼らこそが、いちばん賢いのだ。彼らこそ、東方の三博士なのである。